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空白の盃  作者: ゆっくりゆきねこ
第一章 空白の盃
5/5

歪みの獣

ギリギリでいつも生きていたいから~♪

調子乗りましたすみませんでした(開幕速攻土下座)

Pixivではギリギリをかまして本当にすみません、ゆっくりゆきねこです。

すんごい亀さんスピードで毎回申し訳ない・・・。

今回ウサギさんについて兎に角調べまくりました。

ウサギだけに?やかましいですわよ(

まあ鳴き声とか締め方とか皮の剥ぎ方とか、あと伝説上のウサギなんかですね。

モンスターの設定とかはあんま話の本筋には関係ないんですが、これからもしっかり考えておきたいと思ってます。

これは完全な余談ですが、タイトルの「Distortion」どっかで聞いたな~と思ったら恥パでした。

PHD、とても良いですよね・・・。

「これは・・・変異種ね」

「変異種・・・」

セラの言葉を、モニカが小声で反芻する。非戦闘員とはいえ、彼女程の商人ともあれば存在は知っていたようだ。

「ええ。こいつは特徴からしてアルミラージ。それは間違いないわね」

モニカがこくんと頷く。黒い一本角を生やした、ノウサギ似の黄色い兎。間違いなくC-級魔物アルミラージである。だが、普通の兎より大きい位だと言われている筈のその体格は、セラ達より背の高い大男が見上げる程の大きさとなっている。このアルミラージには、巨大化の変異が起こっていたのだ。

力を蓄える事でより強く姿を変える”進化”を行う生物を、この世界では魔物と呼んでいる。魔物は総じて進化の可能性を持ち、同時に上手く進化できないリスクを常に孕んでいる。この上手く進化できなかった個体の事を、変異種と言う。

変異の中で最もわかりやすいのが、巨大化。通常個体の何倍も大きさが肥大する他、凶暴化を併発している事が多いと言われている。進化の可能性や種類が多様であるように、変異の起こり方もまた多様である。

アルミラージはホーンラビットの進化系であり、兎系魔物の中では割と上位に位置する。下位に属するありとあらゆる生物を畏怖させる力を持つ、見目に見合わぬ狂暴な性格の肉食獣。セラ達にとっては雑魚同然だが、見た目で油断した結果殺された新人冒険者が後を絶たないという。

問題は、ただでさえそこそこ強いアルミラージが変異種となっている事。セラは大きく溜息をついた。成程、ランクがB-になる訳だ。

「変異個体は、元々のランクをそのまま一個上げた位の強さだと仮定するよう決められてるの。でも実物はそれよりも強い事の方が多いわね」

「勝てそう・・・?」

「まあ、この位ならどうとでもなるヨ!ついでに素材もゲットしちゃお!」

ミスティのこの言葉に、男は震え上がった。何せ、この変異アルミラージの恐ろしさを最も知っているのは、数日前それに圧倒され殺されかけた彼なのだ。後肢に腕を踏み砕かれ、頭蓋を噛まれた末命からがら逃げおおせた彼の脳裏には、その時の恐怖がまだ染み付いていた。

だからこそ、そのアルミラージの対処を「どうとでもなる」と一蹴し、その上で自分がどうあっても裂けなかった皮を剥ぎ取ろうとまで言うのだ。自分よりもランクが下である筈のこの女達が。最早男にとって、アルミラージよりセラ達の方が恐ろしかった。

「ミスティ、今日魔法いる?」

「うーん。多分ねぇ、素じゃアタシの刃通らないと思うよ。でも攻撃はしなくていいかも」

「そう。”鋭利化(シャープネス)”何回欲しい?」

「実物一回斬ってみて考える。”結界(バリア)”は?」

「防御用は依頼人に近づけなきゃいらないでしょ」

「アハ、いつも通りアタシだけ忙しい奴じゃん!」

「そうね。今日は報酬品しかいらないからお金はあげるわ」

「乗った」

恐れ慄く男と話について行けないモニカを置き去りに、二人はさっさと作戦会議を済ませてしまった。老人は相変わらずニコニコ笑っている。さっさと身支度を済ませたセラ達が声を掛けたことによって、呆けていた二人はようやっと正気に戻った。


