大陸暦1976年――04 取引1
「来年は四人ほど入ります」
ユイがそう言ったのは、冬期も後半に入った星の月の末だった。
彼女は毎年この時期になると、来期に新しく入る見習いの書類を持って訪れる。
これは本来、星の月の末に行なわれる、来期に向けての会議で教職員に共有されるものだ。一応は修道院の関係者である私もその会議に参加する義務があるのだが、当然、私がそんなものに出るわけもなく。だからいつも会議が終わると、ユイがこうして書類を見せにやって来るのだ。
私は応接机に置かれた書類を手に取る。四人分の書類には顔写真と生年月日と出身、経歴と面接時の印象に、魔法素養分析表が記されている。
ざっと見るに出身は星都の壁近と壁区で、どれも親無しだ。つまりは孤児ばかりということになる。
それも仕方のないことだった。一般市民の魔法素養者は、どうしても素養分析を受けた時点で星府に目をつけられている。それは分析士が素養分析を行なった場合、その分析表を星府に提出する義務があるからだ。
そのようにして魔法素養者を把握している星府は、中位から高位素養者を対象に魔法学院への推薦を行なっている。それには学費の半額から全額免除も含まれており、成績によっては卒業後、高級金で希望の場所に勤めることもできる。そんな好条件を断る平民は、他にやりたいことがあるとか家業を継ぐとか以外はそうそういまい。
だから素養分析の情報を手に入れることができない星教がそういう人材を手に入れるのには、信心深い人間が自ら希望するか、孤児か、わけありぐらいしかいないのだ。
私は経歴と面接時の印象を飛ばして魔法素養分析表を見る。
下位の水属性が二人に、中位の水属性が一人と火属性が一人だ。
「中位火属性素養者はルコラでは二年振りだな」
「えぇ。星還士も決して余裕があるわけではありませんから、星教も助かることでしょう」
星教の役職の一つである星還士は星還葬――いわゆる葬式で火魔法により遺体を火葬するのが役目だ。しかし、星還士になるには最低、中位以上の火属性の素養が必要になる。
それは肉体から魂を解放する儀式でもある星還葬では遺体を全て灰にしなければならず、中位以下の火魔法では遺体を骨まで焼き切ることができないからだ。
そして星還葬は星教にとって人々に教義を示す場でもあり、資金源の一つにもなっている。だが、それを行なうには当然の如く星還士が必要不可欠であり、そのため星教は癒し手と同様に星還士になりうる人材の確保にも必死になっていた。
「しかし双子とは、何とも珍しいな」
壁近生まれの中位の水属性素養者と火属性素養者は双子だった。
それぞれの写真には同じ顔が映っている。表情は片方が小生意気そうで、片方が気が弱そうな感じと真反対ではあるが。
「孤児でよく生き残れたものだ」
双子自体もそうだが、その中でも同じ顔の双子が生まれる確率はかなり低い。
それだけでなく双子には星粒子伝達能力――離れていても意思疎通ができる異能――という星教で言うところの祝福が生まれながらにして備わっている。
その能力は生死を問わず利用価値があることから、同じ顔の孤児がその辺をうろついていたらまず人さらいに浚われて売り飛ばされてしまうのは間違いない。何なら孤児でなくとも狙われる可能性もある。それぐらいに双子は貴重な存在なのだ。
「ご両親が亡くなった際に、星教会で保護したそうです」
おそらくそのことは経歴欄に書かれているのだろうが、それを私が読まないのはいつものことなので、ユイは特に気にすることなく答えた。
「星府は何も言ってこなかったのか」
双子は基本的に魔法の素養があることが多い。
魔法の素養分析は任意ではあるので受けていないのはまだ分かるが、それでも生まれた時点で出生届けが出されているはずなので星府も双子の存在には気づいているはずなのだが。
「もちろん言ってきたそうです。魔法学院の学費全額免除と卒業後は好待遇を条件に、国指定の孤児院に引取りたいと」
「それで修道院を選ぶということは、よほど信心深いのか、もしくはお国が嫌いか」
「後者です。姉のほうが星府にあまり良い印象を抱いていないようでして。妹は姉と一緒にいることを望んでいます」
