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空白の盃  作者: ゆっくりゆきねこ
第一章 空白の盃
4/5

人見知り商人

明けましておめでとうございます。

当シリーズ、色々あって半年以上全然進めてなかったんですよねえ。

学生の今ですらこんななのに今年から社会人なので投稿ペースに不安しかない今日この頃・・・。

今年はちゃんと目標決めて作品書きたい!

ので、誕生日(今月18日)までに目標考えて当日Twitterに貼っておく事にします。

今年こそはちゃんとした進捗とか投稿したいと思っているので、Twitterフォローまで行かずとも偶に見に来て頂けますと幸いです。

あと今回は前半の内容ピクシブ版と違うので、大きなお友達の皆様はお暇でしたら見比べて頂けますとより楽しめると思います。

小さなお友達はご遠慮下さい。

金属の擦れる、不快な音がした。耳を刺したそれに、夢と現とを彷徨っていた青年の意識が目覚める。その音は、自分の首を壁に繋げる鎖のものか。今しがた開いた扉のものか。入って来た男が持つ鍵束のものか。彼にはわからない。今は唯、鉄格子の外の景色を塗りつぶすような雨の音が、頭に響いて来るだけだ。

男が下卑た笑みを浮かべる。飽きるほど見てきたそれが、青年の心を動かす事はない。よく飽きずに来るもんだと内心毒づいても、間抜けな彼がそれに気付く事は無く、また今日も拳を振り下ろした。青年が痛みに顔を歪めれば、男は餌を見つけた獣の如く悦んだ。

——いつ?いつ終わる?この先の見えない、まるで世界が繰り返されているかのような、地獄は——

心が動かない様にする事は出来ても、傷つかずに済む術はどこにもなかった。耐えていれば終わる。そう信じてただひたすらに歯を食いしばり、吐きたい程の苦痛を耐え続けて、どのくらい経ったのだろう。逃げようなんて気力はとっくに失せて、心は黒く染まりきっていた。

死にたい、と思った事もあった。一度や二度なんかじゃなかった。十でも二十でも足りない。数え切れる訳もない。それでも死ねなかった。死ぬ事の方が、地獄が続く事よりもずっとずっと怖かった。生きる理由なんて何一つないのに、いつも「死にたい」より「死にたくない」が勝っていた。飼い殺しにされるのが本望なのではないかと過った時、彼は取り返しがつかない程に絶望した。

男が繰り返し叫ぶ。全部お前のせいだ。自分が全て失ったのはお前のせいだ。お前の仲間が死んだのもお前のせいだ。全てお前のせいなのだ。これは償いなんだ。償いをすること以外に、お前に価値など無いのだ。狂ったような男の声が、青年の頭に反芻した。

心当たりなんて無かった。それでも、ああそうなんだといつしか納得してしまっていた。ただでさえ役立たずな己が生きていていい理由は、償いをする為なのだと信じ切っていた。そうしなければ、飼い殺しにされている現実や、大切な者の死に折り合いが付けられなかった。

——そうだ。だからこれも、全部ボクのせいなんだ。

目の前に転がる女性を見下ろし、呟く。土埃と血に塗れたその女が、自分を見つめて優しく微笑んでいる。死相の浮かんだその顔は、瓜二つだった。

『逃げなさい』

女の声が響くのと同時に、その姿が消え去る。彼は一人、何もない暗闇に取り残されていた。——終わらない。この地獄はまだ、終わっていない。

『ほうら、また傷つけた』

——どこかで、嘲るような嗤い声がした。


ーーーーーーーーーー


ガタン、という音で目が覚めた。反射的に頭を上げる。いつもの如く机で寝ていたようだ。何度目かもわからないが、身体が痛むのには中々慣れない。

いや、そんな事より。さっきの音は一体なんだ?ぎしりと痛む身体を解すより先に、セラは音のした方に視線を向けた。

「ちょ、ちょっと貴方!一体何してるの!?」

直後に音の理由を理解した彼女は、驚きの余りつい怒鳴り気味の声を出した。それが怖かったのか、床に伏せたままでいる音の元凶がびくりと肩を揺らす。彼の反応を見てまずいと気付き、セラは思わず口元に手をやった。

