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プロジェクト・P1

西光町三丁目緑ビル銃乱射事件

作者: 最勝寺蔵人

クルクルと回転しながら、キラキラと日の光を反射させる銀色のコイン。それが横から素早く払われた手に掴み取られる。その手は、その流れのまま、拳の甲に重ねられた。

「じゃあ、次は……裏!」

声を掛けたのは、上げた前髪が緩く瘤状にまとめられた髪型をしたスーツ姿の若者。その隣にいる、コインを掴み、自らの拳に重ねたもう一人の男もスーツ姿だったが、社会人としては異質な大きなサングラスを掛けていた。

「いや、表だな」

そう言ってから、被せていた手をどけると、拳の甲にはペンギンが片手を上げている模様が彫られているオモチャのコインがあった。

「うわっ! 正解ッス。これで、五回連続ですよ! アニキ、スゴいッスね」

「言ったろ。俺には見えているんだよ」

二人がいるのは、中華料理店「天華てんか」の前。昼間の休憩時刻から少し遅めになっていたが、人気店なので未だ待たなくてはならなかった。しかし、行列はほぼ解消されており、外で待っているのはこの二人だけだった。

「五回連続って、確率で言えばスゴいですよ! 2の5乗ですからね」

「つまり、……十分の一か?」

「いや、それだったら2×(かける)5ですよ。5乗ってのは、同じ数字をそれだけ掛けるって事ですから、2×(かける)×(かける)×(かける)……って続けて、えーと具体的には、4×(かける)8だから、32分の1ですね」

「つまり、3パーセント。……昔の消費税か。……結構大きいな。もうイッチョやってみるか」

そう言うとサングラスの男は、親指でコインを弾いた。天高く跳ね、クルクルと回る銀色のコイン。



クルクルと回る数字の書かれた三連ドラム。電子表示のドラムの両端が数字の2で止まると、中央のドラムは上から落ちてくるように現れた紙袋に隠される。

「よし! ミョン太リーチ来たぁ!」

パチンコ台の前に座っているワイシャツ姿の男が、拳を握り締めた。

「来い、ミョン太! 出て来い!!」

男の呼び掛けに応じるように、紙袋が左右に震えると、中心に縦方向へヒビが入る。そして、その裂け目から兎のキャラクターが顔を出す。

「出たぁ! やったぁ!!」

ほどなく、パチンコ台から出玉がバラバラとあふれ出す。すぐに受けていたケースが一杯に成り、パチンコ台の前の男は慣れた手つきで、脇に用意していた空ケースへと切り替える。

「当たったら、逆に空しくないですか?」

そう呼び掛けたのは同室の男。ソファに腰かけて、スマートフォンをいじっていた。目の前にあるテーブル越しにはテレビが点いていたが、そちらは観ていない。

そこは、決してパチンコ店ではなかった。小規模な事務所だ。低いテーブルを囲むソファ、という構成の応接セット。その奥にパソコンモニターの置いてある事務机というありきたりな事務所風景とは別に、部屋の隅に置かれているのがパチンコ台だった。出玉の管理は自分でリサイクルするだけで、損得は発生しない。

「うるせえな。この雰囲気がいいんだよ」

実際、パチンコ台は、個人で所有するのには値が張る代物だが、所有している人はいないわけでもない。とはいえ、珍しい存在と言えるその男は、パチンコ台から目を離さず、反論を続ける。

「それに、本物に行くと、いざという時の連絡は受けられないから仕方ないだろ。そういうお前の方も、スマホの中の世界で遊んでいるだけじゃねえか」

「いやいや、これはゲームですから。ゲームって、もうけじゃなく、もとより楽しむだけでしょ。でも、パチンコって――」

「だったら、俺もゲームしているんだよ」

このセリフで話は決着がついた。が、遅れて、この部屋にいるもう一人の男、ワイシャツ姿の二人とは違い、縦縞のカジュアルシャツを着た丸刈りの男が、ソファに座ってぼんやりとテレビを見たまま言う。

「結局、人生って空しいもんですからねえ」

ワイシャツの男たちは目を合わせた。「そこまで言ってねえよ」と言いたげに、首を左右に振る。が、反論せず、そのまま流した。坊主頭の男の言動はいつもこんな感じだったからだ。

「そういや、今日使ったスマホ。ちゃんと電源切ってあるんだろうな」

「もちろんッス。あ、でも、箱には入れてなかったや」

スマートフォンをイジっていた男は、持っていたスマートフォンをテーブルの上に置くと、立ち上がり部屋の隅へと向かう。その途中で、尻のポケットからもう一つのスマートフォンを取り出す。向かっている先にはファイルキャビネットがあり、その上に上面の開いた収納箱が置かれていた。その中には、既に五つほどのスマートフォンが入っていた。