ーーーーーーーーーー


件のアルミラージがいるのは、王都とヘイトリッド領の道をこちらから三分の一程進んだ所の森である。進化元であるホーンラビットは元々こうした森林地帯に生息している為、森に居ること自体は何らおかしくない。

だが、下位の生物は問答無用で威圧してしまう件の獣が居座る森は、その力の影響で閑散としていた。肉食獣がいるのだから、彼らの餌となる草食獣も本来は豊富にいる筈なのに、だ。奥に入れば入るほど獣の気配がしない。他の魔物すらも殆ど寄り付いていないようだった。

「ま、無理もないよねー。ここ普通はC+級の魔物までしか出てこないんだもん。そこにいきなり威圧持ちのB-デショ?そりゃ皆逃げるって話よネ」

手持ち無沙汰らしく、道中のミスティが静かな森を見回しながら独り言ちた。セラが小さく首肯する。例え道中に居座っていなくてもその内依頼が来ただろう。こんな状態が続いていては、生態系は崩壊し森が荒れ放題になってしまう。出現から数日しか経っていないらしく影響は少なかったが、既に草が長く伸び始めていた。

「奥に入るほど草も長くなってくるね」

「力の影響が波状に広がったんでしょうね。ほら」

セラが促しながら視線を向けた先を、ミスティも見る。視線の先――彼女達の後ろを歩くのはモニカと護衛の男だが、進めば進む程露骨に怯えるようになっていった。ただ本人達は自覚が無いようで、視線を向けては納得したような顔をするミスティを見て首を傾げている。

「私達は平気だけど、依頼人達はアルミラージの威圧にやられてる。その感覚をまだ身体が覚えてるから、ある程度距離があっても影響を受けるみたいね」

「へえ。ま、それも仕方ないか」

言いながら、ミスティは前に視線を向け直し立ち止まった。意図を汲み取ったセラと、汲みきれなかったモニカ及び男――は慌てながらだが――も停止する。

「やっこさん、あと2000歩くらい歩けば会えるよ。ま、穴の中にいるから近くに行っても見えないけどネ」

「!わかる、の・・・?」

「モチのロン!今は寝てるみたいネ」

ミスティの言葉にモニカは驚愕した。聞き間違いでなければ、ミスティは「あと2000歩」と言っていなかったか。歩幅は人それぞれだが、どれだけ少なく見積っても1キロはある計算になる。比較的背の高いミスティの基準ならもっと遠い筈だ。しかも、その様子まで彼女にはわかるらしい。

「でも、このまま近付いたら気付かれるよ。アイツら、結構耳いいからね」

「10キロ先まで探知できる貴方が言う?」

「でへへ。んで、どうすんの?」

「”認識阻害(アンデテクト)”の”結界”だけ、私達と依頼人達とで別々に張るわ。んで、近付いたら私達のだけ消す」

「おけ」

「依頼人達もそれで大丈夫そう?」

「う、うん・・・」

モニカが頷くと、セラはパチンと指を弾いた。瞬間、ほんの一瞬だけ四人――正確にはセラとミスティ、モニカと男のそれぞれの周り――に円形の光が発生した。すぐに消え去ったそれが、結界魔法を得意とするセラの十八番の一つ、”認識阻害”の”結界”である。

セラとミスティは二人共超遠距離攻撃に弱い。尤も遠くまで飛ばすタイプの攻撃は着弾まで猶予があるので、ミスティの探知とセラの結界があればまずダメージは受けない。

問題は、この場合の二人に反撃の手段がない事だ。セラは防御魔法が得意だが攻撃魔法は苦手。ミスティも近距離戦はお手の物だが遠距離から撃たれれば避ける以外何も出来ない。この点を改善し敵の不意を突く目的で生み出したのがこれである。

当然ながら精度も中々のもの。索敵の天才であるミスティが100m圏内で漸く気付く程だ。尤もかなり魔力の消費を少なく抑えた仕様のため、騒いだり大きな音を出すと当然ながらバレてしまうという欠点付きだが。

