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少女と白の心  作者: 連星れん
後編

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大陸暦1977年――04 引っ越し


 一年の初めの月、の月。

 先日、修道院では卒院式が行なわれた。見習いが正式に修道女に認められる日だ。

 それには私も毎年、誘われてはいるが、もちろん参列したことはない。

 今年は一応、教え子とも言えるフラウリアが卒院するのだから行きたい気持ちは少し――ほんの少しはあったが、やはり回りの目を考えると無理だった。

 因みにセルナは毎年、我が物顔で参列している。

 仮にもルコラの卒院生とはいえ、星教せいきょうには入らなかったのだから今では部外者であるはずなのだが、あいつはそんなことお構いなしだ。修道院に限らず、どこでも好き勝手に星教せいきょうの施設に出入りしたりしている。まぁ、星教せいきょう星王家せいおうけとは昔から深い繋がりがあるので――星教せいきょうの最高指導者の家系は星王家せいおうけの遠い親戚になる――強いことは言えないのだろう。

 それがなくともユイが以前に言っていたようにセルナはたらしなのだ。あいつにかかればだいたいの人間は丸め込まれてしまうし、それどころか味方にまでつけてしまう。ユイの話では、他の教職員とも普通に仲よさそうにしているらしい。


 とまぁ、あいつのことはいいとして、それで卒院もした元見習いたちは、ここ数日でそれぞれの住まう場所に引っ越しなどを行なっている。

 事前にユイに聞いた話によるとフラウリアは今日の午後、ここに来る予定になっている。


 そう。今日からあいつはここに住むのだ。


 その所為か、昨日から妙に心が落ち着かない。

 それは別に、あいつが来ることを楽しみにしているとかそういうことでは断じてない。何年も一人暮らしをしてきた――使用人は住み込みではない――からだろうと思う。そうだ。そうに違いない。

 いや、もしくはあいつと会うのが一月ひとつき振りというのもあるのかもしれない。

 見習い六年の授業は先々月末には全て終わっている。最後の一ヶ月を実習やら卒院に向けての細かい準備などに当てるためだ。なのでもう六年の課題を作る必要もなく、届けものがないフラウリアも先月は一度もここには来ていない。


 だからここに住むことをあいつがどう思っているのか、私は知らない。


 言われて遠慮しながらも受け入れたのか、それとも説得されて仕方なく受け入れたのかもユイからは聞いていない。

 落ち着かないのは、おそらくそれも理由にあるのだろう。

 どんな心持ちであいつがここに来るかを知らないから。


 そうして落ち着かない気持ちのまま、だらだらと本を読んで二時間が経ったころ、フラウリアがやって来た。


「こんにちは、ベリト様」


 手に荷物を持ち、いつものように挨拶を口にしたフラウリアは、それこそいつもの見慣れた見習い修道服を着ていた。どうやら着替えをせずにそのままやって来たらしい。まぁ、距離が近いからだろう。