「ちっ。また新しいヤツを手に入れないとな。紐付きばっかり増えてもな」

パチンコ台の前にいる男が振り返って毒づいた。

彼らは振り込め詐欺を行っているグループだった。大きな犯罪組織の下部集団だったが、ノウハウと一部の資材の提供を受けるだけで、ほとんど独立した関係だった。もちろん、上納金は支払わなくてはいけなかった。リスクも現場に降りかかってくる。

それを軽減するため、ここを仕切っている、パチンコをしていたリーダーは、多層化で直接の被害を避けようと工夫していた。

一つ目の工夫が、二つの事務所だ。振り込め詐欺の仕掛けとなる電話送信は、ここより大きな別の事務所で実行させていた。「割の良いアルバイト」として集めた若者に片っ端から掛けさせている。もう一つの工夫は、スマホの階層化だ。上部組織から安全(・・)なスマホを購入し、まず本部が使う。詐欺行為はほとんどが電話を切れる最初の段階で失敗する。うまく乗せてお金を引き出させても、そこで止められる事も多い。受子うけこを送れるようになったら一山越えた感じだが、待ち伏せという最大の危機のポイントでもある。そこで、受子が捕らえられたら、言わば前線基地である電話送信拠点を閉鎖する。下っ端からの連絡先にと教えていた幹部の使うスマホは、もう番号を知られているので通常使用は取りやめる。しかしそのまま廃棄はいき勿体もったいないので、釣り糸に引っかかった獲物えものとのやりとりで下っ端が使用するのに転用する。

それが、先ほど分けたスマホだった。今日、うまく引っかかったはずの獲物へ一人向かわせたが、そのまま長い間外に出て来なかったのだ。こちらからの呼び掛けに「未だ掛かります」と答えたきり、以後の呼び掛けには返事がない。

単なる待ち伏せにったと考えるには不自然だったが、うまく進んでいるとも思えなかった。だから、リーダーは監視に出していた幹部を呼び戻したのだ。

元より約束の遵守じゅんしゅ忠誠心ちゅうせいしん期待きたいできない連中しかやとっていなかった。だから、獲物から大金を受け取った後、そのまま姿をくらませる危険は高かった。そこで、比較的信頼のできる直属の二人の部下に監視させていた。その二人が、今この本拠点に居る者だった。

これが、末端に火が点いてもその炎が直接自分たちに届かないようにしている仕組みだった。その維持いじには金が余計に掛かるが、保険のようなものだ、とリーダーは考えていた。一方で、出費は大きいが、当たった時の実入りは大きい。これはパチンコに似ていた。だから、リーダーはパチンコも好きだった。

自分の仕組みに自信を持ち、これまで尻尾をつかまれなかった実積は、リーダーに自身の気付かぬ慢心まんしんを生ませていた。単なる雑魚ざことしてしか認識にんしきしておらず、危険がせまった時には切り捨てるだけのバイトの一人が、幹部を見事に追跡し、この本拠点の場所が知られていたなど全く考えの中になかった。だから、仲間がそろっているのに、出入り口のとびらがノックされた時には部屋の中の者全てが驚いた。

「警察だ。話がある」

動揺が収まる前にさらなる大波ビッグウェーブが室内の三人を襲った。お互いに顔を見合わせるが、どこにも答えは浮かんでいない。そこで一拍停止した後、リーダーは、立てた人差し指を自身の唇に当てた。他の二人は頷いたが、丸刈り頭の方はさらにリモコンを操作してテレビの電源を切る。

「……おい、今更居留守は使えねえぞ。テレビを消すのは『誰も居ません』と答えるのと同じだからな」

ハッとする丸刈り頭の男。考えればわかるはずだったが、それくらい慌てていたのだ。仕方なくリーダーが答える。

「何の用だ?」

「さっきも言ったが聞きたい事がある。電話で、ここが振り込め詐欺さぎ拠点きょてんだ、とタレコミがあってな」

またギョッとする三人。スマートフォンをいじっていた男は、キャビネットに駆け寄るとそこに隠していた拳銃けんじゅうを取り出す。すぐにリーダーが手振りで落ち着くよう示し、扉へと声を掛ける。