「二人共、ここから先は静かにね。騒がなければ余程の事が無い限り襲われる事はないわ」

セラの指示に、モニカは大げさに口を塞ぎつつこくこくと頷いて返答する。そこまでする必要はないと苦笑しつつ、一行は件の敵の方へと再び歩み始めた。


ーーーーーーーーーー


同時刻、セラの自宅。家主が姿を消して暫くしたその場所で、青年は再び目を覚ました。まだ微かに気分が悪いのだが、眠ったお陰かそれとも一度吐いたからか、幾分かはマシになっていた。熱で溶けそうな意識はふわふわと覚束ず、殆ど焦点のあっていない目で人気の無い室内を見回す。

(あの人、は)

青年はセラの姿を探していた。しかし自分でその事に気付いていなかった。ただ漠然と、傍にいた筈の人がいなくなっている事に不安を覚えていた。それらを認識する余裕すらも、今の彼にはなかった。

今セラは家を留守にしている。当然ながら、どれだけ探そうがその姿を見つける事は出来ない。その事をぼやけた頭で確かに認識したその瞬間、青年の心はあっという間に恐怖で支配されていった。

気配。気配。気配。この家の周囲に存在しているだけの筈の、無数の気配。それが怖い。見られていないのに、見られている気がする。嘲笑う声がする。血の味。錆びた鉄の臭い。身体を内から削られていく苦しみ。骨や肉が拉げる痛み。人。人。人。——人の気配。無数の、命の気配。

不意に、その中の一つがこちらに近付いてくるのを感じた。青年の全身が恐怖に激しく跳ね、同時に激痛が全身を襲う。このまま逃げ去りたい。それなのに身体は言う事を聞かない。近付いてきたそれに敵意は少しも感じないのに、近付いてきたというだけで兎にも角にも恐ろしい。

「い、いや・・・」

か細い声が喉から漏れる。途端、気配は青年から遠のいて行った。やはり悪の存在ではなかった。自分が怖がっているのを察して去って行ったのだと、精神的に余裕のない筈の青年の頭は理解していた。それでも身体の震えは収まらない。怖いという言葉が止まらない。

「違う、違う・・・あいつらじゃない・・・。でもあいつらは、ボクを追って来る・・・絶対・・・。もし、もし見つかったら、また・・・」

恐怖を抑えようとして言い聞かせるように独り言を呟くが、それをすぐに不安が塗り潰していく。軋む体を無理に反転させ、布団を頭から被る。そうしてできたあまりにも心もとない安全地帯の中で、彼は只管震えが収まるのと、家主の帰りを待った。


ーーーーーーーーーー


「おっ♪見えた見えた!兎さんのお家発見伝〜」

「何それ・・・」

ミスティの奇妙な発言に、セラは無表情で呆れたように返した。ミスティが意味不明な事を言うのはセラにとってはいつもの事なので慣れっこだが、モニカは頭上に?を浮かべている。セラ同様表情筋が死んでいる上に無口な為、隣の男を含む全員にそれが伝わっていないのだが。

「あれ、巣穴・・・?」

「ええ。やっぱり大きいわね」

セラの背中に隠れつつ、モニカが件のアルミラージがいるとされる巣穴を覗き見る。崖の根元にあるそれは、大きさだけ見ると大型の熊系魔物の巣穴くらいだ。というか出現からまだそこまで時間が経っていないので、実際逃げ出した大型魔物の巣穴を勝手に間借りしたのだろう。

「普通兎系より熊系の方が上位だけど、それでも追い出されちゃうのね」

「そうね~、クチアワソス辺りだったらBランクで大きさもこの位だヨ」

「ああ・・・そう考えるとやっぱりB-じゃないわね、今回のアルミラージ」

「最低B+、まあ多分A-くらいよネ。よく生き残ってたねアンタ」

標的の大きさや強さを推理しつつ、ミスティが後方の男を振り返る。褒められたと思った男は照れくさそうに頭を掻いた。ミスティが感心しているのはモニカから見ても明らかだったので間違ってはいない。

(わたしのこと置いて走って逃げたのは、黙っておこう・・・)

(まあどうせ、依頼人を置いて逃げたんでしょうけど)

ずっと怯えっぱなしだった男が多少調子を取り戻したのを見てモニカがした配慮は、セラによってすぐさま看破された。見破った理由は一つ。モニカが怪我をしていないからだ。

モニカは優れた商人だけあり、頭がいい。その為彼女はアルミラージを刺激しないよう少しずつ距離を取っていたが、生命の危機に正気を失った男は思いきり背を向けて逃げ出してしまったのだ。モニカを置いて。