「ごめんなさい、大声出して。で、どうしてベッドから落ちてるの?」

セラは謝罪を口にしながら、動けない様子の青年を起こすべく腕に触れた。と同時に驚く。熱い。この熱でよくベッドから移動した——否、動こうとしたものだ。その真意を測りかねたセラは、青年の身体を起こして顔を覗き込む。そしてすぐ、その理由を理解した。

発熱によるものとは異なる酷い冷や汗。高熱にも関わらず真っ青を通り越して白い顔。何かを押さえつけるように口元に当てられた手——。嘔吐の兆候だ。

セラはすぐ調理場へと向かい、大きめのボウルを手に戻ってきた。食材に直接触れるものへ吐かせることに抵抗はあるが、彼女の家は訳あって風呂場が少し遠い。風呂桶を持って来る間耐えさせるのは酷と言うものだろう。

抵抗があるのは青年も同じだったようで、彼は戻すべきか否かを暫し逡巡していた。しかし、元より限界が近かったのだろう。彼は躊躇いつつも包帯の巻かれた手でボウルにしがみつき、胃液をその中に吐き出した。

昨日夜に僅かな卵粥を食べただけだった為、彼の胃が空っぽだったのは不幸中の幸いだった。食べ物が入っていたらもっと苦しむ羽目になっただろう。嘔吐に合わせて脈打つ背中を宥める様にさすりつつ、セラは思う。

吐き出すのは胃液だけだったが、吐き気自体は上手く治まらなかったようで、青年は一分近く嘔吐いていた。その後は結局どうあってもそれ以上何も出せないとわかったのか、青年はボウルを放しくたりとセラに凭れかかった。痩せて少し骨の浮いた手が、縋るようにセラの腕を握っている。

「大丈夫?まだ気持ち悪い?」

セラが問いかけるが青年はそれには答えず、無言のまま涙をポロポロと零していた。余程苦しく、屈辱的な思いをしたのだろう。浅く早い呼吸を繰り返し、時折小さく吃逆を上げている。数秒して、ふらふらと潤んだエメラルドをセラに向けた。焦点があっていない。恐らく正気でもない。

「ごめ、なさ・・・ボクの、せいで・・・」

「?別に、そんな気にする事ないわよ。病人なんだから」

嘔吐した事に対する謝罪と思ったセラは、自分の考えをそのまま口にして彼を擁護した。しかし伝わったのか伝わっていないのか、青年は力なく首を横に振る。

「いつも、そう・・・ボクがいる、から、皆・・・ボク、なんて」

最後の言葉は、声にはなっていなかった。それ以上を口にするよりも先に、青年の身体が脱力する。セラは青年の身体を抱き留め、首筋に手を当てる。汗で湿ったそこにある動脈が早く蠢いているのが、皮膚越しにも伝わってきていた。あまり状態が良くないのは明白。

ここに連れて来た時と同様、四苦八苦しながら青年をベッドに戻す。身体は相当痛んだだろうが、余程体力が無いのか青年は目覚めない。蒲団をかけ直し、青年の顔を見下ろす。瞬間、先程の彼の言葉を思い出し、セラは苛立った様子で拳を握った。

「いない方がいいなんて、誰が何の権利で決めたのよ」


ーーーーーーーーーー


カツカツ、とブーツが苛立たし気に地面を蹴る音が、ホール中に響いた。常はそこそこ騒がしいこの場所では、誰かが盛大に足音を立てた所でこうはならない。だが今回は違った。

ホールが異様に静かになっていたのだ。その足音の主が、普段もの静かでこのような態度を取る事が滅多になく、しかし今最上級に苛立っているその様子に、その場のほぼ全員が面食らっていた為であった。動じていないのは、彼女が一直線に向かっている対象もといロジャーだけであった。

