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少女と白の心  作者: 連星れん
後編

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93/203

大陸暦1977年――04 使用人


「とりあえず荷物を置いておけ。使用人を紹介する」

「あ、はい」


 フラウリアは少し迷ってベッドの上に荷物を置いた。

 それから私の元へと戻ってきたフラウリアを連れて、また一階へと降りる。


「使用人さん。今いらっしゃるのですか?」


 隣に並んだフラウリアが、不思議そうに訊いてきた。


「いる。あいつの悪い癖だ」


 フラウリアがどういう意味だろうとでも言うように小首を傾げる。

 別に説明してやってもよかったのだが、目的の場所がすぐ近くなので止めておいた。

 それからほどなくして、トントントン、と小気味よい音が聞こえてきた。

 その音の発生源、通路の突き当たりの開け放たれた扉から中を覗き込む。

 その部屋――厨房の奥には背を向けて立っている使用人の姿が見えた。


「デボラ」

「はいはーい」


 呼びかけると、そいつは背を向けたまま何とも軽い返事を返してきた。

 突然、呼びかけても全く驚いた様子を見せないのは、私たちがここに向かっていることに気づいていたからだ。

 そいつは動かしていた手を止めると、包丁を置いて手を洗ってから廊下に現れた。


「使用人のデボラだ」


 デボラは体の前で両手を重ねると礼をした。


「初めまして。デボラ・アンデスと申します」

「初めまして。フラウリア・ミッセルです。今日からお世話になります」


 フラウリアも名乗ると慌てて頭を下げた。

 それから頭を上げようとして、デボラの重ねられた手で視線が止まる。


「あぁ、これが気になります?」


 視線に気づいたデボラが、まるで手にはめた指輪でも見せびらかすように――指輪はしていないが――左手をフラウリアに見せた。その手には小指とひとさし指が途中までしかない。


「これは昔、ヘマをしてしまいました時にざっくり落とされちゃいましてー」


 あっけらかんとそう言ったデボラに、フラウリアの微笑みが固まった。


「その時に左目もつぶされちゃったんですけど、これは魔法で綺麗に再生されましてね。でも実はこれ、見えてはいないんですよ」デボラは自身の左目を指さす。「そんな風に見えないでしょう? 私も最初、鏡を見たときは驚きましたよ。ちゃんと動きもしますし、これ本当に見えてないのって。いや本当に見えてないんですけどね」あはは、と笑う。「友人からもよく、見えていないように見えないから気を使わないで済むとか言われちゃったりして。まぁそんな時はこの指を見せて笑いを取ったりするんですが」


 欠損した指を指して笑うデボラに、フラウリアは微笑みを固まらせたまま、助けを求めるかのようにこちらに視線だけを向けてきた。……まぁ、こう明るく暴露されたら普通は反応に困るよな。


「こいつはセルナの部下だったんだ」


 そう。デボラは元々セルナの部隊、碧梟の眼(あおふくろうのめ)に所属していた軍人だ。

 セルナ曰く、身軽な二短刀使いで夜目も利いたデボラは、非常に優秀な諜報員だったらしい。

 だが七年前、追っていた組織に、本人が言うところのヘマをして捕まり拷問を受け、左目と左の小指とひとさし指を失った。

 幸い命を取られる前に救い出されたが、目は再生したものの視力は戻らず、失った指に関しては再生もできなかった。

 片手片目では自分の価値は半減だと自己判断したデボラは、それで潔く退役を決めたらしい。

 そんなデボラが昔から料理が趣味だったのもあり、それを知っていたセルナの提案でここで働くことになったのだった。


「そうだったのですか」


 固まっていたフラウリアの表情がほぐれる。

 怪我一つにしても、その人が一般人か軍人かで大分、受け取り手の感情は違うものだ。

 それが荒事に縁のない一般人ならば、不当な暴力や事故にでも合ってしまったのだろうかとだいたいの人間は考えるだろうし、心も痛めるかもしれない。だが、それが危険な状況に身を置く可能性のある軍人ならば、痛ましく思いながらもそんなこともあり得るだろうと納得はできる。

 フラウリアもそれで気持ちの折り合いがついたのだろう。

 それでも負傷した状況を知ったらまたこの表情は固まってしまうのだろうが、それを口にするほどデボラも軽薄ではない。その辺はちゃんと人を選んでいる。

 因みに私の時には普通に拷問の詳細まで話してきた。それを聞いた時はこいつに接触しないよう気をつけようと思った。流石に記憶としては視たくはない。


「そうなのです。フラウリア様のことは主人とルナ様からも伺っています。これからよろしくお願いしますね」

「こちらこそよろしくお願いします。あと、私のことは呼び捨てで構いませんから」

「そういう訳にはいきません。家主の同居人は私にとって主人と同等です」

「ですが、落ち着きません」

「慣れてくださいな」


 デボラはそう言い切って微笑んだ。

 その有無を言わさない雰囲気に、フラウリアが気圧されるように引き下がる。

 こいつはご覧の通りいい性格をしている。昔から私が何をいっても平然としてやがる。まぁ、それが分かっていてセルナもこいつに話を振ったのだろうが。


「いやでも嬉しいですねえ。普通に会話ができるかたがいらして」

「普通に」フラウリアが不思議そうに言葉をなぞる。

「はい。ベリト様はこの通り寡黙でらっしゃるでしょう? 話しかけても基本的に「あぁ」とか「そうか」ぐらいしか返ってきませんし、ほんと話しかけ甲斐がないと言いますか」


