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15 赦免

 ウィンクにきょとんとしていると、ファーガスは咳払いをした。

「だって思わなかったか? どうして自分の脚を刺そうとするんだ、この人おかしいだろ!」

 おかしいとは思わなかった。容赦のない手つきにものすごくぞっとしたけれど。

「言いたいことがあったんだとしたら、もっとやり方があるだろ。でもジュードはなかなか口下手だからな。びっくり行動に出がちなんだ」

「そうなんですね。確かにびっくりはしました」

 ファーガスは何度もうなずきながらつぶやく。

「まあジュードの気持ちはわかるけどな。あの子は優しい子だよ」

「優しいのは、おれもわかります」

 レオが言うと、ファーガスは笑った。

「ルースにしても、いきなり幼少期の話をされたってレオも困るよな。そりゃうるせえとも言いたくなるよ」

「でも、せっかく話してくれたのに」

 ファーガスが布団の上からレオの脚をとんとたたいた。だいじょうぶだからというようだった。

「ルースは、いろいろ考えてるんだよ。考えてるけど、最終的にやることに関して説明はしないし、言い訳もしない。だからわかりにくいんだよな」

 確かにルースは、どうしてレオに幼いころの話をしたのか教えてはくれなかった。

「ルースも……ルースはたぶん、レオにも自分のことを話してほしいと思ったんじゃないか」

 レオは顔をあげてファーガスを見た。

「わからないけどな、あの子たちの考えてることは」

 ファーガスは顔をしかめる。

「さっきまで親父面してわかったふうにしゃべってたけど、おれもわからないんだよ。まあ当たり前のことだけどな」

 困った子たちだよまったく、とぶつぶつ言っているファーガスを見て、レオは思わずくすりと笑った。

「ん? おかしいか?」

 ファーガスが眉を寄せる。

「ファーガスさん、お父さんみたいですね。ふたりのことすごく心配してる」

 レオは言った。ジュードとルースのことを話しながらくるくると表情を変えるファーガスは、心配性の父親みたいだった。

 それを聞いたファーガスは口を曲げて、そして急にレオの額を指ではじいた。

「わっ?」

 突然のことにレオはびっくりして額を押さえた。

 なんだ?

 どうして急におでこはじくんだ、この人おかしいだろ!

 ファーガスは笑っていた。額に手を当てたまま、レオは動きを止めた。いつくしむような笑顔だった。

「心配なのはきみのこともだぞ」

 ファーガスは言った。そして、これはおっさんの想像も入ってるんだけど、と前置きして続ける。

「心配にもなるよなあ。だってあんなことがあったのに、あんなことがあったからかもしれないが、自分のことをかえりみないし、自分のことを話さないし、そもそも自分に興味がなさそうだ。というよりまあ、死ねばいいのにとでも思っていそうな勢いだ。見ててはらはらする」

 レオは動けなかった。

「ジュードとルースも、たぶん一緒だ」

 ファーガスはひとりでうなずいている。

「心配になるんだよ。余計なお世話だろうけどな」

 喉の奥がぎゅっと細くなる。

 震える。

 どうして、と思った。

 どうして、そんなふうに思ってくれるんだろう。

「心配するっていうのも勝手なもんだよな。おれはジュードやルースやレオが、娘と年が近いからな。同じように見てしまうんだよな」

 ファーガスは自分にあきれているような言い方をした。

「娘がな、おれがいない間は家を守ってくれてるんだよ。これもまた、背伸びしたお子ちゃまでね。おれが背伸びさせてるんだけどね。あとここだけの話、ジュードは、訓練に打ち込みすぎてぶっ倒れたことがあるんだよ。だから、なんかいろいろと度を越してそうに見えるきみのことをほっとけないんだろ。ルースもな、おれは小さいころのことをよく知らないけど、育ての母さんの後を追いかけてルプスに入ったんだ。いろいろ苦労もしたと思う。だからこれまたきみのことをほっとけないんだと思うよ」

 まぶしくて。人の気持ちがとてもまぶしくて、まっすぐ見られない。

「勝手にいろいろ思って、きみに構ってるだけなんだ。迷惑だろうけど、勝手にやらせとくくらいはいいんじゃないか」

 ファーガスの言い方は軽やかだった。

「おれは、きみにきみを傷つけてほしくないと思ってるよ」

 差し伸べてくれた手を取ってもいいのだろうか。

 そんな資格はないと思っているのに。

 いいのだろうか。

「大切にしろとは言わないけど、無下にしてるのは見たくないと思ってしまうんだよな。勝手なおっさんでごめんな」

 ファーガスの笑みには陰りがあった。きっとどこかに、痛みを抱えている人の顔だった。

 あんなことがあってから。

 最初は現実を見ないようにした。見ても何も感じることができなかった。だから、セントラムに行って自分にできることをしようなんて、思えたのだ。

 でも少し落ち着いたとき、レオは現実に飲み込まれた。わけのわからない力が身体の中に生まれた。気が付くと村に戻っていた。そしてルプスに見つけてもらって。でも、石が襲ってきたとき、蔦が暴れだしたとき、自分の中の力が人を守った。だから、この力を使い続けて村を守ろうと思った。今度こそ。そして力に引っ張られるように剣を振り回し続けた。でも、結局は。

 生まれた力は、壊すためのものだった。確かに暴れる石や木は粉々にしたかもしれないけれど、それは破壊と同じだった。

 死ねばいいのにと思った。

 でもなぜか、手を差し伸べてくれる人たちがいた。

 自分を傷つけないでほしい、という人たちがいた。

 そんなふうに言ってもらう価値のない人間なのに。

 でも、価値とか難しいこと考えるなよ、とファーガスは言っているみたいだった。

 ファーガスもジュードもルースも、レオのことを勝手に思って、勝手に救おうとする。

 いくら自分を呪っていても、いくら自分は救われてはいけないと思っても、その手は聞いてはくれない。レオを引っ張りに来る。


 もう、逃げられないよ。


 腹の底に巣くっていた熱が、少しずつ引いていくのを感じた。




***

  



 寝る前、ファーガスは一階から長椅子を担いで持ってきた。なんだかレオをひとりにしておけないらしい。その割にファーガスは早々と長椅子に横になって寝始めた。

 レオは暗い中、天井を見つめていた。

 ルースが話してくれた昔話は本当の話なのかもしれない、と思う。

 小さいころ聞いたことも忘れていたような話だったけれど。そのときは意味が分からなかったのだと思う。

 自分を否定し続けて、力が生まれてしまう。その力がたくさんのものを破壊する。

 レオもあの日から、自分のことをずっとずっと呪い続けている。

 だから力を手に入れてしまったのかもしれない。

 でも。ルースを抱きしめて、力はおさめられると教えてくれた女の人みたいに、レオにも助けてくれる人がいた。その手を取ってもいいとすぐには思えなかったけれど、きっと、いいんだ。死ねばよかったと自分を責めているけれど、生きていていいと思えるように、助けを求めても、いいんだ。きっとそうしてもだいじょうぶなんだ。そうすることを、望んでくれている人たちだから。

 そのときレオは思い出した。

 ギルが夢の中で言ってくれたことを、思い出した。

 必ず助けてくれる人がいると、ギルは言った。

 父さん、いたよ。

 助けてくれる人、いたよ。

 父さんの言うことって、いつも本当なんだよなあ。

 家族の笑顔を思い出す。

 レオは自分の身体を掻き抱いた。

 みんなごめん。

 みんなが大切にしてくれたおれのこと、おれが大切にできなくてごめん。

 でも、きっとまた大切にできるようになるから。

 助けてくれる人たちがいるから。

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