「よお。珍しく虫の居所が悪いんだな」

「ほっといて。それより、依頼を受けたいんだけど。希少薬草が報酬か、場所と種類がわかってる採取かで」

セラの言葉に、今度こそロジャーは面食らった。そこそこ付き合いのある彼は、機嫌が悪い時の彼女は何度か見た事があった。だが、普段金さえ入れば選り好みしない彼女が、依頼の内容を指定してくるのは初めて。その事に驚いていたのだ。

「緊急か?」

「早めがいいのはそうね」

「了解。目星は?」

この短い問答で粗方把握したらしいロジャーが、薬草関連の依頼を引っ張り出しつつ問う。付き合いが長いお陰で、ロジャーはセラの行動パターンを大方把握している。だからこそ、もしも研究資料なら群生地を自分で割り出して探しに行く筈だと知っていた。セラが幾つか種類を指定すると、ロジャーはそれに該当する依頼を数枚引き抜いてセラに提示した。

「俺的オススメはコレ。依頼者が大手薬草取引所で——」

「それここの名声狙いでしょ。確かに言ったの幾つかあるけど、心許ないから無し」

「ちぇ、バレたか。んまあいいけどよ。こっちはどうだ?」

冗談半分本気半分の商談を軽く蹴られてしまったが、こうなる事もロジャーは想定済み。それを引っ込めて本命の依頼をセラに差し出すと、今度は断らなかった。尤も、先にこいつを出せと彼女にはすっかり呆れられてしまっていたが。受注手続きを済ませたのを見計らって、ロジャーがついでのように問いかけた。

「ミスティ連れてくだろ?」

「ええ。依頼入ってた?」

「いんや、今日はフリー。下で酒飲んでる」

それだけ聞くと、セラは軽く礼をして地下へと向かった。

ギルドの地下又は近所にバーかカジノがあるのは、この世界では定石である。冒険者の趣味は非常に単調。飲酒か、ギャンブルか、風俗通いか。何せ力自慢で脳筋の男が集まる職だ。研究を趣味にしているセラなどは最早希少種である。

女性のミスティも例外ではない。女性好きを大っぴらにしたがらない彼女は風俗通いこそしないが、綺麗な女の子を片っ端から誘っては飲み明かし、ポーカーに励んでいる。一度セラが興味本位で計算した結果、報酬金の大半が酒に消えている事が分かった時は呆れよりも心配が勝った程だ。そんな心配など余所に、彼女は昼間から酒を呷ってピンピンしている訳だが。

彼女のような者が昼間からバカ騒ぎをしているそこは、酒と汗の臭いが常に充満している。セラも酒を飲める年齢ではあるし酒の味も嫌いではなかったが、この空間にはどうにも慣れそうになかった。それでも、信頼のおける相棒を呼ぶにはここに来るしかない。

「ミスティ。仕事よ」

「お!おっけーすぐ行く!んじゃあおじさん、支払い宜しくネ♡」

セラによって唐突に酒場から引きずり出される事にも、ミスティはとっくの昔に慣れていた。傍らで伏せている巨漢に余裕たっぷりの表情でそう言って、ミスティは席を立つ。彼等が座っていたテーブルとその周りには、数え切れない程の酒瓶が並んでいた。今日も飲み比べをしたのだろう。

「アンタに挑むなんて無謀な事する奴、まだいたのね」

「ノンノン!そういう言い方は失礼だよセラ!挑戦者って言ってあげなきゃ!」

「言ってる事変わんないわよ全く・・・」

大の男一人が潰れる以上の酒を飲んでも尚、ミスティは普段と全く同じ様子でいた。彼女の異常な肝臓の強さにももう慣れ切ってしまったセラは、今日は47で記録更新と淡々と脳内に記録していた。ミスティ本人は数えていなかったが、あの場にあった瓶の内三分の二は飲んでいた計算だ。怖い。

