12 温度
ファーガスとジュードは、ほかの仕事があると言ってすぐに部屋を出て行ってしまった。ファーガスはレオの様子を見に来てくれたそうだ。残ったルースも、何かあったら呼ぶようにと言って下の階におりていった。
ルースが言うには、ルプスがレオの面倒を見ているのは監視も兼ねているそうだ。レオは拘束されている身なので、勝手にどこかに行きはしないかと見ておく必要があるという。
しかしレオは起き上がることができたとはいえ、まだ本調子ではなかった。寝台に身体を預けて、天井を見つめる。
ファーガスのレシピでジュードが作ってくれたスープも、半分しか食べられなかった。とてもおいしかったけれど、まだたくさんは受け付けなかった。
それにまだ、ファーガスに剣のことを謝れていない。さっき来てくれたファーガスは剣を帯びていなかった。壊れてしまっていたのだろうか。とにかくファーガスは、レオが口を開こうとすると何も言わなくていいから休めと言って聞いてくれなかったのだ。
ごめんなさい、ファーガスさん。
心の中で謝って、レオは寝返りを打った。寝台の横に置かれた椅子が目に入る。
さっきジュードは、短剣で自分を刺そうとした。怖かった。やめてくれと必死で縋り付いたレオにジュードは、わたしもやめてほしい、と言ったのだ。
手に爪を立てていたことだろうか。
レオは手のひらを見た。爪の跡がくっきりとついている。
傷つけるなってことか。
でも、ジュードさんとおれは違うから。
ジュードさんは、自分を傷つけたらだめだ。
横になってはいるけれど、なんだかもう、眠れそうになかった。
「失礼します」
戸の向こうで声がする。返事をすると、ルースが入ってきた。
ルースは水差しと器を持っていた。それを椅子の上に置くと、いきなりレオの額に手を当てた。細い手はひんやりしていて、レオはびくりと震えた。手のひらは滑らかではなかった。傷やたこがある手だった。
ルースはひとりでうなずくと、言った。
「水を飲んでください」
水差しから水を注いで渡してくれる。レオが身を起こそうとすると、当たり前のように片手で支えられた。
「ありがとうございます」
器を受け取って水を飲む。冷たすぎない水は素直に喉を通った。
それを見守っていたルースが、不意に口を開いた。
「眠れそうですか」
レオは立ったままのルースを見上げた。はいとこたえようとしたのに、できなかった。ルースが眉を下げる。
「眠れないんですね」
レオは情けない気持ちでうなずいた。
「少し、お話してもいいですか」
ルースが覗き込んでくる。ルースに迷惑ではないのかとためらっていると、ルースは言った。
「どうせわたしは、あなたを監視しなければならないので時間までここにいるんです。だから少しだけ」
「はい……」
返事をすると、ルースは少しだけ微笑んだ。そして階段を下りていく。何事かと思っていると、椅子をもってすぐに戻ってきた。
「ちょっと失礼します」
寝台のそばに椅子を置き、腰かける。
早業にレオがあっけにとられていると、ルースは何ですかその顔と指摘してきた。心外、と顔に書いてある。その表情に、少し口元が緩んだ。
ルースが目を見張る。
「どうしましたか」
レオがたずねると、ルースは首を振った。
「なんでもありません」
ルースは腕を組み、厳粛な面持ちで言った。
「では、お話をひとつ」
レオはうなずいた。
「恐縮ですが、わたしの小さいころの話です」
ルースはレオを見て重々しく続ける。
「嘘みたいだけど、本当の話ですよ」
「はい」
「信じられないかもしれないけれど」
「はい」
「わたしの話で申し訳ないですし、面白くもないのですけれど」
「はい」
「聞いたことのある話と似ていると思いますけれど」
「はい」
なんだか前置きが多めだ。でもレオは、ルースにつられて厳かな気持ちになってうなずいていた。
ルースはレオのそんな様子を見て安心したのか、少し表情を柔らかくして話し始めた。
「レオさん、人の中には、ありえないほど強い、強い力が生まれるときが、あるんですよ」