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少女と白の心  作者: 連星れん
後編
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大陸暦1977年――04 幸せの在処1


 夕食はいつも通りの内容だった。

 豪勢でもなければ質素でもない、普通の家庭料理だ。

 デボラは歓迎を込めて豪勢にしたがっていたが、そうしてしまうとフラウリアが気後れしてしまうのが目に見えて分かっていたので、いつも通りでいいと強く釘を刺しておいた。

 それでもフラウリアは食卓に並んだ料理を見て驚いていた。普通の家庭料理でも、修道院の食事に比べれば豪勢だったのだろう。だから最初は『こんな贅沢をしていいのだろうか』という気持ちがありありと表情に浮かんでいた。だが、デボラに勧められるがままに遠慮がちに料理を口にした途端、顔一杯に感動し、それから私とデボラに何度も美味しいと言いながら楽しそうに食事をしていた。

 そんなフラウリアの様子にデボラもご満悦で「こんなに美味しいと言って貰えると作りがいがありますね」と、当てつけのようにこちらを見てきたが、無視した。

 食事の最中、フラウリアは料理に興味があるのか、デボラに材料や作りかたなどを訊ねていた。デボラも自分が好きなものに興味を持ってもらえて嬉しかったのか、いつも以上の饒舌でフラウリアにいろいろと教えていた。

 普段は静かで黙々と食べるだけの食事が、フラウリアがいるだけで全く別物になった。その変化を私は、意外にも気を使うこともなく素直に受け入れていた。


 食事が終わり食堂を出たころには十九時半を回っていた。

 いつもは三十分もかからない夕食が一時間も長引いたのは、フラウリアの食事速度がゆっくりだったのと――私もいつもより遅かったが――デボラが食後のデザートにケーキを焼いていたからだろう。夕食を豪勢にするのを我慢した分、そちらで発散したらしい。

 ケーキもデボラの手作りだと聞いたとき、フラウリアはまた感動していた。それが店舗で並んでいるような出来前だったからだ。

 デボラは料理と名が付くものなら何でも作れる。しかも、そんじょそこらの腕ではない。最初から趣味にしては腕がよかったが、今ではもう正直、宮殿調理士になれるぐらいの実力がある。セルナが勝手に雇ったことを不満に思いながらも、今日まで雇い続けているのはそれも理由にある。不本意ながらも胃袋を掴まれてしまったというやつだ。こんなこと、本人の前では絶対に口にしないが。


 部屋に戻ってからはいつものように風呂に入り、そのあとはソファで本を読んでいた。

 それから少ししてデボラが上がりの挨拶をしに来たあと、ほどなくしてフラウリアも就寝の挨拶にやって来た。扉前で軽く会話を交わし、あいつが自室に戻ったのを見届けてから部屋に戻った。そしてまたソファに座って本を開く。

 それを読み進めながら、いつも通りの夜になったなと思った。

 セルナが非番でも夜は大概、本を読んでいる。どうせ朝方まで眠れないのだから、こうして時間を潰している。

 それはフラウリアが来ても変わることはないだろうと思っていた。

 修道院での就寝時間は二十一時だ。十八時から食事を摂って風呂に入って、就寝の支度やら何やらしていたらすぐにその時間になる。卒院したのだからもうそれを守る必要はないのだが、フラウリアの性格からしてその生活習慣を続けることは分かっていた。