「何かの間違いでしょう」

リーダーの答えに、扉の向こうからすぐに返事が来る。

「間違いかどうかを調べに来たんだ。開けてくれ」

またガンガンと叩かれる扉。

「それとも、開けたくないのはやましい事があるからか?」

リーダーは舌打ちをすると、マズい物がないかと部屋を見回す。真っ先に目についたのは拳銃だ。それについて手振りで指示すると、手下は腰のベルトに挟むように隠した。自身は、デスクの席へと座り、引き出しを開けて、自分用の拳銃があるのを確認する。椅子に座ったままもう一度見回すと、スマートフォンを貯めたかごが目に着いた。とっさに隠せる布切れは近くになかった。しかし、積み上げられたスマートフォンは不自然ではあるが、直ちに法律違反になる物ではない。リーダーは確認できると、ガンガンとなおも急かしてくる扉を開けるよう、丸刈り頭の男へあごで指示する。

扉が開くと、そこに立っていたのは大きなレンズのサングラスを掛けた背広の男。手には広げた手帳を掲げていた。その後ろに、サングラスの男より背の低い若い男がおり、同じように手帳を掲げていた。

「警察だ。入って良いか?」

サングラスの男は、相手が確認したかどうかを気にせず、手帳を背広のポケットにしまうと、扉を開けた丸刈り頭の男に聞いた。その男が部屋の奥にいるリーダーを見ると、サングラスの男もそちらへ目を向ける。

「ダメだ。入りたければ捜査令状を見せろ」

リーダーの発言に、サングラスの男は肩をすくめる。

「そんな物、持っちゃいねえよ。それとも、その手続きを進められるよう、署まで同行してもらおうか?」

それは全く強制力のない呼び掛けだった。しかし、リーダーには、入室を許可するか、さもなければ警察署に連れて行かれる、二択に聞こえた。直後に「任意同行にんいどうこう」という言葉を思い出し、任意にんいでない、すなわち意にそぐわなければ同行しなくて良い、と思い浮かんだが、それがかなり建前たてまえであることを、彼は知っていた。彼自身、任意同行をめぐるやりとりをり広げた経験はなかったが、周囲にはそう声を掛けられた者が多数いた。そいつらの話によると、拒否きょひしても警察官の食い下がりがはげしく、時間と神経をすり減らされるらしい。

警察にここへ踏み込まれるのは予想外だったが、備えがなかったわけでもなかった。徹底的に家捜やさがしされるならともかく、ざっと見られてヤバい物は配置していないよう気を付けていたからだ。

「わかったよ。ただし、中の物には勝手にさわるな」

そう譲歩じょうほしてしまった理由のいくらかは、動揺どうようからくる判断力の低下の結果でもあった。

サングラスの男が中にふらりと入ってくる。のんびりと周りを見回すその男と違い、後から続こうとした若い男は厳しい目つきで問題を探そうとしていた。リーダーはそちらの方が気になり、丸刈り頭の男へ若い男を阻止するよう指示をする。直ちに若い男の前に腕が差し入れられ、入室の不許可が伝えられる。若い男は不満そうな顔をしたが、振り返ったサングラスの男が手を振ると、何も言わずに立ち止まった。そして、またリーダーへと向くと、変わらずのゆったりとした口調で聞く。

だい大人おとなが三人、こんなとこで何をしているんだ?」

「仕事に決まっているだろ」

「仕事ねぇ……」サングラスの男は部屋を見回しながら、一人一人の上で一旦視線を止める。「アンタやそいつはわかるが、坊主頭の君はビジネスマンって感じじゃねえな」

指摘され、丸刈り頭の男は顔をしかめたが、リーダーに回答を任せて黙り込んだ。しかし、サングラスの男は答えなど待たずに話し続ける。

「仕事場としてはもっと変だな。仕事をしてそうなのはアンタだけで、格好は合格の君はどこで仕事をしているんだ? そこに座ってテレビ鑑賞か?」

拳銃を隠し持っている男は、ソファの後ろに立ち、両手を背もたれに突いて前屈みになっていた。こちらは丸刈り頭の男と違い、話の流れも予想できたことから、表情に余裕があった。しかし、こちらも回答はリーダーに任せている。

「ウェブコンテンツを作成しているんだよ。そいつは普段リモートで仕事しているが、会議があるから呼んだ。そっちは使いっ走りだ」

もちろん実態を話していないが、部屋を借りる手続き上はそうなっていた。使いっ走りについては実態どおりだ。

「見せてもらっていいか」

事務机にサングラスの男が近づいてくる。

「いや、企業秘密だ」

言いながら、リーダーはモニターの電源を消す。のぞかれれば、ニュースサイトが表示されているだけなのがバレてしまう。サングラスの男はそれ以上追求せず、一旦足を止めた。