「んで、今日の依頼は?アタシが呼ばれたって事は討伐?」

「ええ。依頼者はモニカ・リパラーレ。商人。ヘイトリッド領まで出稼ぎに来たけど、帰り道に強力な魔物が居座って通れなくなったみたい」

「んえ?それって護衛依頼じゃないの?」

「護衛はいるみたいなのよ。でも相手が強いんですって」

へえ、とミスティは気の抜けたような返事をする。それを聞いても危機意識は薄いままのようだ。

それもその筈。あまり知られてはいないが、この二人はヘイトリッドのギルドの中では最強格なのだ。後衛に向かう攻撃を完璧にいなしつつ敵を攪乱するミスティに、高度な魔法を練り上げ前衛をサポートし敵を一掃するセラ。その上僅か二年弱でコンビネーションを完璧に練り上げられる程、二人は相性が良い。これらが隠れた最強コンビの所以である。

因みに無名なのは、二人が共にランク上げに無頓着だったからだ。セラもミスティも名声欲が無く、実力をひけらかしたいとも思っていない。その為、所属して間もなく下から三番目のDランクに上げて以降、その位が丁度いいとしてその地位に居座っている。

尚ロジャーはその事を知っていて、偶に通常彼女達のランクでは受けられない依頼を秘密裏に押し付けている。今回のランクもB-と本来なら非推奨——どころか法律スレスレの危険行為であるが、ヘイトリッドの最高ランクはBである為、回している余裕が無かったのだろう。——それか。

「依頼者ってさ、女の子?」

「そうだと思うわよ。名前で判断した訳じゃないけど、数日前に出された依頼今日まで取っといてたし」

「やっぱり?アイツ、女の子に紳士的じゃないもんねぇ。実力はそこそこなんだけどなあ」

表面上ヘイトリッド一番の実力者である唯一のBランクを貶しつつ、二人は依頼者が滞在している場所へと向かった。彼女が出稼ぎに来ていたのは、路地裏にひっそりと佇む老舗の商店であった。こんな所人は来るのか、とミスティは怪しむが、こうした所を頻繁に漁りレア薬草を探すセラは、いい所に目を付けたわねとまだ見ぬ依頼人に感心していた。

扉を叩くと、中から老人が一人出てきた。老人は既に話を聞いていたらしく、素性を尋ねるまでも無く二人をにこやかに迎え入れる。店の中は外装同様古ぼけていたが埃っぽさは無く、寧ろ綺麗に整頓されすっきりした印象であった。廃墟のようなものを連想していたミスティは面食らう。

「それで、依頼人は」

「ええ、今お呼びします。モニカちゃん。ギルドの方々が来てくださったよ。出でおいで」

老人が奥の扉に向けて声をかけた。80は超えているよぼよぼのおじいさんだが、店舗経営者である為か以外にも張った声だった。数秒の沈黙の後、扉がほんの数センチ開かれる。ほんの僅かに、茶髪の癖毛が覗いた。

「・・・て」

バタン、と扉が閉まる。再び数秒の静寂が流れた。ミスティが「え、今なんて?」という顔でセラを見た。セラはこっち見んなという視線で返し、先程の感心を撤回する。あれは、人見知り拗らせてたからここ選んだだけだ。間違いない。というか、結局何を言ったんだあれは。

「すみませんねえ。あの子結構な恥ずかしがり屋で。辛うじて挨拶はできるんですが」

「え、あれが?したらあれ、もしかして「はじめまして」だった?」

老人がこくりと頷く。まじか、とミスティがちょっと引いたような表情をした。何で聞こえたんだ、と思ったようだ。どちらかと言えば慣れでわかっただけだろう、とセラは内心冷静に突っ込む。

十秒と少し経ち、再び扉が開いた。子供の背丈程はある巨大なリュックを背負った先程の少女が、恐る恐るといった様子で姿を現す。先程は扉越しとはいえ晒していた顔も髪も、大きめのフードに覆い隠してしまっている。本当に他者と目線を合わせるのが苦手なのだろう。

「よろしく・・・」

モニカは聞くのすら困難な消え入りそうな声で挨拶しつつ、手を差し出してきた。握手をしようというある程度の礼儀は持ち合わせているのだろう。人見知りだろうが商売人魂はある。それを認識したセラは微笑みを浮かべて握手に応じた。

