16 朝食
次の日の朝、レオは寝台から立ち上がることができた。窓の外を見ると、広場には群青色のテントがいくつも並んでいた。軍の人たちが野営をしているのだ。空は透明な青で、さわやかな風が吹く気持ちのいい朝だった。
今は朝になってやってきたジュードが、長椅子に腰かけて大きなパンを食べている。軍人たちの朝ごはんだそうだ。レオも寝台に座って、昨日の夜ファーガスが作ってくれた、具がくたくたのスープを食べていた。
「レオ」
大きな長いパンを両手で持ったまま、ジュードがレオを見る。
「はい」
「今日の午後、事情聴取のためにセントラムから使者が迎えに来ることになった。軍の本部で聴取が行われる。おそらく明日だ」
レオは背筋を伸ばした。
「わかりました」
「しっかり食べておけ」
「はい」
ジュードはうなずくと、自分も豪快にパンにかぶりついた。大口を開けて食らいつくけれど、くずをこぼすこともなくきれいに食べる。
「ジュードさん」
呼ぶと、ジュードは口をもごもごと動かしながら顔をあげる。
「ありがとうございます」
ジュードはパンを咀嚼しながら首をかしげる。なんだかリスみたいに見えて、笑みが浮かんでしまう。
心配してくれて、気遣ってくれて、思ってくれた。それに頼る資格なんてないと思っていたけれど、そうではないのかもしれないと今は少しだけ、思える。
「ずっと助けようとしてくれて、ありがとうございます」
レオはジュードをまっすぐに見た。
ジュードはしばらくもぐもぐとやっていたが、やがてごくんと飲み込んで、言った。
「助かりそうなのか」
レオはつい笑みを深めた。なんだか予想外の返答だった。
「あの、おかげさまで、助かってもいいかもって今は思ってます」
ジュードは軽くうなずいた。
「そうか」
「はい」
「食うか」
「えっ?」
ジュードはおもむろに茶色い包みを取り出した。
「パンだ」
レオはパンの包みとジュードの整い倒した顔を見比べた。
「ハムとチーズを間に挟んである。まだ腹によくないか」
形の良い眉が憂いを帯びる。食べ物に関して悩んでいるときにする表情ではない。レオは思わずふきだした。
「なんだ」
ジュードが目を見張っている。レオはあわてて口を押えた。ジュードはパンの包みをマントの中に隠した。
「やはりやめておけ。まだ早い」
「はい」
ジュードはレオの胃腸の状態をかなり案じてくれているようだ。
「たくさん持ってるんですね」
レオは努めてまじめな顔で言った。
「ああ。空腹は敵だ」
ジュードは低くつぶやく。また笑いそうになったレオは唇をかみしめた。
「……無理はするな」
不意にジュードが言った。
ジュードは口下手だと言ったファーガスの言葉を思い出しながら、レオはこくりとうなずいた。
「はい、ありがとうございます」
***
朝食を食べ終わるころ、外から声がした。
レオが窓を振り返ると、ジュードが言った。
「呼ばれているぞ」
レオは窓のそばに寄ってみた。見下ろすと、ファーガスが手を振っていた。そばにはルースと、他の軍人たちもいて、レオを見上げている。軍人たちはスコップを持っていた。それを見て、胸がずきんと痛んだ。村の人たちの、埋葬をしてくれているのだ。とても、大変な仕事だろう。拘束されているレオは、手伝うことができない。
「おはようございます」
レオは下に向かって手を振った。
「少し回復したらしいな」
軍人のひとりが言った。
「はい、おかげさまで」
レオがこたえると、その人は良かったな、と明るい声で言ってくれた。レオは素直に返事をした。
「ありがとうございます!」
「声もでかくなったな」
ファーガスが笑う。ルースも穏やかな表情をしていた。レオは窓から身を乗り出した。
「ルースさん!」
ルースは戸惑ったようにほかの人の顔を見ている。みんなに、おまえのことだよおまえしかいないだろ、という反応をされ、ルースはやっと顔をあげてくれた。レオは言った。
「昨日は、ごめんなさい」
ルースが目を見開き、首を横に振る。
「おれ、助かりそうなんです」
ジュードの言葉を借りた。
「ルースさんたちの、おかげです。ありがとうございます!」
レオは頭を下げた。
ルースはしばらく目を真ん丸にしてレオを見上げていた。やがてきりりとした表情に戻り、もともと正しい姿勢を正す。
「こちらこそ、ごめんなさい!」
ルースの声が響いた。
驚いたのか、後ろでジュードがおお、と声をあげた。
「でも、助かりそうならうれしいです。ありがとうございます」
ルースは言って、笑顔を見せた。日が差すような笑みだった。
「お礼を言うのは、おれの方です!」
レオはあわてて叫んだ。
「いいえ! わたしの、わたしたちの気持ちを受け入れてくれたのだから、わたしもお礼を言ってしかるべきです!」
ルースが言い返してくる。
「ちょっと意味がわからないです!」
「意味がわからないことの意味がわからないのですが?」
「ええっ! なんて?」
「レオさん!」
「はい!」
何かと思えば、ルースは厳かに人差し指を立てる。
「まだ病み上がりのようなものなんですから、大声を出しすぎるとよくありません」
いまさら?
レオはそう思いながら、口をふさいだ。
「じゃあ行こうか」
ファーガスが言う。なんだかうれしそうだった。
「じゃあな、レオ」
みんな手を振ってくれる。レオは手を振り返した。ファーガスたちはテントに戻っていく。
その背中を見送っていると、頭に手を置かれた。見上げると、ジュードが横にいた。片手にはパンを持っていて、涼しい顔で口をもぐもぐしていた。