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少女と白の心  作者: 連星れん
後編

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大陸暦1976年――04 落ち込む理由2


「卒院すると、修道院を出るんです……」


 それはそうだろう。修道院は見習いを一人前の修道女に育成する場所だ。そこの教職員でもない限り、一人前になった奴が居続けられるわけがない。


 ……もしかして、修道院の生活が終わるのが寂しいのだろうか。


 そう考えて、なるほど、と思った。そうかもしれないなと。

 フラウリアから引き受けた記憶には、以前にあいつがいた修道院の記憶が丸々ある。

 その記憶の一部は心の壁の中、深層に仕舞われていたものだ。

 私の能力でも普通は――壁をおかすか心を開いてくれなければ――視ることができないそこに収められている記憶は、本能的にさらすべきではないと感じているものか、余程に大切なものかのどちらかになる。それは誰に教わったでもない、私が気づきから得たものだ。そしてフラウリアの場合は後者に間違いない。

 こいつは修道院での生活を大切に感じていた。

 衣食住に困ることのない、やっと手に入れた平穏な日常を掛け替えのないものだと思っていた。それはきっと今でも変わらないはずだ。たとえ記憶は失えど、フラウリアはフラウリアのままなのだから。


「そうなると……」


 フラウリアはそこで言葉を止めると、悲観に染まっていた表情をより一層、深めた。まるでそれを口にすることすらも辛いとでもいうように。


 こいつの記憶を持っている以上、その気持ちは理解できなくもない。

 だとしても、そこまで落ち込むほどのことだろうかと私は思った。


 何も卒院したからといって平穏な日々が終わりを告げるわけでもない。

 多くはないだろうが生活に困らないだけの給金が星教せいきょうから支払われるし、これからも安定した生活を送ることはできる。

 それでも生活環境は変わるし修道院のように賑やかな場所で暮らすこともなくなってしまうだろうが、癒し手ならば人と触れ合う機会も多いだろうし、友人とも星都せいとに配属されているのならば会えないこともないだろう。だから、そんなに落ち込むことはないと思うのだが……。

 いや、もしかしたら衝撃を受けすぎていて、そこまで考えが至っていないのかもしれない。

 それならば、フラウリアがそう言った時にそう諭せばいいか――。

 そうか、以外の返答が出来そうで内心、安心していると、やがて決心がついたのかフラウリアが続きを口にした。


「ここに、来られなくなります……」

「そうなったとしても――……え?」


 ……何か、予想と違った言葉が聞こえた気がしたんだが。


 フラウリアは伏せていた目を上げると、訴えかけるような目で私を見た。それから先ほどまでの力ない口調ではなく、今度ははっきりとそれを発音した。


「ですから、卒院するとここに来られなくなるんです」


 ……卒院したら、ここに来られなくなる……?

 ここに……?


「いや、ならないだろ」


 私は思ったことをそのまま口に出していた。

 それを聞いてフラウリアは不可思議そうに首を傾げる。


「でも、こうやって課題をお届けすることがなくなるのですよ……?」

「別に普通に来ればいいだろ」

「普通に……? お役目がなくとも、来てよろしいんですか……?」

「来たければな」


 私も卒院すればフラウリアが来ることはなくなると思っていたが、本人が来たいというのならば話は別だ。それを止める理由はない。そもそも役目がある見習いしか出入りしてはいけないという決まりがあるわけでもあるまいし、今でも卒院生ではないにしても好き勝手やってくる人間は何人かいるのだ。それが一人ぐらい増えたところで、どうということはない。

 フラウリアは呆然とした様子で瞬きをしている。どうやらまだ私が言ったことが飲み込めていないらしい。もしくは飲み込んでいる最中か。

 その様子を特に何も考えずに見ていると、やがてフラウリアの口許と頬をあがった。


「それでしたら安心しました」


 先ほどまでの落ち込みようが嘘のような、晴れ晴れとした笑顔だった。


「今日は遅くなってしまったので、残念ですがこれで失礼します。ではまた週末に」

「あぁ」


 フラウリアは礼をすると、来たときとはうって変わって慌ただしく楽しげに去って行った。

 その気配が遠のいてから、私は大きく息をはく。


 ……全く、深刻な顔をしているから何事かと思えば……。

 ここに来られなくなるぐらいで何とも大げさな奴だ。

 だいたい、ここに来られなくなることが何だというんだ。

 ここに来たって何があるわけでもあるまいし。

 何かするにしても、ただ私と話しをするぐらいではないか。

 私と――。

 ――……?

 それは、つまり、あれか……?

 私に会えなくなることが嫌だったということか……?

 一人前になるよりも……?

 友人と離れるよりも……?

 あんなに、落ち込むぐらいに……?


 そのことに今さら気がついて、どことなくむず痒い気持ちになった私は、思わず首筋を掻いた。


 ――課題だ。課題の採点でもしよう。


 まるで何かを誤魔化すようにそう思うと、ペンを手に取った。



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