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少女と白の心  作者: 連星れん
後編

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大陸暦1977年――04 幸せの在処2


「それでその、起きていらっしゃるのなら、眠くなるまでここにいてはいけないでしょうか?」

「あぁ」


 すぐに頷くと、不安と羞恥で沈んでいたフラウリアの顔が安心するように明るくなった。

 横に避けた私を見て、フラウリアは「お邪魔します」と中に入る。そして遠慮がちに室内を見渡した。


「間取りは同じなんですね」

「模様替えなんてしていないからな。あぁ、なんならここで寝てもいいぞ」


 何気なく言った言葉に、フラウリアは「え」と驚きながらこちらを見上げた。


「私の生活習慣は聞いただろ」

「はい。ですが、それでも眠くなられることもあるのでは」

「その場合はソファで寝る」


 それはこの場しのぎの口実だった。フラウリアがここで寝るのならば、私はこいつが朝目覚めるまで起きているつもりだった。

 しかし、それを素直に信じたフラウリアが顔色を変えた。


「駄目です……! それではベリト様の疲れが取れません」


 前のめりにそう言われて、私は少し気圧されてしまう。


「よ、こになれるなら、同じだろ」

「そんなことはありません。やはりベッドで休むと体が軽く感じるものです」


 それには同意するが、口には出さない。


「それでしたら私がソファで寝ます」


 そこで自室で寝ます、と言わないあたり、よほど一人が心細かったらしい。


「そんなことをさせたら、お前の保護者に何を言われるか分からん」


 昼に考えていたことが影響されたのか、つい保護者という言葉を使ってしまう。

 フラウリアは「保護者」と呟くと虚空を見た。誰のことだろうと考えているのだろう。


「いいから気にするな。寝るならベッド、座るならどこでも好きに座れ」


 私は誤魔化すように言い捨てると、奥のソファへと向かった。


「ご一緒では、駄目なのですか?」


 すると背中に、フラウリアがそう問いかけてきた。

 振り返ると、眉尻を下げてフラウリアがこちらを見ている。


「ご迷惑、でしょうか」

「……いや」


 どう、なのだろうか。

 迷惑だと、私は思っているのだろうか。

 ……いや、そんなこと思っていたら、最初からここで寝てもいいなどとは言わない。自分でも違和感がないぐらいに、あんなにも自然と口にしたりはしない。それ以前に、自分の寝床を他人に使わそうなどと、考えもしない。

 だが、一緒に寝るとなったらどうだろうか。

 寝るのは私のほうが遅いだろうが、朝は確実にフラウリアのほうが早く起きる。そうなると私は寝姿を見られることになる。他人に無防備な姿を晒すことになる。

 それは流石に――そこまで考えて私は、先ほどと同じ戸惑いを覚えた。

 私は……私の心はそれを嫌だとは思っていない。

 羞恥心はあれど、抵抗は感じていない。


 私には、こいつを拒絶する理由がない――。


 ――……いや、しかし。

 だとしてもだ。


「お前が、嫌じゃないのか」


 そう。そうだ。

 ベッドが広いとはいえ、寝ていれば触れてしまうこともあるかもしれない。

 寝ているときの人間というのはもっとも無防備なのだ。普段、心の奥底に仕舞っている記憶でさえも浮き出てしまうことがある。フラウリアが風邪を引いたときもそうだった。眠っているこいつの手を握っていたときも、奥底に仕舞われているはずの記憶が視えていた。幾ら私がこいつの全てを視ているとしても、そう何度も視られたいものではないはずだ――。

 ――……そう、考えながらも私は気づいていた。


 これは、体のいい言い訳だと。


 私はただ、自分にそう言い聞かしているのに過ぎないのだと。


 フラウリアが嫌がらないことは分かりきっているのに、私はそれを言い訳にして逃げようとしている。気を遣ってフラウリアから身を引いてくれることを期待している。

 ……しかし、その可能性が低いことも、分かっていた。

 こんなことを口にすれば、フラウリアがどのような反応を見せるのかも。

 その予想通り、フラウリアは下げていた眉尻をあげると、こちらに歩み寄ってきた。そして無造作に私の右手を手に取る。


「私の記憶を視てしまうことにお気を遣っていらっしゃるのなら、大丈夫です。私はベリト様に視られて困る記憶はありませんから」


 ……そうだ。お前ならそう言ってくる。

 以前、手を無理矢理に掴んできたときのように、私の能力のことなど何一つ気にしていないのだと、身を持って示してくる。

 私は、返す言葉に困り掴まれた右手を見た。

 その手からは、フラウリアの感情が伝わってくる。

 口にした言葉に嘘偽りはないのだとでもいうような、揺らぎのない感情が――。

 そして、何一つ隠すつもりがない開かれた心が……視える。

 それは自分の記憶に自信があるからではない。

 恥ずかしくないと思っているわけでもない。

 こいつにだって誰にも知られたくないと思っている記憶はある。

 誰の目にもさらしたくない記憶は、あるのだ。

 それでもこいつは、心を開いて私を受け入れようとしてくれる。

 あのときのように人を――私を助けるためではなく、私だから全てを曝け出してもいいと思ってくれている。

 そうすることで、私が能力に気兼ねすることがないように。

 触れて視たとしても、そのことに負い目を感じることがないように、と――。



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