アルミラージに限った話ではないが、肉食の生き物は逃げる者程追う傾向にある。その為、アルミラージはおいて行かれたモニカではなく男の方へと向かい、彼に襲い掛かったのだ。任務を放棄した事で結果的に達成するとは皮肉な物である。尚、ミスティが感心したのは本気で追って来るアルミラージから逃げのびた事にである。つまり彼女にも見破られていた。

「にしてもA-かあ。そう考えると”鋭利化”5回は欲しいカモ」

「出来るだけ抑えてよ」

「りょーかい!」

「じゃあ依頼人、私達の結界を解くわ。どこかに隠れていて」

セラの言葉にモニカはこくんと頷き、少し離れた草むらに潜り込んだ。男は体格のせいで入れなかったので、傍の木の陰に隠れる。それを見届けてから、セラはパチンと指を弾いた。

「ブフォーーーッ」

直後、とても小型の魔物の物とは思えない大きな鼻息が穴の中で轟いた。その声にモニカと男の震えは最高潮に達し、ガサリと草むらが揺らめいた。ばれたら終わる。音で正気に戻った彼女はそう思い至り、思うようにならない体を抱き締めて無理矢理に震えを止めようとした。

「ありゃりゃ、可愛そうに。音を出したくないのに威圧のせいで震え止まんないね」

「そう思ってるなら早いとこ蹴りつけて」

「わかってますって!」

腰に刺した短剣を引き抜き、ミスティが高く飛び上がる。直後、巣穴から先程の唸り声の主——アルミラージが飛び出してきた。あの絵の通り、大男が見上げる程の巨体。本来のそれではありえない姿。本来は先が平らな筈の、しかし猛獣のそれの如く鋭くとがった牙が、眼前のセラの首元に向かって伸びる。

だがセラは、余りにも恐ろしいそれに一切臆する事無く、片手杖を横に持った手をその口の中に突っ込んだ。つっかけ棒になるよう口の中で手首を90度回転させ、そのまま手を引き抜き軽く後退する。

「ギーーーーーーッッッ!!」

直後、アルミラージは絶叫を上げた。開いたままの口から鮮血が吹き出し、ボタボタと地面に垂れる。セラの杖は仕込み杖となっており、先端を用途に合わせ変形できる。槍の如く尖らせたそれと持ち手につけられた容易には砕けない希少な魔石とに口を刺され、痛がっているのだ。

その間にセラは自身の周囲に魔方陣を5つ展開させ、上空を見た。標的はその先でまだ滞空——無論飛ぶ能力がある訳ではないので着地していないだけだが、便宜上そう述べる――しているミスティが構える、彼女の短剣。

「ご注文の”鋭利化”5回よ!ちゃんと受け取って頂戴!」

それぞれの魔方陣から一発ずつ光の玉が打ち出される。それらは上空のミスティよりも低い位置で停止し、螺旋状に配置された。

「アハ!流石セラ!」

ミスティは落下しつつ短刀を斜めに振り下ろし、その光の中心を少しのずれも無く切り裂いた。切られた光はその瞬間短剣に吸収され、その度に短剣が輝きを強める。最後の光を取り込んだそれをミスティは自分の体重をかけられるように素早く持ち直し、アルミラージの首めがけて突き刺した。

「ギィイイイイイーーーッ!」

だがアルミラージへのダメージはそこまでではなかった。頸動脈を狙ったそれは確かに目的の血管を切り裂きはしていたが、傷口が小さすぎて殆ど出血していない。失血によるショックを狙うどころか、死ぬより先に塞がるのがオチだ。というか、半端に攻撃したせいで怒らせてしまっている。まあ、二人にとっては些事だが。

「アハ、これじゃ血抜きもできないや!」

「あと何回?」

「もう2回!今度は気道切る!」

了解、と短く返すとセラは”認識阻害”の”結界”を自分にだけ再度張り直し、ミスティの数メートル後ろまで後退した。アルミラージは怒り狂っており、セラが消えた事に気付いていない。だが喉元を狙われると困る事はわかったようで、顎を引き急所を頑丈な頭蓋で隠す。