「こっちは、パチンコか。これも仕事に関係あるのが?」

部屋の隅にあるパチンコ台は当然目立つ。サングラスの男がそちらへ足を向ける。

「ああ、エンタメの資料だ」

部下がニヤリと笑いそうな顔になるのをにらみつけ、リーダーはしれっと嘘をついた。意外にも、サングラスの男がパチンコ台に食いつく。

「お、『ミョリリン甲子園』じゃねえか! 俺も学生時代良くやったぜ。今は、3とか4になるのか?」

「数字が幾つかは知らないが、それは『ミョリリン甲子園~~フルオープン~~』ってヤツだ」

「へえ、フルオープンって事は……全裸か」

今度はリーダーが笑いそうになる。「そんなわけねえだろ」と頭の中で言ってから、ふとある場面を思い出して、考え直す。メインキャラクターの妖精の少年ミョリンがたくさん現れて、色んな服装で走り回る演出があったが、その中に確かに裸のミョリンくんもいたからだ。デフォルメキャラクターなので、今まで裸だとは強く意識していなかった。

「奥はどうなっている?」

サングラスの男がさらに進もうとして、先にワイシャツ姿の部下がそちらへ行く。簡易キッチンがある狭い場所だが、荷物ロッカーも置いていた。その中の所持品を検査されたくなかったからだ。

「もういいだろう」

奥の部屋への扉のない入口に立つと、境となる壁に手を着き、暗に通さない態度を示す。

「確かに、もういい(・・・・)な」

サングラスの男はやれやれと言いたげに両手を肩の高さへ上げてから、すぐにそれを両腰に当てる。

「銃の不法所持の現行犯だ」

ハッとした顔になる通せんぼの男に、サングラスの男はさらに付け加える。

「ケツに差した拳銃、シャツを被せて隠すつもりはなかったのか?」

呆れられた物言いに、通せんぼの男は慌てて自分の後ろ腰に手をやり、言われたとおり拳銃の銃把じゅうはが外に見えていると気付いた。通せんぼをしようと動いた時に、短い間だが背中を向けていたのだ。

「チクショウめ!」

ヤケになって、通せんぼの男は銃を抜くと、両手でそれを持ち、サングラスの男に向けた。しかし、サングラスの男は慌てず、肩をすくめて、机の方へと振り向く。

「バカな手下を持つと大変だろ? まだ『モデルガンだ』とか幾らでもごまかしようがあるのに、これだからな」

声を掛けられたリーダーは困惑していた。確かに、手下の暴走に驚き、「やっちまったか」と心の中で舌打ちをしたが、まさかそれについて同情を向けられると思っていなかったからだ。答えられずにいると、サングラスの男は小さく首を左右に振る。

「まあ、それでも俺の目はごまかされないが」

そして、すらすらと銃の型式を言う。あいにく、リーダーも銃を抜いた男も、製品名しか知らず型式は知らなかったので、当たっているかはわからなかった。ただ、今更取りつくろっても手遅れだとはわかった。

「クソっ!」

今度はリーダーが引き出しを開け、拳銃を取り出すと手早く安全装置を外し、それをサングラスの男へと向けた。

「おっと」

サングラスの男はまだ怯えた様子はなかったが、それでも両手を挙げた。最初に拳銃を抜いた男は気付いていなかったが、彼の銃は安全装置が外されていなかった。その差の対応の差だった。

「で、どうするんだ?」

サングラスの男に聞かれて、リーダーは今後について考えていなかったことを自覚させられた。しかし、止まっていては示しが付かない。思いついたことを口にする。

「おい、ホンゴー。そいつらの銃を奪え!」

丸刈りの男が頷くより前に、サングラスの男は挙げている片手を人差し指だけ立てる形に変える。

「チョイ待ち。それは良くないぞ。まず、俺たちは銃を持っていない。アメリカ映画じゃねえんだ。刑事デカがみんな銃を持ち歩いているわけじゃねえ」

後ろで、サングラスの男と同時に両手を挙げていた若い男が付け足す。

「拳銃の所持は、許可としてはありますが、色々手続きが面倒なんですよ」

この落ち着いた発言からもわかるとおり、若い男にも怯えはなかった。

「それともう一つ。俺たちに近づくと、そいつを捕らえて人質にするぞ」

これに一番に反応したのは丸刈りの男だった。ビクリと体をふるわせると、若い刑事へ伸ばしかけていた手を引っ込める。そして、リーダーにどうすべきか指示をあおぐように見る。若い刑事は先輩の意見に同意するように、ウンウンとうなずいていた。

ハッタリかもしれねえ。リーダーはそう思ったが、気持ち悪かった。敢えて試す価値もないと考えると、丸刈りの男へ下がるようにあごで示し、銃を持っていない方の手で、刑事たちも下がるように追い払う。

