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少女と白の心  作者: 連星れん
後編
80/198

大陸暦1975年――03 見舞い1


 部屋の扉を開けると、むわっ、とした熱気が出迎えた。次いで暖かな空気が室内から外へと流れ出てくる。

 私は中に入り音を立てないように扉を閉めると、室内を見た。

 そう広くない室内には診察机と椅子、その隣には本やら書類やらが収められた棚、そして奥にはフラウリアが寝ているベッドがある。暖炉のように熱を生み出すようなものは何一つない。


 それでも部屋が暖かいのは、魔法が使われているからだ。


 私は感覚を研ぎ澄まして室内を改めて視る。この部屋には今、火粒子エリュセスと、そして病人の喉を乾燥させないためのものだろう水粒子スリュウスが活性化されている。ユイは生粋の神星しんしょう魔道士なので、この魔法は四行魔法を扱える他の修道女によるものだろう。

 先ほど、フラウリアの場所が分からなかったのもこの魔法の所為だった。

 そもそも人の気配を視るという行為は、人の体内にある粒子を感じ取る行為だ。

 そして粒子は、魔法を発現させるのに必要不可欠なものでもある。体内に存在する粒子を使い、大気に存在する粒子に働きかけて様々な現象を発現させるのが魔法だ。

 そのため、魔法によって大気の粒子が活性化されていると、そこにいる人間の粒子はそれに紛れてしまい視えにくくなってしまう。それに加えて今、修道院内で粒子が活性化しているのはこの部屋だけではない。その中から人ひとり、しかも熱で弱っている人間を探すのは至難の業だった。


 それでも、どうにかして探し出そうと集中していた時に戻ってきたのが、フラウリアと同室であるアルバだった。


 あいつが一人で戻ってきたことは幸運だった。

 フラウリアの行方を訊くなら同室であるアルバが最適であったし、それに、あいつなら私がここに来ていたことを面白半分に言い触らすこともない。他の見習いならともかく、アルバの性格はよく知っている。あいつを気に入っている、どこぞのやかましい殿下さんに聞かされて。


 私は足音を立てないよう気をつけながらベットに近づいた。ベッドの上にはフラウリアが寝ている。目を閉じて、小さな寝息を立てている。

 その顔を見て今日一日、空に浮いていたような気持ちが落ち着くのを感じた。

 今日見るはずだった顔がやっと見られて、安心、しているのだろうか。……らしくないことだ。

 私はベッド傍らに置いてある、背もたれのない簡素な椅子に腰掛けると、寝ているフラウリアを見た。

 汗が浮かんでいる顔は赤く、見ただけでもまだ熱が下がっていないのが分かる。呼吸は短く浅いが、苦しそうにしている様子はない。呼吸器官の通りは悪くなさそうだ。

 続けて額へと目が行く。そこにはタオルが乗せられており、ベッド脇のサイドテーブル上には氷水が入ったタライが置かれている。

 私は両手にはめている手袋を取ってポケットに入れると、額に乗せられたタオルに軽く触れた。私の能力は素手でも布越しでも関係はないが、布越しならすぐに視えることはない。それでも私は確認だけすると、すぐに手を離した。タオルから指先に感じた温度は、温かいものだった。

 水に浸け直すか、と椅子から立ち上がってタオルを摘まみ取る。と、その時、フラウリアの眉が、ぴくっ、と動いた。

 それからゆっくりと瞼が開く。朧気な瞳が横に動くと私を見咎めた。


「……ベリト、さま……?」


 何と言うべきか迷って咄嗟に返事が出来ないでいると、フラウリアが続けて言った。


「夢でも……見てるんでしょうか」

「夢に私は出ないだろ」


 それには思わず、突っ込みを入れてしまう。


「そんなことは……」


 そこでぼんやりとしていたフラウリアの目に意思が宿った。そして驚くように目が見開かれる。


「ほんもの……ですか」


 私なんかの偽物はいないだろう、と少しおかしく感じながら頷く。


「あぁ」

「どうして」


 ここに、とでも言うようにフラウリアが見てくる。

 どうして、か。

 全く、本当に、どうしてだろうなと自分でも思う。

 私がこんな行動を取るなんて。

 しかも、よりにもよって雪が降る日に。


 今日、雪が降り始めたあと、私は何もする気が起きなかった。

 仕事をしようとペンを持ったり、何か読もうと本を開いてみたりはしたものの、結局は何も手が付かず、そのままぼんやりとしていたらいつの間にか日が落ちていた。

 そのことに気がついたのは、使用人に夕食の準備ができた――昼食は滅多に食べないので本当に夕食だ――と呼ばれた時だった。

 何だか気だるく感じながらも夕食を摂っていたら「雪が本降りになってきましたから、家のカーテンは閉めときました」と使用人に報告された。私は雪が降り出した時点で仕事部屋のカーテンを閉め切っていたので、本降りになっていたことさえも気づいていなかった。続けて使用人は「今日のは積もるかもしれませんので、早めに上がらせて頂きます」と言った。


 それを聞いて、今日は自室に閉じこもって早く寝ようと思った。


 本来ならセルナの治療士として、あいつが負傷した時のために夜も待機しておかなければならないのだが、今日はこんな悪天候だ。わざわざ視界が悪い日にセルナが部隊を動かすことはないだろうし、事前の知らせにもそういう予定は入っていない。それに寝たところでどうせ夜中には目が覚める。だから問題はない。

 そう考えて食後すぐに風呂に入ると、早々に自室へと戻った。


 だというのに、使用人が帰ったあと何故か私は身支度をして家を出ていた。


 外は使用人が言っていた通り、大雪だった。

 景色は真っ白で、地面にはもう薄らと雪が積もり始めている。身に付けている黒い外套に降ってきた雪を払っても、次から次へと白い雪が付着してくる。


 それを見ながら、こんな日に外に出るなんてどうかしてると思った。


 壁近へきちかに住んでいたころから頑なに雪の日には外に出なかったというのに、自分はいったい何をしているのかと。

 それでも外に出て、雪が降る中に立って、思った。


 ――そうか。


 私は自由なんだと。

 部屋の中でしか生きることを許されていなかったあの頃とは違うのだと。

 いつでも、たとえ雪の日でも。

 もう、私を縛るものはない。

 私は自分の意思で外に出ることができる。


 だから――行こうと思った。


 会いに行こうと――。


 ――そう、私はフラウリアに会いに来たのだ。

 どうしてと訊かれれば、それが答えなのだろう。

 それでも、私は不思議でならなかった。

 こんな行動を取った自分が、理解できなかった。



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