「ちぇ、半端に知能持ってるよ。ねえセラ!」

ミスティの声にセラは頷くだけで返す。この距離では声を出すだけでもバレかねない為だ。セラは静かに5回分の”鋭利化”と共に別の魔法を用意し始めた。準備が終わるまでの間、ミスティは木の幹を蹴って間を抜けながらアルミラージを引き付ける。

このアルミラージは通常個体よりは頭がいいらしい。だが所詮は獣。ミスティが態と逃げ回って時間を稼いでいる事にも、そのミスティが何かを狙っている事にも微塵たりとも気付いていない。——角を振り回しながら獲物を追う己が、いつの間にか罠の入り口に追い込まれている事にも。

「ヘイヘイうさちゃん、串刺しにしてみな!」

ブゥ、と大きな鼻息を吐き、ミスティが煽った通りにアルミラージが突進した。当然、身軽なミスティはひらりとそれを躱し、角を踏み台にしてその後ろへと回った。当然、アルミラージはそれを追う為に身をひるがえそうとする。

「!?キィ!キ、キィー、ギッ!」

だが、アルミラージの身体は思う通りに動かない。——否、違う。空を突いたはずの角が何故か動かず、結果身動きが取れなくなっていたのだ。何が起こっているのかわからない、という様子でキィキィ鳴きながら、身体を回すべく首を横に振ろうとし続ける。

「ノンノン!それじゃあ動ける訳ないジャン?」

困惑の表情で眼前を見つめるしかないアルミラージの喉元に、姿勢を低くしたミスティが滑り込む。携えた刃は先程よりも強い光を発しており、既にセラによる強化を受けた事が窺い知れた。それをアルミラージも本能で察するが、やはり動けない。首元に刃が食い込む。

「ギ」

アルミラージが最期に発せたのはそれだけだった。一瞬で音を出す為の空気とそれの通る管が切り裂かれ、アルミラージは酸欠に喘ぐ。即死はしなかった為暫し全身がピクピクと痙攣していたが、それもやがて止んだ。討伐完了。

「ふぃーっ。お疲れセラ!いい判断だったヨ♡」

「いい判断だったよ、じゃないわよ。”幻影(イリュージョン)”まで無駄に使わせて・・・」

言いながら、セラが再びぱちんと指を弾いた。瞬間、アルミラージの前方の景色が歪み、あるものが姿を現す。巣穴があった崖である。アルミラージの角は、この崖の地層の中で一番崩れにくいとセラが推測した場所に突き刺さっていた。

ミスティの意図は、この崖を使ってアルミラージの動きを止める事であった。その為セラは崖の端であり尚且つ土砂崩れが起きない事を前提条件にこの場所をものの数秒で特定し、そこを”幻影”付きの”結界”を張って「最初から崖の大きさはこのくらいだった」とアルミラージに誤認させたのである。

ミスティの短剣が角の根元を両断すると、アルミラージの身体は力なく地面に落ちた。セラは口内から己の杖を取り出し、残った角は男にも協力させて引き抜く。色々な要因のお陰でアルミラージは戦闘経験が少なかったようで、素材には傷が殆ど無かった。

「これならそれなりの値段で売れそうね」

「ね!あーでも、皮はちょっとダメかも」

「どうして?」

「脚のとこ、ちょっと噛まれてる。ここ最近のみたいで歯形くっきり。ダメだこりゃ」

ミスティの指摘に、セラは彼女が差した後肢の中程当たりに触れてみる。毛で隠れてわかりにくいが、確かに不自然な凹凸があった。折角いい状態で狩れたのに、とミスティが肩を落とす。

「・・・わたし、買う。言い値でいい」

そこに思わぬ助け船を出したのはモニカだった。二人が驚いた様子で彼女を見る。彼女は商人だ。珍しい生き物の、それも状態が良い素材などは言い値でも欲しがるのは理解できる。だがこの毛皮は歯形がくっきりついている不良品だ。それを言い値で買っても元が取れるとは思えない。