「ほいほい、では出て行けばいいんだな」

サングラスの男は両手を挙げたまま、背を向けると出入口へと進む。出入口に近い若い刑事は先に出た。

刑事たちが離れていくと、リーダーは胸の内に生じる安堵感あんどかんから、彼らの存在がいかにストレスになっていたかを思い知る。が、サングラスの男は入口で立ち止まると、振り返った。

「けどよ、俺たちを出したところで、お前らがもう追い詰められている事実は変わらねえぜ。俺たちは廊下ろうかでお前たちが出てくるのを待つし、そこをなんとか逃げたとしても、全国に指名手配になりゃあ逃げ場はない。悪いことは言わねえ。とっとと投降しろ」

「貴様っ!」

カッとして最初に銃を抜いた男が引き金を引いたが、果たせず、ようやく安全装置の存在に気付き、モタつきながら解除し始める。

「おうおう、気を付けな。発砲すれば、罪は重くなるぞ」

「傷害あるいは殺人未遂容疑です」

先に部屋を出た若い刑事の声が廊下ろうかから聞こえた。

「だ、だったら、逃走用の車を用意しろ!」

リーダーが新たな要求を思いついた。

「だから、逃げ場はないって言ったろ? それに、なんだそりゃ? 逃走用の車って、人質事件かよ」

その問いかけは、相手を冷静にするどころか拍車を掛ける。

「ああ、そうだ。お前たちは人質だ。動くと体に風穴が空くぜ!」

サングラスの男は、片手で自分のおでこをピシャリと叩いた。

「こりゃ参った。俺が人質かよ。課長に怒られちまうぜ。って言うか、俺で良かったのか? 若くて美人の婦警さんとかの方が人質に向いてねえか?」

「アニキ、それ、セクハラですよ」

廊下ろうかからまた指摘が飛ぶ。相変わらず刑事たちに緊張感はない。

しかし、サングラスの男の指摘はリーダーにとって同意できるものだった。人質にするなら、サングラスの男は不気味だ。

「いや、お前じゃねえ。外に出たヤツを呼べ」

すると、サングラスの男は両腕を広げる。声は突然真剣味が増した。

「それはできねえな。ああ見えてアイツは俺の可愛い後輩だ。一人だけ危険な目にはわせられねえ」

サングラス越しにもギラリとにらまれた威圧感を感じて、リーダーはゴクリと唾を呑んだ。しばらくにらみ合う二人。沈黙の後、先に口を開いたのは、サングラスの男だった。

「とはいえ、このまま見つめ合っていても話が進まんな。だるまさんが転んだ、でもあるまいし。よし、こうしよう。俺が今からコインを投げる。それが表か裏か当てられたら、この場は見逃してやるよ」

突然の提案に、リーダーが答えられないでいるとサングラスの男は、ゆっくりとジャケットの外ポケットに手を入れる。急な動きで銃を取り出すつもりではない、という事なのだろうが、そもそもリーダーはその話に乗ったとは言っていない。何かのわなか、それともバカなのか、リーダーが迷っている間に、サングラスの男は取り出したのがコインであると、人差し指と親指でまんで示す。コインには、片手――あるいは片翼――を挙げたペンギンのキャラクターが描かれていた。

「じゃ、行くぜ!」

了承を得られぬまま、宙へ弾き上げられるコイン。クルクル舞うそれを、室内の詐欺グループの三人は呆気あっけに取られつつも見つめる。コインが最高点に達し、進行方向を鉛直下へと変えて間もなく、横から払われた手にさらわれる。その手の主、サングラスの男はコインを取った方向へと体ごとスライドすると一言発した。

「表だ!」

サングラスの男の後ろに現れたのは、廊下の陰にいたはずの若い刑事。その手にはスタンガンが構えられていた。詐欺グループの三人が状況を理解するより早く、スタンガンの電磁ワイヤーが発射され、正面に座るリーダーのおでこをとらえる。

「がっ! ぐげげげ」

わめきともうめきとも言い難い声を上げて、リーダーは大きく仰け反ると、バランスを崩してそのまま椅子ごと後ろに倒れた。それでも、他の二人が動き出すのには、まだ数秒の時間が必要だった。

「てめえ、やりやがったな!」

銃を持った男が構えるが、発砲はしなかった。丸刈りの男が頭を低くして、サングラスの男へ突進したので、銃撃に巻き込みかねなかったからだ。

「おっと!」

この中では最も体重の大きい丸刈りの男の突進を、サングラスの男は身をひるがえしてかわした。そうしながら、軽く足を掛けており、丸刈りの男はつんのめる。そこをサングラスの男は、若い男へと突き飛ばす。

「タカ、任せたぞ」

「あいよ!」

元気よく答えた若い刑事は、既に単発式のスタンガンを放棄しており、腕を回してバランスを取り戻そうとしている丸刈りの男の片腕をつかみ取る。小柄な若い刑事は体重に大きなハンデがあるはずだったが、丸刈りの男を簡単に引き倒して押さえ込む。

「イテテテ! ギブギブ!」

関節をキメられて、床をタップする丸刈りの男。若い刑事は、揺すられながらも悠々(ゆうゆう)と腕に手錠を掛ける。

「とりあえず、公務執行妨害容疑で逮捕」

これで無事に立っているのは、拳銃を持った男のみ。この追い詰められた状況は、彼を行動的に押し進める。ついに、引き金を引いたのだ。

パン!