 だから、夜はあいつと過ごすことはない――。

 そう考えて、今さらながら私は自分に驚きを感じた。


 何故、私は、あいつと過ごすことを前提に考えているのだろうか。


 家族ならまだしも、私たちは赤の他人なのだ。就寝前はそれぞれの部屋で過ごすと考えるのが普通だろうし、たとえあいつが起きていたとしても二人でいる必要はない。

 それなのに何故、私はそう考えたのだろうか。

 一緒にいることが当り前のように思ってしまったのだろうか。

 頭を悩ませ、突き詰めて、私はその理由に思い至る。


 ――そうか。


 それはあいつが、そう考えるからだ。

 フラウリアならそれを望むからだ。

 あいつの全てを視た私には、あいつの思考を少しは読むことができる。

 完全ではなくとも、あいつが考えそうなことが分かる。

 だとしたら、これは私の意思ではないということになるのだろうか。

 ……いや、そうではない。

 これは、私の考えでもある。


 あいつと一緒にいることを、私も、悪く、思っていない。


 だからこそ、自分のことのようにその考えに至ったのだろう。

 その結論に、胸がざわめく。気持ちが落ち着かなくなる。

 私的な時間に誰かと一緒にいることを、何の抵抗もなく受け入れようとしている自分に、戸惑いを覚える。こんなことは、今までになかったことだ。


 ……とはいえだ。あいつは夜が早いのだから、どのように考えたところでそれは何の意味もなさない――そう、私は自分の気持ちから目を逸らすように思考を止めると、本に意識を向けた。

 それから集中して本を読んでいると、ふと風の音が耳についた。

 気づけば窓枠が、がたがたと音を立てて揺れるぐらいに風が強くなっている。おそらく春前の嵐のようなものだろう。この時期にはよくあることだ。

 だから気にせずまた本に戻る。と、その時、部屋の扉が叩かれた。

 デボラは帰ったので当然フラウリアだ。

 暴風の所為で大気の粒子が乱れているのか、接近に気がつかなかった。

 ソファから立ち上がりながら壁掛け時計を見る。時刻は二十二時前だ。

 何かあったのだろうかと思いながら、扉を開ける。

 扉の前には最後に見たときと同じく、寝間着姿のフラウリアが立っていた。


「どうした」


 訊くと、こちらを見上げていたフラウリアの目線が泳いだ。


「いえ、その、修道院では二人部屋でして」


 何の話だ、と思ったが続きがあるようなので口を挟まず聞く。


「部屋も丁度良いぐらいに手狭でして」


 私から見たらかなり狭いが。


「あのような立派なベッドと広い部屋は生まれて初めてでして」


 それはまぁ、そうだろうな。


「外は風が強くて、家の鳴る音が」


 そこで私はフラウリアが言いたいことに気づいた。


「怖いのか?」


 私の言葉に、フラウリアは顔を赤くして俯いた。


「お恥ずかしながら……そうです」


 子供か、と安易に笑い飛ばすことはできなかった。

 その気持ちにも覚えがあったからだ。

 星都せいとに捨てられて壁近へきちかでお節介な子供に助けられた私は、とりあえずそいつらがたまり場としている空き家へと連れて行かれた。そいつらには一応、親がいて孤児というわけではなかったが、そいつらの仲間の中には家庭の事情や親の暴力などから逃げている子供もいて、そういうやつらは空き家を避難場所にしていた。私も闇治療士に引き取られるまでの間はそこに居させられた。

 そこには壁も屋根もあったが、空き家だったこともあり頑丈なものではなかった。実家にあった物置小屋のほうがまだ立派だと思えるぐらいの頼りない作りだった。

 だから、冬の風に晒されれば立て付けの悪い家は大きな音を立てるし、隙間から入った風も、ひゅうひゅうと音を鳴らした。その音は随分と子供心に不安を煽った。実家でも吹雪の日はそういう音が鳴ることがあったが、不安に思うことは一度もなかった。

 愛情はなくとも、あそこは守られた場所であったことをそのとき初めて知り、そして痛感した。


 そのときに比べたらこいつは大人だし、悪いほうに環境が変わったわけでもない。

 それでも新しい環境というのはやはり、どんなときでも不安を覚えるものなのだろう。

 もしくは壁区へきくにいたことを思い出して、心細い気持ちになっているのかもしれない。フラウリアにもそういう場所で寝泊まりしていた経験が、私以上にあるから。



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