「それで、元々いた護衛は?」

「・・・いない。今は。ケガしてる。病院」

「通達来てると思うけど、私達がするのは魔物の討伐までよ。貴方を守る方に集中できるかわからないから、本来の護衛が来ないと出発できない」

「・・・それは」

セラの言葉に、モニカは申し訳なさそうに目を伏せた。恐らく時間や集合の必要がある事は伝えたのだろうが、雇われている側である筈の護衛を制御しきれなかったのだろう。性格上難しい事を責めたい訳ではなかったセラとしては、彼女のそれは不本意な反応。それを、ミスティは知っている。

「謝らなくて大丈夫ヨ。もうすぐ来る」

予言めいたその言葉に、モニカが不思議そうに首を傾げた次の瞬間。バン、と店の扉が乱暴に開けられた。モニカが盛大に肩を弾ませ、セラが不快感を露わにそちらを見る。そこには、如何にも柄の悪そうな巨漢の傭兵がいた。その腕はギプスで固定されており、頭には包帯も巻いている。まだそれなりに痛むようで、機嫌もかなり悪そうだ。

「あぁ?何だ依頼人、俺の代打に女なんぞ呼んだのかよ」

「だ、代理じゃない・・・」

「しかもDランクじゃねえか!Cの俺より格下だぞ!か・く・し・た!わかるか?」

冗談とも本気とも取れる軽い口調で、男は依頼者である筈のモニカを嘲笑った。侮辱されているのが明らかなそれはミスティならキレる案件——実際もうキレそうになっている——だが、モニカは気の弱さのせいで上手く言い返せない。涙目で唇を噛み、下を向く。

「ごめ、なさい。でも、この人たち・・・」

「あ?声が小さくて聞こえねえよ!ったく、軟弱な上に頭も弱いとか、ほんと終わってんな」

本人にとっては相当な勇気を振り絞ったであろう小さな反論も、男の下品な大声によって容易に打ち消されてしまった。あまりにも失礼極まる言動にミスティも本気でキレそうになるが、寸での所で堪えた。何せ、ここにはセラがいるのだ。口喧嘩、というか議論ならこんな頭の悪い奴如きにまず負けないセラが。

「頭が弱いのはあんたの方でしょ?」

「ああ!?Dランク女が俺に盾突く気か!?」

「私達がDランク女っていう所に間違いも嘘も無いから文句は言わない。でも格下じゃないわ。少なくとも、私達はあんたより強い」

「んだとォ!?」

セラが仕掛けた挑発を真に受け、男は憤慨した。そういう所が小物なのだ、とセラは内心で皮肉りつつ、理詰めを続ける。

「そもそも、何で私達がここに呼ばれたと思う?本当ならあんたがこの依頼人を守って無事に帰す所を、あんたがヘマして引き返させたからでしょ」

「なっ・・・」

「それに、派遣する冒険者は指名されない限りギルド長が選ぶの。正確には依頼するか否かの最終決定権はギルド長にある。常識でしょ?つまり、私達が本当に弱いとしても無能なのは依頼者ではなくギルド長。ま、大した事ないだろうと思ってあんたみたいなのを派遣したのは、普通にあいつの失敗だけど。・・・まさかあんた、冒険者の癖にそんな事も知らない訳?」

最後の台詞はわざとつけた。男を容赦なくコケにし始めたセラの態度に、先程とは違う意味で爆発寸前だったミスティは、その台詞によってとうとう吹き出してしまった。モニカは暫し呆けていたものの、数秒もすると意味が理解できたようだ。感謝するべきか怯えるべきかがわからず、助けを求める様に老人の方を見ている。解っているのか否か、老人はニコニコ笑っているだけだ。

「それに、彼女は私達の実力わかってるみたいよ?あんた、ほんと見る目が無いわね」

「てめえっ!さっきから好き勝手言わせてりゃ——」

セラの煽りにとうとう怒りが頂点に達した男は、拳を高く振り上げた。ひぃ、と怯えた声を漏らしたモニカは咄嗟に顔を覆う。——眼前の場面の、ある違和感に気付く暇も無く。

「ところで、痛くないならさっさとそれ取ってくれない?そんなのついてたら仕事出来ないでしょう」

「は?何言って・・・」

大男の鉄拳に怯む様子を見せないセラの冷静な言葉に、男の動きが制止する。一瞬だけ思考が冷え——”違和感”に感づいた。セラが殴られていない事に気付いたモニカが、恐る恐る顔を上げる。そして、”それ”を声に出して指摘した。