乾いた音が室内に響く。銃口はサングラスの男へ向けられていた。が、瞬時に半身に構え直したサングラスの男には当たっていない。

「タカ、外へ出てろ」

静かにそう告げたサングラスの男は、顔を拳銃の男から離さなかった。

「はい!」

素直に返事をして、丸刈りの男を引きずり出そうとした若い刑事だったが、丸刈りの男は後ろ手に手錠を掛けられた状態でもぞもぞ動いて抵抗する。

「こらっ! 流れ弾に当たりたくないだろ」

その呼び掛けで、むしろ自分の為の退避だったと気付いた丸刈りの男は急に協力的になった。

「くたばれ!」

頭に血が上った拳銃の男には、仲間の動きが目に入っていなかった。そもそも、仲間という意識も低い。余裕のなくなった今は、もう巻き添えなどは考えの中になかった。

パン!

次弾も、発射と同時に横へ一歩動いたサングラスの男には当たらなかった。

「くそっ、ちょこまかと……」

パン! パン! パン!

放たれる三連射。しかし、これもサングラスの男は首を傾け、少し屈んだだけで躱した(・・・)。そう、サングラスの男は、目に止まらぬ速さの弾丸を意識的にけていた。常人技では考えられない芸当に、拳銃の男は、問題があるのはこちらの方なのか、と言いたげに拳銃に目を落とし、手首を回して銃の側面を確認する。だが、目に見えておかしな点はない。

「何故当たらないか、教えてやろうか?」

サングラスの男に声を掛けられて、拳銃の男は再びそちらに目を向ける。この男は答えなかったが、不思議そうな表情を受けて、サングラスの男が説明を続ける。

「それは、そいつが狙ったところに弾が真っ直ぐ飛ぶからだ」

断言されたが、銃の男はポカンとしたままだ。理解不能なのが半分、残り半分はあきれられているのだが、サングラスの男は得意そうにニンマリする。

「今日の俺は冴えていてな。銃口からどこへ弾が飛び出すのか、見ててはっきりわかる。後は、引き金を引くタイミングだけ注意していれば、けるのは簡単だ」

やはり、銃の男は返事ができなかった。

言われた内容は、実に理論的だった。しかし、実効性は全くなかった。国民的スポーツと言われる野球で例えるなら、「ピッチャーは、全球ストライクを投げて、それがバットにかすりもしなければ、絶対に負けない」と言っているようなものだ。吟味ぎんみしなくてよい空論だった。

だから、銃の男は小さくうなずくと、心の中で納得する。「コイツはバカだ。言われた事を無視しよう」と。

しかし、銃を構え直した所で、厳然たる事実を再認識させられる。これまで何発か撃ったが、相手にかすりもしなかった事実だ。弾はちゃんと出ており、後ろの壁とそこに掛かっていたカレンダーには幾つか穴が空いていた。

「ち、ちくしょう……」

歯軋はぎしりするようにつぶやくと、銃の男はゆっくりと相手に近づく。サングラスの男は、ソファとテーブルの応接セットの向こう側にいた。直ちに跳びかかられる危険は低い。

「なるほど、考えたな。近寄ればけられる時間も少なくなる。そのとおりだ」

サングラスの男は、良い指摘だ、と言いたげに人差し指を銃の男へ向け、手首から先だけを上下に振る。

「だがな。近づくと不利になる事もあるぞ。角度が急になる事だ!」

言い終わると、サングラスの男は急に動いた。左右に小刻みなステップを踏み、同時に屈伸運動を加え、頭の位置が上下にぶれる。

「く、クソっ!」

急な動きに触発しょくはつされて、また銃の男が発砲した。動きに合わせて撃とうとするが、全く動きに付いていけず、銃弾は見当外れの方向へ飛んでいく。追い掛けても当たらないと悟った銃の男は、予測射撃に切り替えたが、その途端、サングラスの男の動きがピタリと止まった。当然、先回りしたはずの銃弾もサングラスの男へ当たらない。