 デボラは、やれやれ、とでも言うように肩をすくめる。


「毎日毎日、大型犬と話している気分で。いえ、それは大型犬に失礼ですね。大型犬のほうがよく喋りますし、何より愛想もいい」


 そう言ってデボラが嫌みったらしい微笑みを向けてきた。


「……愛想がなくて悪かったな」

「自覚があるならもう少しにっこりとしてお喋りもしてくださいな」

「部屋にいる。家のことを教えてやれ」


 デボラの言うことを無視して私はそう言い付けると、背を向けて歩き出した。これ以上、こいつに付き合うといらん気疲れをする。こいつは喋りだしたら本当によく喋るのだ。

 背後から「あらあら拗ねちゃったかしら」なんて声が聞こえたが気にせず歩く。

 だが、数歩ほど歩いて、ふと思い出し振り返った。


「あと気配を消すなと何度も言ってるだろ」


 デボラは前職の癖か、日頃からも気配を消す癖があった。

 夜市の時に私が話すまで、フラウリアが家に使用人がいることに気づかなかったのはその所為だ。


「息をするぐらいに癖なんですよねえ」悪びれもせずにデボラが言う。

「フラウリアが驚くから直せ」


 魔道士――特に高位魔道士というのは他の人間に比べて気配に敏感なところがある。

 それは魔法の発現に必要な粒子が体内に多く存在している影響で、気配――人の体内にある粒子を感知する能力に長けているからだ。

 それでも魔法や気配の見方を知らなければそこまででもないが、一度でもそれらを覚えてしまうと無意識に粒子を感じ取ってしまう。フラウリアが先ほど、使用人がいるのかと不思議がっていたのもそのためだ。


 これらは普通、日常生活で困ることはないのだが、家中に気配を消している人間がいるのならば話は別になる。誰もいないと思っている中で、ばったりと人に出くわしたり、背後から話しかけられようものなら、それは誰でも驚いてしまうというものだ。

 私もデボラがここで働き出して当分は、何度も驚かされた。

 もちろんその度に注意もしてきたが、こいつは懲りることを知らない。

 私がキレようとも反省の色を見せることなく平然としている。しまいには開き直って『視ようと思えば視えないこともないのでは』なんてことも言いやがる。

 確かに集中すればいくら気配を消していようとそれを感じ取ることは出来るのだが、それには神経を研ぎ澄ます必要がある。危険な場所に行ったのならともかく、自宅でそんな疲れることをする馬鹿はいない。もしいるとすれば常に暗殺者を警戒している奴ぐらいだ。

 だからデボラにそう言われた時『お前は私の命でも狙っているのか』と私は返した。するとあいつはいけしゃあしゃあと『だとしたらすでに初日でってますよ』とぬかしやがった。

 それで私は諦めた。こいつには何を言っても無駄だと。

 だが、フラウリアのことを考えると今一度、注意しておかなければなるまい。


「努力します」


 デボラは軽い調子で答えながら飄々と礼をした。

 これまで何度も聞いてきた言葉に私はため息をつくと、その場をあとにした。


 それから自室へと戻った私は、すぐにソファに横になった。

 壁掛け時計を見れば時刻は午後三時近く。普段ならもう仮眠を取っている時間だ。

 今日はセルナが非番なのでその必要はないのだが、本睡眠を長く取っているわけではないので自然とこの時間は眠くなる。

 瞼を閉じると、すぐにゆっくりと意識が下降し始めた。

 眠りに落ちようとする中で、階下に一つの気配を感じる。

 フラウリアだ。デボラは早速、言いつけを守っていない。

 それはいつものことなのでいいとして――よくはないが――それよりも今、眠ろうとしている時にフラウリアの気配が近くに感じられるのは何だか変な気分だ。

 しかもそれは今日だけではない。これから先、毎日そうなのだ。

 もちろんフラウリアの勤めが始まれば日中はここにはいないし、当番で修道院に泊まることもあるだろう。

 それでも基本的にあいつはここにいる。同じ家に住んでいる。


 そのことに違和感と共に、不思議と安らぎを覚えてしまう。

 落ち着かない気持ちと、落ち着く気持ちが同時に私の中に存在している。


 誰かと住むということが久しぶりだからだろうか。

 それともあいつだから、なのだろうか。

 私の側にいるのが一番安心だとあいつが言っていたように、私もそう感じているのだろうか。

 あいつに触れなくとも、側にいるだけでそう感じるようになったのだろうか。

 そんなことを思いながら、私はいつの間にか眠りに落ちていた。



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