「あぁ」


 私は座っていたソファから立ち上がり、フラウリアの元まで行く。

 目の前に来た私を、フラウリアは微笑みを浮かべたまま見上げた。その顔はいつも通りのようでいて、どこかぎこちなく感じる。

 そんなフラウリアに私は少し懐かしさを覚えた。

 昔、闇治療士の家に引き取られた時のことを思い出したからだ。

 勝手が分からない他人の家で世話になるのは余程、神経が図太い奴以外は緊張を感じるものだ。あの時の私もそうだったし、今のフラウリアもそんな感じなのだろう。


「どちらか迷ったのですが、こちらにおられたので」


 視線を落ち着きなく動かしながらフラウリアは言った。

 自宅か、仕事部屋か、という意味だろう。


「自宅は鍵がかかっている。私がいるときはこちらから出入りすればいい」


 はい、とフラウリアは頷くと、改めてこちらを見上げた。


「あの。ふつつかものですが、宜しくお願いします」


 深々と礼をする。


「畏まらなくていい。気軽にしろ。でないと私が気を使う」

「あ、はい」

「荷物はそれだけか」


 手に持たれた荷物は引っ越しというにはあまりにも少なかった。おそらく衣類や小物が包まれているのだろう包みの上に、紙束と星教せいきょう星書せいしょが重ねられている。


「はい。勉強道具や教本は下の子に回しますので」


 あぁ、なるほど。星教せいきょうも昔のように湯水の如く金があるわけではない。だから、そういうところで節約しているのだろう。


「そうか。こっちだ」


 背を向け、仕事部屋の奥にある扉から自宅に入る。フラウリアも後ろをついてくる。

 自宅の廊下を歩きながら、後ろを歩くフラウリアに訊いた。


「本当によかったのか?」

「え?」

「中央行きを断って」

「中央教会ではベリト様に気軽にお会いできなくなります」


 すぐにフラウリアはそう、こともなげに答えた。


「それに中央がどんなに安全な場所でも、私はベリト様の側が一番安心します」


 それから続けてそんなことまで言ってくる。

 その言葉だけでフラウリアがここに住むことをどう思っているのかはもう、分かった。そして気づく。


 ――私たちが思う彼女の安全と、彼女の思う自身の安全は違います。


 ユイはこのことも分かっていて話を持ちかけたのだと。


「そうか」


 私は前を向いたまま答えて、思った。

 この話を対面の時にしなくてよかったと。

 それから廊下を進んで階段を上っていると、今度はフラウリアが訊いてきた。


「ベリト様こそ、本当に宜しかったのですか?」


 自分がここに住むことを了承して、という意味だ。

 ある意味、選択肢はなかったとは言えるのだが、それでもこればかりは本当に嫌なら断っている。他人と住むだなんて、流石に簡単に頷けるものではない。

 だが、これをそのまま伝えてしまうのは『お前なら嫌ではないから』と言ってしまうのと何ら変わりがない。そのようなこと、流石に口に出せるわけがない。


「勢いで受けるほど、私はお人好しじゃない」


 だから私は少し、本音をはぐらかす感じで答えた。

 しかし、これでも結局は『考えた末にお前だから了承した』と言っているようなものだと口にしてから気づいた。

 フラウリアは何も言わなかったが、後ろで笑う気配がした。

 喜んでいるのだろうと、思った。

 二階にあがり、最初の部屋を通り過ぎる。


「ここが私の部屋だ。お前は隣を使え」


 隣の部屋の前で立ち止まると、扉を開いた。

 こちらを見ているフラウリアを顔で中に入るように促す。

 フラウリアは遠慮がちに中に入ると、驚くように息を飲んだ。

 部屋にはダブルベッドから始まり、クローゼットや本棚や椅子机やソファなど一式の家具が揃っている。家具は私の部屋にあるものとそう変わりはない。

 これらは私が住み始めた時には既にあったもので、前の家主が揃えたものらしい。どれも年代物ではあるが細工は素晴らしく、派手さがない落ち着いた色合いが私は気に入っている。


「風呂と洗面場は扉の奥だ。風呂は好きな時間に入ればいい。使い方は使用人が教えてくれる。他に訊きたいことはあるか?」


 フラウリアが隣に立つ私を見上げた。その顔は見るからに困った様相をしている。


「こんな、広いお部屋でなくてもいいのですが」

「そうは言っても他の部屋も似たようなものだ」


 もう少し手狭な部屋ならば使用人用があるにはあるが、流石にそれを使わせるわけにはいかない。いくらフラウリアが希望したとはいえ、そんなところに住まわせたとあったら、あとでユイやセルナに何を言われるか分からない。

 そう、何気なく思って私は内心でため息をついた。

 これではまるで親から子を預かっているみたいだと思ったからだ。ていうか何であいつらが親なんだよ。ユイはまぁ、保護者とも言えるかもしれないがセルナは違うだろ。


「そうですか」


 フラウリアは残念そうに肩を落とした。そんなに狭い部屋がよかったのだろうか。

 まぁ、でも。


「そのうち慣れる」


 人間というのは適応力がある生きものだ。

 私が実家に比べれば劣悪とも言える壁近へきちかの生活に慣れたように、どんな環境にもだいたいの人は慣れることができる。それがいい環境ならば尚更だ。



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