「いやーモニカちゃん、これは小遣い稼ぎみたいなものだから、そこまで依頼人がする必要は」

「大丈夫。ちゃんと考えてる。それに・・・これ、わたしのせい」

「え」

「幾ら?」

モニカのまさかの言葉にミスティが驚くが、それに構う事も無くモニカはセラにそう問うた。セラは通常のアルミラージの素材の倍くらいの値を提示する。希少性や素材としての良質さを考えれば安い。理由はどうあれ不良品を渡す以上、高くする事はセラにはできなかった。ミスティにも異論は無い。

安く買えた筈のモニカは多少不服そうにしつつ、その代金をセラに手渡した。そして、背中に背負っていた大きなリュックをアルミラージの傍らに下ろす。すると、アルミラージのそれよりも大きな袋の口が開いた。——ひとりでに。

「あら」

その中から覗く白い牙を見たセラは、納得と少しの驚きを込めたその一言を発した。ほんの少ししか驚かなかったのは、正体にすぐ感づいた為である。リュックは彼等の見守る中で自由に動き続け、自分よりも大きなアルミラージの身体を飲み込み、胃袋とも言えない所に収めていく。

「リュック型のミミックなんて珍しいわね。しかも手懐けてる。なんて名前?」

「ミール。ご飯あげたら、懐いた」

アルミラージの巨体を飲み込み終わったミールが、けぷと満足そうに息をつく。食べた訳ではなく、体内の異空間に格納したのだ。格納が終わると大人しくなり、またモニカに背負われた。

ミミック系は食欲旺盛な個体が多く、騙し討ちで獲物を狩る。人間にも敵対的な為、懐かせる事は難しいとされているのである。だがこのミールは、美味しい食べ物を与えて貰う代わりに彼女が運べない荷物を取り込み運ぶ手伝いをし、人間と共存していた。見目はぼろいリュックだが、それなりに高位のミミックのようだ。

ここでミスティは、やっとこのミールが皮を傷つけた犯人である事に気付く。恐らく、アルミラージに追われた男を心配した主の代わりに窮地を助けたのだろう。攻撃手段が牙しか無いので、それ以上追えない様に足を噛んだのだ。男がミールに驚いていない事もそれが理由だ。納得すると同時に溜息をつく。

「次からは素材に影響が出ない撃退用薬品を瓶詰して持たせるといいわ。頭良さそうだし、使いこなせると思う」

「!思いつかなかった・・・。考えてみる。それより」

モニカがセラ達に向かって深々と頭を下げる。標的の討伐は達成した。依頼が終わる。つまり、彼女らとはここで別れる事となる。可愛い女の子が好きなミスティは名残惜しそうだったが、それはモニカも同じだった。

「ありがとう。これで帰れる。・・・貴方達は、凄い。本当に。・・・もっと、話したかった」

「そうね。私も貴方に興味あるわ。でもごめんなさい」

「わかってる。縛る気はない。でも・・・また会いたい。・・・依頼人じゃなく、その・・・友達、として」

モニカが頭を上げ、セラに手を差し出す。セラはそれを一瞥してから、モニカの顔に視線を移した。俯いた顔は殆どフードのせいで見えないが、覗く耳が赤い。人見知りな彼女が相当勇気を振り絞ったのが、一目で理解できた。

「ええ。今度は友達として。モニカ」

セラの言葉に同意するように、ミスティはこくこく頷いてニッと笑みを浮かべた。しっかりと握り返された手の温もりに、モニカは赤いままの顔を上げる。そして、嬉しそうに笑顔を浮かべた。


ーーーーーーーーーー


気配と恐怖とが心を削る地獄を、只管に耐えてどのくらい経ったか。日が落ちる頃になっても青年は眠って逃げる事すら許されないまま、毛布の中で一人震えていた。

早く、戻ってきて欲しい。信用できるかどうかはまだ分からないが、今の彼には彼女以外にその可能性がある存在はいないのだ。そんな曖昧な存在にすら縋ってしまいたいくらい、彼はどうしようもなくひとりぼっちなのだ。

「・・・!」

また一つ、命の気配が近付く。大きい。さっきのよりずっと。そして強い。それだけが理解できる。他には何もわからない。

分からないのに、奴等が来たのではないかと思い込んでしまいそうになる。そんな訳ないと思いたいのに、余裕のない心がそうさせてくれない。違う、違う、違う!浮かんだ最悪の可能性を塗り潰すように内心でそう繰り返す。ドアノブがほんの僅か、動いた。