「そして、打ち止め」

サングラスの男の宣言に、銃の男はビクリと肩をふるわすと、そこで初めて、銃身がスライドしたままの状態になっていることに気付く。

「くそっ!」

追い詰められると語彙ごいは貧困になる。また同じような台詞せりふを吐き、銃の男は慌てて銃を持っていない方の手を後ろポケットへ入れる。銃を手にした時に、充填リロード用のマガジンを一つ所持していたのだ。

しかし、サングラスの男は装弾をみすみす見逃さなかった。素早く駆け寄ると、銃を持った手を両手でつかみ、ひねり上げる。痛みから銃を持っていた男が銃を手放すと、サングラスの男は相手から手を離し、落ちる前に銃を見事につかみ取る。銃を奪い取る際、立ち位置を入れ替え後ろへ立っていたサングラスの男は、銃を持っていた男の尻をり出す。

「タカ、そいつも頼む」

「あいよっ!」

丸刈りの男を廊下ろうかへ出し、若い刑事は室内に戻ったばかりだった。バランスを崩されて転びそうになっている男の前で軽く手を打ち合わせると、両腕を開き、受け止める姿勢を示した。若い刑事は背が高くなかったので、今回も体重差にハンデがあったが、つんのめる男の本人の意思とは関係ない突撃を簡単にいなし、片腕を取った。そこにはいつの間にか、手錠が掛けられていた。サングラスの男が掛けていた手錠だった。

一方、サングラスの男は手にした拳銃を、器用に解体していた。

「アニキ、勝手にバラしちゃ、また怒られますよ」

若い刑事に言われて、サングラスの男の動きが止まる。

「そういや、そうか。危ねえから一旦バラしておくか、と考えたが、よく考えりゃ拳銃をまともに使えるヤツはもう――」

言葉を止めたのは、机の向こうからガタリと音を立てて、片腕が机の上に乗せられたからだ。その手は、スタンガンの攻撃を受け、後ろに倒れた時に一旦手放していたはずの拳銃が握られていた。

「てめえら、許さねえ」

次に机の向こうから現れた頭からは、電極は外されていた。電撃のショックからか、それとも怒りからか顔は紅い。

またガタリと音を立てて、もう片方の腕も机の上に乗る。その手にも、新たな拳銃が握られていた。倒れた後で、机の引き出し裏に貼り付けていた予備の拳銃を取りだしていたのだ。

机の面に平行に寝ていた二つの拳銃が、所持者が手首をひねる事でカタリと立つ。

「やべっ!」

サングラスの男は叫ぶと同時に部屋の奥、簡易キッチンのある場所へと飛び込む。その直後に、室内にとどろく銃声。連発された銃弾は、サングラスの男の立っていた背後に穴を開け、後を追った過程にも弾痕だんこんを残した。

若い刑事は、ソファの背後で頭を低くしていた。捕らえたばかりの男に小さく声を掛けると、出るように働きかける。先程、丸刈りの男が連れ出されたばかりなので、流れ弾の危険は改めて伝えなくても理解していた。

「ちょ、待て。出るから撃つなよ」

むしろ率先して自分から声を掛け、後ろ手に手錠を掛けられた男は、部屋からの脱出を図る。

声を掛けられ、動きもあったことで、拳銃の一つはそちらへ向いたが、さすがに仲間を撃つつもりはないのか、またサングラスの男のいる方へ二つの拳銃が向けられる。

「弾筋を見切られないよう、撃つ量を倍にする。ま、対策としては悪くねえな」

「そんな事、言ってる場合ですか! 応援が来るまでまだ何分もかかりますよ」

室内と廊下ろうかで声を掛けあう二人の刑事。若い刑事が言ったように、既に応援の要請はされていた。先に廊下ろうかへ出た若い刑事が、部屋の中から見えなくなって直ぐ通報していたからだ。サングラスの男が立ち止まって会話を始めたのは、それが聞かれないためでもあった。拳銃を持った相手を刺激しすぎないためにも、警察へ連絡したと知られない方が良かった。若い刑事が、所々でツッコミを入れていたのも、まさか通報されていると思われないための細工だった。もちろん、その時は通話口を押さえて、電話の向こうにいる相手にとっては脈絡のない言葉が届かないよう対処していた。

しかし、事ここに至れば、もはや警察へ連絡したという事実を隠す意味はない。実際、遠くからサイレンの音が聞こえ始めていた。

「くそっ、こうなったら、お前を人質に取るしかないな」

二丁拳銃の男がサングラスの刑事の方へ向いた直後、サングラスの刑事が物陰から飛び出した。すかさず破裂する銃声。

サングラスの刑事はソファの後ろへと飛び込み、銃弾は周辺の物を破壊する。流れ弾の一つがパチンコ玉の入ったトレイに当たり、パチンコ玉が弾け飛ぶ。

床に散らばり転がるパチンコ玉が、黒いサングラスに映る。

「わかった。今から出るぞ。撃つなよ」

サングラスの男が声を掛け、そのげんどおりゆっくりとソファから姿を出す。この状況なら、両手を上げて出てきてもおかしくなかったが、サングラスの男はぶらりと両手を垂らしたままだった。二丁拳銃は怪しい動きがあれば反応できるように、サングラスの男を狙っていた。

