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少女と白の心  作者: 連星れん
後編

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大陸暦1975年――03 風邪


 出入口の扉が開かれ扉上の鈴が、リンリン、と音を立てる。

 部屋に入ってきたのはユイだった。


「お疲れ様です」


 いつもの控えめな微笑みを浮かべて挨拶をしてきた彼女を見ながら、思う。

 授業に合流するのは来年からと言ったよな、と。

 いや、もしかしたらそう考えただけで、来年という言葉は口に出していないかもしれない。もう授業に合流できるなと、簡潔に言ったような気がしないでもない。それで次回から――今日からだと誤解したのか。しかし、それなら今までありがとうございましたとか、あいつなら言ってきそうな気もする。いや、そもそもあちらで授業を受けるようになっても、課題を持ってくるのは変わらずあいつの役目のはずだ。今ユイの手元に持たれているのは、どう見ても課題だ。遠目だが間違いない。セルナほどではないにしても視力はいいのだ。他の学年の課題ならばこいつが持ってくることもあるが、それは決して今日ではない。それに枚数からしても普段、フラウリアが持ってくる五年生のものだろうと思う。

 それならなんでユイが――……と怪訝に思っていると。


「無言で迎えられると反応に困るのですが」


 とユイが微かに眉を寄せた。そう言われて何も言葉を返していなかったことに気づく。まぁ、返したところで『あぁ』ぐらいのものなのだが。

 そんな返事を今さらする気にはならなかったので、私はユイの言葉を受け流すように視線を外した。すると彼女は諦めたかのように息を吐くと、こちらに近づいてきて手元の課題を差し出した。


「課題を持って参りました」 


 執務椅子から腰を浮かしそれを受け取る。見るとやはり五年生のものだ。他の学年のものではない。どういうことだ、とユイを見るも彼女は涼しい顔で見返してくるだけで、何故、自分がこれを持ってきたのかについては何も説明してこない。

 不可解に思いながらも私は椅子に座り直すと、課題に目を向けた。しかし、それは本当にただ見ているだけで、頭の中はどうしてフラウリアが来ないのかという疑問で埋め尽くされている。

 この状況に居心地の悪さを感じながらそれでも課題を見ている振りをしていると、やがてユイが「ベリト」と名を呼んできた。

 やっと話す気になったのかと、しかし、それを気取られたくなくて何気ない様子で視線を上げる。


「なんだ」

「お節介なことを言いますが、貴女はもう少し思ったことを口に出されたほうがいいですよ。私やルナはそれなりに長い付き合いですので貴女の言わんとすることが分かりますが、あの子までそうとは限りませんから」


 そう言うだけ言ってユイはまた口をつぐんだ。そして無言でこちらを見てくる。どうやら意地でもあちらから話すつもりはないらしい。

 ……いったい何なんだ。普段なら訊かずとも勝手に話しをしてくる癖に、何で今日に限って口が硬い。しかも、それがどうでもいいことならまだしも、何でよりにもよってフラウリアのことなんだ。

 そのことに苛立ちを感じたが、こいつと根競べできるほど自分の気が長くないことを自覚していた私は、仕方なくため息交じりに訊いた。


「あいつはどうした」

「風邪を引いたので休ませています」


 それまで頑なに口を閉じていたのが嘘かのように、さらりとユイは答えた。……て、今なんて言った。風邪だ?


「大丈夫なのか」


 全く予想だにもしていなかった答えに、思わず食いつくように訊いてしまう。


「高熱と少し咳が出ていますが喉は腫れていませんので、数日、寝ていれば治ると思います。まぁ、あの子が快復してから色々ありましたから、疲れも出たのかもしれません」


 そうユイは答えると、もう用は済んだとでもいうように「それでは」と挨拶を残してさっさと帰っていった。

 気配が離れるのを確認してから、私は息を吐く。


 ……なんだ風邪か。


 いや、もちろん風邪も馬鹿にはできない病だ。拗らせたら普通に命を落とす。壁近へきちかでも年間に何人もの人間が風邪で死んでいた。

 ……なんか縁起でもないことを考えてしまったが、フラウリアにはユイが付いているので心配はないだろう。

 あいつが来ない理由が分かって何だか気が抜けた私は、執務椅子の背にもたれかかった。そして天井を見る。


 思えば私がフラウリアの勉強を見るようになって授業の日にあいつが来ないのは――あの事件の日を除いて――今日が初めてだ。


 だからか、変に気持ちが落ち着かない。

 何というか、いつも起こるべきことが起こらない気持ち悪さというか、手持ち無沙汰というか。

 ……不思議なものだなと思う。そんな気持ちになるだなんて。

 いつもは一人でいることが当り前だというのに。それがこちらに移り住んでから七年、私の日常であるのに。むしろ、フラウリアと二人でいることのほうが非日常だとも言えるのに。……いや、それももう当り前になっているのか。

 週に二回、あいつに会うことが――。


 ふいに、この状況に既視感を覚えた。


 続けて脳裏に記憶が蘇る。


 故郷にいた――部屋に閉じ込められていた時のことが。

 月に一度、父が来るはずの日に急な来客で来れなくなったあの日のことを。

 まだ、父の本心を知らなかった私は、人並みに寂しさを感じていた。

 会えるはずだったのに、会いたかったのに、父は来てくれない。

 会いに行きたいと思っても、行きたくても、自分にはその権利がない。

 許可なく人前に出ることも、部屋から出ることさえもできない。

 だからその寂しさをどうにかしたくともどうすることも出来なくて、だからといってそれを紛らわすために何かをする気も起きなくて、私は暖炉近くのソファに座って窓から外を眺めていた。

 降り続ける雪を一日中、ずっとずっと眺め続けていた……。


 パチパチ、と薪がはじける音が耳に入ってきた。

 それで記憶から戻された私は、息を吐きながら天井から視線を下ろす。すると途中、視界の端にチラチラと白いものが映った。

 左側――窓に目を向けると、外にはいつの間にか雪が降り始めている。


 ……どうりで、嫌なことを思い出すわけだ。


 そう私は吐き捨てるように思うと、立ち上がって窓に近づきカーテンを閉めた。



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