14 子供
その夜、ルースにかわってファーガスが詰所に来てくれた。ファーガスはやってくるなり二階のレオのいる部屋に上がってきた。ルースが置いていった椅子にどっかりと腰かけて、ずっとそこにいたかのような雰囲気を醸し出していた。
「あの、ファーガスさん」
レオは起き上がろうとした。ファーガスが手を伸ばして手伝ってくれる。
「ありがとうございます」
お礼を言って、ファーガスの腰を見る。ベルトからちゃんと剣がさがっていた。
「ファーガスさん、剣……」
「ああ、あれな」
ファーガスはおかしそうに笑った。
「きみが勝手に使ったやつは、もうだめになってたよ。これは新しいやつだ」
レオは絶句した。
「どれだけ振り回したんだ、ええ?」
ファーガスはレオの頭をくしゃくしゃとかき回す。
「すみません……」
消え入りそうな声で謝ると、ファーガスは許さん、と低く言った。
当然だ。レオは深くうつむいた。
「おい、冗談だよ。だいじょうぶだ」
ファーガスが慌てたように肩をたたいてくる。
「そんなにしょぼくれると思わなかったよ。ごめんな」
「すみません……」
「いいんだよ。それよりレオが無事でよかったと思ったんだ」
レオは身体を固くした。
まあ無事とは言い切れなかったけどな、とファーガスはぼやいている。
「どうした、何考えてんだ」
ファーガスが軽く聞いてくれる。
何を考えているんだろう。
わたしもやめてほしい、とジュードは言った。
あなたにそうしてほしくありません、とルースは言った。
レオが無事でよかったと、ファーガスは言う。
心が震えている。
怖くて、悲しくて、ではなくて、不思議で。その奇妙さがありがたくて尊くて。
でもそれを受け取ってもいいのか迷う。手を伸ばしてはいけないと思う。
「おれ、いいのかな」
レオはつぶやいていた。
「うん?」
ファーガスが続きを促すように首をかしげる。
いいのかな、生きてても。
そんな言葉がこぼれかける。
その直前で、レオは声を飲み込んだ。
「な、なんでも」
レオは笑って見せた。やっぱりだめだ。だめなのだ。
「なんでもないです」
「そうか」
ファーガスがそっとうなずく。
しばらく沈黙が流れた。
「あ、そうだ」
ファーガスが思い出したように言った。
「ジュードとルース、何か言ってたか」
レオは曖昧に笑った。それを見たファーガスが目を細める。
「ははあ、あの背伸びしたお子ちゃまどもに何か言われたな?」
「背伸びしたお子ちゃま……」
レオは思わず繰り返した。レオにはジュードもルースも背伸びしているようには見えないし、もちろんお子ちゃまだとは全く思えない。
「そうよ、あのお子ちゃまどもは背伸びしてるのよ」
ファーガスは腕を組んで断じる。
「十八十五そこそこなのに、しっかりしないといけないと思い込んでるんだよ。危なっかしいね」
「じゅうはちじゅうご?」
レオは目が点になった。
「じゅうはっさいと、じゅうごさい?」
ファーガスがうなずく。
「そうだよ。ジュードが十八、ルースは十五だ。ルースは、ルプスに入ったばかりだよ。レオと同い年くらいだろう」
レオは再び絶句する。
二人とも大人びているので、もっと年が上だと思っていた。ルースに至っては同い年なんて、信じられなかった。
「ふたりとも、すごい」
おれと年が変わらないのに、領を守る軍人になって、立派に仕事をしてる。
おれみたいなやつのことまで、気にかけてくれる。
「レオが言うのか?」
ファーガスに少しあきれたように言われたが、意味がわからなかった。
「でもおれは心配だよ」
ファーガスは言った。
「ふたりとも不器用だからな。不器用な子たちが背伸びしてるだけだから、突っ走ってだめにしそうでな」
「だめに?」
そう、自分をな、とファーガスはレオを指さした。
「あの子たちが不器用なのは、レオもなんとなくわかっただろ?」
ファーガスの問いに、レオはふたりのことを思い出してみる。
レオは首をひねった。
特別不器用だと思ったことはなかった。反対に、器用そうに見えていた。
「そんなふうには見えないですね……」
レオがつぶやくと、ファーガスが小さく笑った。
「そうか。レオは人の考えてること、汲み取るのが得意なんだろうな」
ファーガスの言葉に首を振る。
「そんなことないです。おれ、ふたりに嫌な思いさせました」
「ふうん?」
ファーガスが両方の眉をひょいとあげた。
レオはうつむいた。
ジュードは、きっと自分を傷つけるなと言ってくれたのだ。でもレオはちゃんとこたえられなかった。
ルースは自分の小さいころの話までして手を差し伸べてくれた。でもレオはそっぽを向いて、その手を取らなかった。余計なお世話だとでもいうような態度まで取った。
「ジュードさん、自分の脚を刺そうとしたんです」
ファーガスが目を丸くした。
「おれが、手に爪たててたから、そういうことするなって言ってくれたんだと思うんです。でもなんでかわからないけど、返事ができなかったんです。なんか、そういうこと言ってもらう資格がないっていうか」
ファーガスは黙って聞いている。
「ルースさんも、小さいときの話をしてくれてたんです。ちょっとおれに似てるところもあって。だから話してくれたんだと思うんですけど。でもそのあとおれ、うるせえみたいなこと言っちゃったんです」
言い終わると、後悔が押し寄せてきた。でも、きっと今もう一度そのときに戻れても、同じ態度をとってしまうと思う。今のレオにはそれしかできないのだ。
ふんふんとうなずいていたファーガスはやがてにやりと笑った。
「レオ、それはあのお子ちゃまどもにも非があるから気にするな」
「へ?」
おかしな声をあげるレオに、ファーガスはあまり上手とは言えないウインクを見せた。