19 破壊
「ジュードさんっ!」
レオは窓に駆け寄る。
群青色のマントが目の前でふわりと広がる。
ジュードは地面に着地し、走り出した。
ジュードが目指す方向を見て、息が止まる。
広場が、割れていた。
地面が割れている。
稲妻のように走るひびが広場をふたつに分断していた。
広場に建てられたテントから、軍人たちが飛び出してくる。
ひびのちょうど上にあったテントは、傾き、ひしゃげていた。
割れ目の中にはまり込んだ人も見える。
雷か?
雷で、地割れが起きるのだろうか。
それに空はのんきなほど青く明るく、雲ひとつ見えない。
地震?
真っ白な頭の中でレオは考える。
どうすればいい?
ジュードはテントから出てきた人たちと合流し、ひびのなかに落ちた人たちを引き上げている。
別のテントからは剣を持った人たちが飛び出してきて、周囲を警戒している。
寝台の下にいろって言われたけど、おれも何か……。
レオはふと、広場の向こう側、広場から続く道の方に目をやった。
道も真ん中で割れている。
道からひびわれが始まっているようだ。
その先に、誰かいるのを見つける。
目を細めてみる。
その人はひびの前に立ち、その割れ目をじっと見つめているように見える。
あの人、危ない。離れないと。
遠い詰所の中から叫んでも、届くわけがない。
でもレオは、考えるより早く声を出していた。
「危ない! そこから離れて!」
その人が顔をあげる。
目が合った。
目が合うなんて、考えられない距離だ。
でも確かに、視線がぶつかったと感じた。
その人はすっと、手をあげる。
そして。
前に向かってかざした。
そのとき。
ぎらりと閃光が走る。
レオはぎょっとした。
見たことがある、光だ。
だめだ、壊れる。
咄嗟にそう思った刹那、一番道から近いテントが吹き飛んだ。
引き裂かれ舞い上がった群青の幕が力なく地面に落ちる。
砂埃が晴れる。
何人もの人が倒れているのが見えた。
一瞬で心臓が凍り付く。
再び、鈍い光が見える。
その、灰の色をした光はテントを次々と切り裂く。
壊される。
壊されていく。
殺されて、いく。
レオは道に立つ人が、肩を震わせるのを見た。
泣いている。
違う。
笑っていた。
割れた地面と、変わり果てたテントと、その周りに倒れている人たちを指さして。
笑っている。
そしてその人は、ひびの横をゆっくりと歩いて、広場に近づいてくる。
肩を震わせて笑いながら。
ああ、人じゃない。
レオはぼんやりとそう思った。
歩きながら、それは手を掲げる。
光が走る。
なすすべもなく、壊されていく。
それに向かって、無数の矢が飛ぶ。軍人たちが放ったのだ。
それはちょこんと首をかしげると、振り払うように手を動かした。
光る。
矢は空中ですべて折れ、それの目の前に落ちた。
無残な姿の矢を踏みつけ、さらに近づいてくる。
再び、矢が放たれる。
虫を払うようなしぐさで、全部が砕け散った。
それの姿が、だんだんはっきりと見えてくる。
白いシャツ。褐色のズボン。飴色の髪。
服にも髪にも、黒っぽいしみがこびりついている。
時間が止まった気がした。
あれは。
あれは、見たことがある。
あの日、血まみれのアシュリンを抱いて呆けていたとき。
レオの目の前を通った少年。
それは広場に足を踏み入れる。
手を前に突き出す。
そのとき、それに向かって何かが飛んだ。
剣だった。
誰かが剣を投げたのだ。
それは面倒だとでもいうように、やる気なさげに手を動かす。
鈍い光が走り、剣が縦ふたつに割れて落ちる。
もう一度手をかざすそれに向かい、軍人たちが走った。
詰所より先は、まだ被害が出ていない村やセントラムがある。あれを行かせるわけには、いかないのだ。
でも、だめだ。
レオは窓から身を乗り出した。
それにはかなわない。
ああだめだ、死んでしまう。
閃光が走る。
それの周りをぐるりと駆けた光は、人々を貫いていた。
全身に衝撃が走る。
レオは窓から落ちていた。痛みは感じなかった。
だめだ。いっちゃだめなんだ。
それでも軍人たちはそれに立ち向かおうとする。
それが手をひらりと動かす。
人々が声も上げずに倒れる。
避けたのかかばわれたのか、まだそれに近づく人がいる。
素早くそれに迫る。
さらに放たれた光をかいくぐり、それに肉薄する。
握った剣は、鞘から抜かれていない。
だめだ。だめだよ。
それが、下から覗き込むように近づいたその人に手を伸ばす。
そのすきに、何人もがそれに迫っていた。
それがはっとしたように手を掲げる。
だめだ。もう死なないでくれ。
レオは叫んでいた。
意味をなさない絶叫だった。
声が出ていたのかどうかも自分ではわからなかった。
ふと、それが動きを止める。
窓から落ちてはいつくばっているレオを、確かに見る。
その瞬間、鞘に納められたままの剣がそれの首筋を打とうとする。
しかし、届かなかった。
それが、とんと地面を蹴って飛び上がったのだ。
それは軍人たちの包囲の中から飛び出して宙を舞い。
そしてレオの目の前に、ふうわりと降り立った。
幼げな顔をした、レオと同い年くらいの少年に見えるそれ。
その目は、何も映していなかった。
「いた」
それは、なぜか嬉しそうに言った。
「きみ、パトリア村の生き残りだね?」
それは腰を折り、真っ暗な瞳でレオを覗き込む。
「あのとき会ったよね。ひさしぶり。それからきみ、いろいろやってくれたよねえ」
笑っている。ひとかけらの光もない目が三日月形に細められている。その顔は異様だった。
後ろから追いかけてくる軍人たちを手の一振りで退け、それはさらに笑みを深める。
「あれ、覚えてないの? 会ったのに。村を壊した後歩いてたら、きみがいた」
村を壊した、後。
「あの女の子はどうしてる? 元気?」
あっ、とそれは口を押えた。
「いけない。あの子、死んでたんだった。かわいそうに。きみをかばってね。あの子はきみのせいで死んじゃったんだよね。本当にかわいそう。誰かの家族だったのに」
アシュリン。
アシュリンのことだ。
これが。
これが、村を襲って破壊したのか。
みんなを死なせたのか。
少年に見えるこれが。
恐ろしい力を携えて。
「ねえ。どんな気持ち? 自分のせいで誰かが死ぬのって、どんな気持ち?」
それはくすくすと楽しそうに笑う。
「ねえどんな気持ち? 一人だけ生き残るのって、どんな気持ち? ねえ」
空っぽな目が、ぐいと近づいてくる。
「ねえねえ。どんな気持ち?」
それは弾むように繰り返した。