大方、親が死んだ、もしくは境遇を国の所為にでもしているのだろう。孤児にはよくあることだ。そもそもフラウリアみたいに誰も憎まず、誰の所為にもしない人間のほうが珍しい。あいつは……本当に稀少な存在なのだ。
「それならセルナは嫌われそうだな」私は鼻で笑う。
「そうですね。ですが彼女はたらしですから」
そう言ってユイが紅茶を飲んだ。無表情なので冗談なのか本気なのかいまいち分からない。いや、あるいは両方か。
「それは分からんでもないが、それは嫌われている人間にも有効なものなのか」
「えぇ」カップの水面を見ていたユイが視線を上げてこちらを見た。
「貴女もその一人でしょう?」
……別に、私はセルナのことを嫌っていたわけではないのだが。……いや、一概にそうとも言えないか。普通ならば嫌いになってもおかしくはない出会いかたではあったのだから。
なのにそうならなかったのは、出会い頭にあいつに触れてしまったからだ。もちろん触れたくて触れたわけではない。そうなるようセルナに仕向けられたのだ。
その所為で私はセルナの根原色を視てしまった。
嫌うよりも先にあいつがどんな人間かを知ってしまった。
その結果がこれだ。
自分でも上手いことはめられたものだと思う。あれがなければ治療が面倒なマドリックの治療士なんて絶対に引き受けたりはしなかっただろうし、ここに来ることもなかったのだから。
……とまぁ、そうは思っていてもこんなこと口に出せるわけもなく。
ユイに話したところで変に絡んでくることはないだろうが、セルナに知られたら面倒くさい。たとえ本人がいなくとも、こいつに話したことはだいたいあいつに筒抜けなのだ。
だから私は、あからさまに話を逸らした。
「今年も神星属性の素養者はなしだな」
「そうですね」
何事もなかったかのようにユイが話に乗ってくる。変に追及してこないところはこいつの助かるところだ。
「神星魔道士の癒し手はまだ足りてるのか?」
「何とか。星王国は神家も多いですから。ですが、このままでは何れ、神家だけで補うことが難しくなる時がくるかもしれません」
「それならお前も、上から下世話なことを言われるだろ」
星教は他の小さな宗教とは違って、神に仕える人間に婚姻を禁止していない。
信仰する二神が夫婦神であるためだ。
ゆえに星教の最高指導者――星導師も世襲制を取っており、各国にも先祖代々、神に仕えている家柄、神家というものが存在している。
しかし近年、信仰の薄れによりその神家からも星教を離れる人間が出ていると聞く。
神家には癒し手や星還士の家系もあり、それらの人間が離れてしまうと、星教は安定して得られていた人材を失ってしまうことになる。ユイが神家で補うのが難しくなるかもしれないと言ったのはそのためだ。
だからこそ星教は神星属性の素養者――ユイのような人間を是が非でも取り入れたいと考える。
そのために一番、手っ取り早い方法は、こいつにまだ星教に忠実な神家――癒し手や星還士以外の家系――との縁談を振ることだ。
親が魔法の高素養者の場合、その子供には素養が受け継がれる可能性が高い。
長年続く魔道士の家系ならば高確率で、突発的に現れた高素養者なら半分の確率だ。
そして子供に魔法素養が引き継がれた場合、神家ならば自然に星教の人材になるというわけだ。
「若い頃は。今はもう言われませんよ」
淡く微笑んでユイが紅茶を飲んだ。
「へぇ。頭の硬い年寄りどもをどうやって黙らせた」
「次、同じことを仰ったら今期が終わり次第、修道女を辞めますと」
なかなかの脅し文句だ、と私は苦笑した。
基本的に教会で拾われ修道女になった孤児は、滅多な理由がない限り星教を離れることはできない。それは修道院に入る際にそういう契約をしているためだ。
だがユイは孤児ではない。家を出て自ら修道院に入ったのだ。その際に家からそれなりの寄付も星教に入れている。だから続けるも辞めるも本人の自由というわけだ。
しかし星教としては高位神星魔道士であり、星導師から色付き称号まで授けられている優秀な癒し手であるユイを手放したくあるわけがない。
だからそう言われては、歯がゆくも口をつぐむしかないのだろう。