「コケッ!!」

「いっ!?ちょ、ちょっと何するの!」

突如響いた鶏の声。怒声とも言えるその声の直後、待ち望んだ声が扉の向こうから聞こえてきた。青年は痛む身体も構わず、顔を半身ごと持ち上げる。

その間も、彼女は扉の前で鶏と争っているようだった。というより、鶏から一方的に攻撃されている。鶏が悲鳴を上げていないという状況証拠が、その光景を青年の脳裏へと呼び起こしていた。

「痛いってば!何よもう貴方達まで、何をそんなに怒って・・・。もう、いいから大人しくしてなさい!入れないでしょ!」

そう彼女がしかりつけると、漸く鶏達の声が止んだ。トタトタと小さな足音が幾つも外を通って行く。彼女の大きい溜息の音がして、それから扉が開いた。

「あら、起きてたの。御免なさい、ヘンやスターが騒いでて。あの子達いつもはああじゃ・・・どうしたの」

突かれまくった事で乱れた髪を整えつつ何か言いかけたセラだったが、青年の顔を見てそれを止めた。呆けていた青年は、セラのその態度で正気に戻る。と同時にその理由を理解した。自分が涙を流しているからだ、と。

「どこか痛む?ああほら、薬持って来たのよ。一応飲み薬だけど、効かなかったら最悪打つかも・・・。あら・・・ど、どうしましょう。やっぱり怖いのかしら・・・?」

全く泣き止む気配がないどころか猶の事涙を増やす青年の様子に、セラは困った様子で見当はずれの推理をしていた。怖いのではない。正確には、さっきまで怖かったが今はそうでないのだ。寧ろ安心して、脱力して、それまで抑え込んでいた涙が溢れてしまったのだ。

孤独というもの程怖いものは無い。困っている時、弱っている時、助けて欲しい時、誰も自分に手を差し伸べてくれない環境がどれ程辛いか、彼は知っている。ひとりぼっちで生きていける者などいないと、理解している。

本当は。絶対の安心を与えてくれる存在に抱きしめて欲しい。温もりに身を委ねて安らぎたい。あんなものに怯えなくていいんだよ、と優しく声をかけて欲しい。でもそれを彼女に求めるには、彼は臆病で。

(だから、今は)

この無機質なようで温かい彼女の、少し下手っぴな優しさに甘えていたい。酷く慌てながら懸命に宥めようとしてくるセラの様子に、青年はふにゃりと泣き笑いを浮かべた。






歪みの(Distortion)(beast)

おまけスキット4「はよ帰れ!!」


ミスティ「そいやさ~、何で今日は薬草だけなん?いつもは研究資金が~とか言ってめっちゃ報酬金高い依頼しか請けないのに~」

セラ「別に・・・。いえ、そうね・・・。怪我をした魔物を拾ったのよ。酷い怪我でね、私が使ってるのじゃ効かなくて」

ミスティ「へえ~。どんな怪我してたん?」

セラ「色々。虐待されてたみたい」

ミスティ「ほぉ~ん・・・。待ってセラ。その子今どこいんの?」

セラ「私の家だけど?」

ミスティ「セラに懐いてんの?」

セラ「そうだといいとは思うわ。でも、ある程度は信頼されてると思う」

ミスティ「・・・鶏ちゃん達に会わせた?」

セラ「自分じゃ歩けないくらい酷いのよ。会わせられないわ」

ミスティ「じゃあ今独り?」

セラ「そうだけど。だって薬私しか取りに行けないし・・・」

ミスティ「バカ!アンタもう・・・いやもうほんとバカ!!」

セラ「な、なによいきなり!?何でそんな怒ってるの?」

ミスティ「そんなのアタシに頼めばよかったジャンッ!?何で傍に居てあげないのよ!?」

セラ「いや、私がいた方が絶対休まらないでしょ」

ミスティ「あーもうホント感情ってもんがわかってないんだからぁ!!もう報告とかもアタシがやっとくから!帰れ!早く!!」

セラ「ちょ、ちょっと!押さなくても歩けるってば!もう何なのよホント・・・」

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