「あ・・・腕・・・」

そう、”違和感”とは「ギプスで固定されている筈の腕が動いていた事」だった。王都の教会を頼らない限り高額になってしまう回復魔法を断った男の腕は、医者から全治一か月と言われていた。人間の自己回復能力で骨折を癒すには、少し短い日数。それでも、元の様に動かす為には確かに必要だった時間。前提条件。

だが、男の腕はそれを完全に無視しているのにも関わらず、殆ど問題なく動かせていた。それはセラが回復魔法で癒したからに他ならないが、ミスティを除く全員が回復魔法を発動している事に気付いていなかった。

男はあまり頭のいい方ではなかったが、腕の不自然な治癒の元凶が彼女であるという事にはすぐ気付いた。そこから逆説的に、彼女が何らかの方法で分からない様に魔法をかけたのだという事も本能的に察知した。圧倒的な格上の気配。強者の技量。それらに裏付けられた自信。何もかもに圧倒されていた。男は沈黙した。そして二度と逆らわなかった。

「さ!人数揃ったし、作戦会議と行きましょー!」

セラが男を屈服させるのを待っていたミスティが、明るい調子で声をかけた。——今更ながら、とんでもない人達に依頼をしてしまったのかもしれない。一連の流れを呆然と眺めつつ、モニカは思った。

「依頼人。件の魔物の特徴とかわかる?」

「!う、うん。絵、描いた。・・・見る?」

「ほんと?見たい見たい!」

セラの問いに、モニカは背中の鞄からスケッチブックを取り出した。だが開こうとして、動きを止める。圧倒されるあまり咄嗟に出そうとしたが、見られる事に少々抵抗があるらしい。だがミスティは興味津々だ。その勢いに押され、モニカはスケッチブックを開いた。

そこに描かれていたのは、角の生えた巨大な兎であった。鉛筆だけで描写されているそれは迫力満点で、恐らく短時間で描いたのであろうがそうと分からない程に美しい。加えて近くに男を配置し、大きさや遠近感を演出している。売りに出せばそこそこの値がつく代物だろう。

だが、それを見ている二人はその出来の良さに感動してはいなかった。正確には、それよりも注目しなければいけない事があった。モニカがあまりにも正確な描写を行った事で、彼女達はある事実に感づいたのである。

「ねえセラ。これってサ」

「ええ。これは・・・変異種ね」






人見知り(Shy)商人(merchant)

おまけスキットその3 「モニカの観察眼」


モニカ「あ、あの・・・。セラってA?それとも・・・」

セラ「強さ的にはSくらいだと思うわ。S+級のベヒーモス、ミスティと二人で倒したし」

ミスティ「あーあったねぇそんな事。大っぴらにしなかったから皆知らないけど」

セラ「にしても、よくわかるわね。貴方自身は戦士じゃないし、魔法にも詳しくなさそうなのに」

モニカ「装備と道具・・・自作でしょ」

セラ「そうね、杖も服も私が作ってるわ。ミスティのもね」

ミスティ「セラってば、人に合わせて作るの得意だもんね!その辺のちゃちい職人よりずっといいの作ってくれるのヨ!」

モニカ「道具を見れば・・・作った人の事も、わかる。商人だし・・・」

セラ「商人だからって・・・。並みの商人じゃあ、そこまでは出来ないわよ。普通」

ミスティ「ねー!モニカちゃん、恥ずかしがりだけど凄い商人さんじゃん!見る目めっちゃあるし!」

モニカ「・・・!あ、ありが、とう・・・」

ミスティ「ひゃあーっ!あがり症の女の子の照れ顔、可愛すぎかーっ!ねえねえセラ!この子」

セラ「今から家に帰らせるんだけど?持ち帰り禁止。当然でしょ」

ミスティ「そんにゃあー!」

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