大陸暦1976年――04 取引3
「そんなの決まってるだろ。あいつの安全が最優先だ」
そう断言して、私は少し胸の痛みを感じた。
フラウリアは修道女になってもここに顔を出すつもりでいたが、中央教会に行くのならばそれも難しくなる。
北区の端寄りであるここは、中央区からはなかなかに距離が離れている。徒歩で移動するのはまず無理だし、馬車にしてもそう気軽に行き来できる距離ではない。
それを私は――私の心は、残念に思っている。
あいつが遠くに行くことを……寂しく感じている。
来たければ来ればいいだなんて偉そうなことを言っておきながら、結局は私も期待していたのだ。
卒院してもあいつがここに来ることを――。
そして、フラウリアもそれを望んでいる。
あいつが中央教会に行きたがらず、この辺りに配属を希望しているのはそのためだ。それぐらい、人の気持ちに敏感とは言えない私にも分かる。視ていなくとも、分かる。
そのことは正直……悪い気はしない。
だとしても、フラウリアにとってはこれが一番いい。
星王国の星教本部である中央教会に従事するということは、軍部で言うところの士官候補生になるようなものだ。
フラウリアもそこにいれば、何れはそれなりの地位を得られるし、もしかしたらユイのように色付きにもなれるかもしれない。もちろん色を授けられるのはほんの一握りの人間だが、あいつにはそれだけの資質と素養があるように思う。
そして星教での地位を確立すれば内部での発言力も強くなり、自由も利くようになる。そうなれば星教が定期的に行なっている壁際への施しも、自分の意思で行なえるようになれるかもしれない。
それはフラウリアが本当にやりたかったことだ。
自分が生まれ育った壁区の、そして壁近の人たちに手を差し伸べるのは、あいつが治療士となった理由だ。
だからたとえ本人が望んでいなくとも、中央に行くことがあいつにとっては最善の選択なのだ。
「――そうですよね」
ユイは目を伏せると、小さく笑った。
その様子を怪訝に思っていると、彼女はまたこちらを見て、そして言った。
「でしたら、このままルコラ修道院へ配属させましょう」
「……は?」
「その代わり、フラウリアを貴女の家に住まわすのが条件です」
「…………は??」
「部屋は余っているとルナに聞きましたので、問題はありませんよね」
問題あるとかないとか以前に。
「なんで取引みたいになってるんだよ。そもそも私は安全が最優先と言ったんだぞ。どう考えても中央教会だろ」
「上は何か言ってくるでしょうが、それは私が何とかするのでご心配なく。そうですね。私の後継として育てたいとでも言っておけば黙らせることができるでしょう。まぁ、そうなると行事ごとや、各地の施しにも同行してもらうようにはなってしまいますが」
行事はともかく施しはあいつも望んでいることだからいいのだが――ではなくて。
「聞けよ人の話を」
「ベリト」
「な、んだよ」
言葉を制するように名を呼ばれて、思わず気圧されてしまう。
「私たちが思う彼女の安全と、彼女の思う自身の安全は違います」
言っている意味が分からず眉を寄せると、ユイは微かに微笑んだ。
「それに正直なところ、私もあの子の顔が曇るのは見たくないのです」
ユイはそこで居住まいを正すと、改めてこちらを見据えた。
「引き受けて下さいますか?」
……こいつは、私が引き受けると分かっていてこの話を持ちかけている。
フラウリアが中央に行かずに北区に残るというのなら、ここに住まわせるのが最善なのだと私が気づくと分かっていて。
……悔しいが、全くその通りだった。
確かに私の家ならば日中は使用人がいるし、夜は基本的に私が起きている。だから夜間でも灯りが消えることはないし、もし私が寝ていたとしても防犯用の結界も張ってある。そこらのアパートに住むよりは断然に安全なのは間違いない。
それだけでなく修道院に通うのにも近いし、あいつが早番の時も遅番の時も、使用人でも私でも送り迎えはできる。道中の危険の心配もない。
しかし、もし私がそれを断ればフラウリアは一人暮らしをすることになる。
本来ならそれが普通で、私も今まで気にしたことはなかったのだが、いざこう目の前に突きつけられてみると心配以外の何物でもない。
この辺りだって治安が悪くはないとはいえ、物盗りや強盗やらの犯罪が起きないわけではないのだ。星教所有のアパートに住むにしても防犯面でここより優れてはいないだろうし、そんなところであいつに一人暮らしをさせるとなると、今となっては私が落ち着かない。
それはユイも同じ気持ちなのだろう。だからこの提案をしてきたのだ。
私に預ければフラウリアの安全は守られると考えて。
もしくはセルナの入れ知恵か。
何にせよ、私にはそれを断われる理由がない。
それでも素直に首を縦に振るのは、こいつの思い通りになっているようで気に入らない。
「そういうところ、セルナにそっくりだな」
だから私は精一杯の皮肉を言ってやった。
するとユイは心外だとでも言うようにわずかに眉を上げた。
「私は彼女ほど強引ではありません」
こいつにしては分かりやすい、冗談を含む口調だった。
「どの口が言うんだよ」
吐き捨てるようにそう言ってやると、ユイは珍しく楽しそうに笑った。