「俺の親父は西部劇が好きでさ。俺もガキの頃はよく白黒映画を見たもんだ。そこでも、よく二丁拳銃、出てくるぜ」

サングラスの男が二丁拳銃をあごを動かして示した。

「西部劇と言えば、最後の決闘シーンが有名だよなぁ。最後はこうやって保安官と荒くれ者が向かい合うんだ」

二丁拳銃の男は鼻で笑う。

「はっ! 映画では保安官が勝つんだろうが、現実は違うぜ」

「まあな。現実ってものはそういうもんだ。そもそも決闘ってのは二人が銃を収めたところから始まる。だが今は、俺は丸腰だし、そっちはもう抜いてる。……だから、こういうのも現実だ」

そう言い切った直後、サングラスの男は動かなかった。少なくとも、彼を注視していた二丁拳銃にはそう思えた。しかし、それは起きた。

急に両手をおそった痛み。そのせいで、男は左手に持った拳銃を取り落としてしまう。遅れて、何かが飛んできたのが一瞬見えていたのが理解できた。攻撃されたという理解がさらに半歩遅れてやってきて、次の瞬間、反射的に銃を持った手を顔の前にかざした。この拳銃を持った男の動体視力と素早さが、頭で考えるより先に行動を起こした結果、次の攻撃は拳銃に当たって弾かれた。

しかし、それは決して窮地きゅうちを救ったわけではなかった。サングラスの男がソファを超えて突進してきたのだ。慌てて銃を構えて撃とうとするが、その前にサングラスの男の跳び蹴り(ドロップキック)が拳銃の男の胸に届く。

「ぐはっ!」

拳銃の男は後ろに吹き飛ぶと、ブラインドをガシャリと鳴らしてから、ずり落ちる。

男は息ができなかった。あえいでいる間に、サングラスの男は机の上で倒れている形の上半身をムクリと起こす。

「おい、タカ。確保だ」

「はい!」

若い刑事が入ってくる足音を聞きながら、詐欺犯人のリーダーは吹き飛んだ衝撃しょうげきで持っていた銃を落としていたのに気づいた。しかし、幸い、それは体をかたむけ手を伸ばせば届く場所にあった。

が、そう動くより先に、小さな金属音と共に、拳銃がクルリと床の上を回りながら滑り、離れていく。何かが当たって弾かれたのだ。当たった何かが跳ねた方向を見ると、床を銀色の小さな玉が転がっている。

「パチンコ玉?」

驚きを呑み込めずに思わずつぶやくと、机に腰掛けたままサングラスの男が応じた。

「そうだ。お前が好きなパチンコだ。そのおかげで逆転劇が生まれたのは、皮肉だったな」

言いながら、サングラスの男はにぎり拳を前に出すと、親指をね上げる。拳に隠されていたパチンコ玉が一つ、宙に舞った。

「それで、攻撃したのか?」

詐欺のリーダーは信じられなかった。それにしてはかなりの精度と威力だったからだ。

「ああ。俺も何となくいけそうだと感じて試したんだが、見事ドンピシャだったわけだ。これもまあ、刑事の勘ってやつだな」

その時若い刑事がやって来て、床に腰を下ろした状態のリーダーを見下ろし、それからサングラスの男へ話し掛けた。

「どうします? 手錠、足りませんよ」

「そのうち、後続が着くだろう。それまで、ネクタイでもいいから縛っておけ」

若い刑事はうなずくと、自分のネクタイを外し始めた。

既に確保されていた二人は廊下で繋ぎ止められていた。パトカーのサイレン音は近くなっており、もう観念するしかない、とリーダーは悟った。しかし、連れて行かれる前に、どうしても確認しておきたい事があった。

「あんた、一体何者だ?」

「もう言っただろう。刑事デカだ」

もちろん、リーダーが聞いたのはそういう意味ではない。有名なヒーロー、花鳥風月と同じく異能者ではないと説明がつかない能力を目の当たりにしたからこその発言だった。その意図が伝わったのか、サングラスの刑事は付け加える。

「まあ、強いて言うなら、ただの刑事デカじゃねえな」

刑事はサングラスの位置を直した。

「ノーパン刑事デカだ」

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