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少女と白の心  作者: 連星れん
後編

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大陸暦1975年――02 油断


 ……なるほど。あれは我慢の限界の顔だったのか。


 自宅の出入口そばの壁に背を預けたまま、私はため息をついた。

 続いて両手を上着の腰ポケットに入れる。寒かったからではない。こうしている時にいつもする行為をしないからか、手が所在なさげに感じたからだ。

 そのまま辺りを見回す。家の前の通りには人の姿はない。だが、右方向、花屋の方から知った気配を感じ取る。それに気づいて私はまた、ため息をついた。

 そいつは足音もさせず――ブーツと足具に施されている消音の魔紋様の効果だ――こちらに真っ直ぐ歩いてくる。


「不機嫌そうね」


 そして、お決まりの台詞をかけてきた。

 視線だけを動かし声の主を見る。そこには年齢のわりには童顔で、少女のような笑顔を浮かべるイルセルナの姿があった。


「この顔はもとからだ」

「あら、自覚する日が来るなんて、明日は雪かしら」


 セルナは楽しそうに言いながら横に並ぶと、空を見上げた。つい釣られて私も空を見てしまう。冬期に入りたての少し薄くなった青色がそこには広がっている。


「お前もよく来るな。暇なのか」


 目を細めて空を見ているセルナに、私は嫌みを言ってやった。

 彼女はこちらに顔を向けると、形ばかりの憤慨した様子を見せる。


「失礼ね。忙しい合間を縫って会いに来てあげてるのに」

「ほとんどユイの所に行くついでだろ」


 そう返すとセルナは上体を曲げて、こちらをのぞき込むように見て微笑んだ。


「二番手でも嬉しいでしょう?」

「別に」

「あら、可愛くない」


 何が楽しいのかセルナは、ふふっ、と笑うと続けて訊いてきた。


「で、タバコも吸わずに何をしてるの?」


 そう、今までの私なら外でこうしている時には必ずタバコを吸っていた。それを今していないのは、別にタバコを切らしているからではない。喫煙をやめようと思っているからだ。

 だが、それをこいつに教えた日には、いらん勘ぐりを入れてくるのは分かりきっている。それはもう楽しそうにつついてくるのが目に見える。だから今はまだ黙っておくことにした。……まぁ、どうせ話さなくても何れはバレるだろうし。


「掃除するって追い出された」


 実際は『ベリト様は休憩でもなさっててください』と言われたのだが、意味合いは同じだろう。

 だが、この返答でもセルナにとってはいじるネタになることには変わりなかった。彼女はすぐに目の奥を光らすと、にやにや、と憎たらしい笑みを浮かべてくる。そして、これ今だとでもいうようにつついてきた。


「へぇ、今まで誰が何を言っても掃除させなかったのに、フラウリアなら許しちゃうんだー」


 それはあいつが掃除をしたいと引かなかったから――そう反論しかけて、私はそれを、ぐっ、と飲み込んだ。あいつに押し負けただなんて言ってしまったら、それこそこいつに余計な餌を与えてしまう。だからといって適当にあしらう言葉も見つからない。

 口をつぐんでしまった私をセルナは憎たらしい笑顔で眺めていたが、やがて満足したのか平常の表情に戻して言った。


「まぁ、何はともあれいい機会にはなったんじゃない? ほら、あんまり埃っぽいとあの子の体にも悪いだろうし」


 ……それを言われてはもう、それこそ何も反論できない。


「仕方がないからその間、お姉さんが相手をしてあげましょう」


 ふふん、と得意げに鼻を鳴らして、セルナが片方の口端を上げる。


「いらんお世話だ。というか四つ上なだけで姉ぶるな」


 だいたいこいつと並んでると、私の方が年上に見られることが多いというのに……私が老けているからでは、ない。こいつが若いのだ。

 それはセルナが単に童顔というわけではない。星王家せいおうけ、特有の特徴だ。

 神星魔法の始祖である星王家せいおうけの祖先は、人間と精霊族との混血だったと伝えられている。

 精霊族はエルフ族の祖先――直接的な血の繋がりはないが――であり、絶大な魔力と不死に近い寿命を持つ種族だった。しかし、大昔の大戦で絶滅してしまい、今ではその血を引き継ぐのは星王家せいおうけと王家に連なるものだけだと言われている。

 その血も長い年月、人間と交配を繰り返したことで大分薄れてしまっているだろうが、それでも精霊族特有の性質は今でも脈々と受け継がれている。

 星王家せいおうけの人間が魔法素養が高いのも、成長が一定年齢で緩やかになるのもその影響だ。特に女性にその傾向が強く現れるという。

 セルナも七年前に出会った時からあまり姿形が変わっていないように思う。ぱっと見でも十代(なか)ほどか後半にしか見えない。

 まぁ、それでもフラウリアと並ぶと流石に同年代に見えないのは、中身の経験によるものなのだろう。こんなのでも伊達に二十七年は生きていない。


「一つでも四つでもお姉さんはお姉さんじゃない」

「私より背が低いのにか」

「背は関係ないでしょ」


 セルナが不服そうに口を尖らす。背のことはこいつが突かれたくないことの一つだ。決して低身長なわけではないが、ユイより低いことが嫌らしい。こういう所は子供っぽい。

 お父様とお母様は長身なのにどうして似なかったのかしらとか、まだ成長するかもしれないしとか、何やらぶつぶつと愚痴っていたセルナだったが、やがて唐突に「あ」と声を上げるとこちらを見た。


「そうそう、あの子には全部話したから」


 全部、というのは、まぁ全部なのだろう。


「そうか」

「あら、淡白な反応。もしかしてもう知ってた?」

「……いや」


 セルナが話したことは知らない。……だが、あの時、抱きしめられたあの時、伝わってきた感情で何となく理解した。

 あいつは私が記憶を引き受けたことに気づいていたと。

 私の反応を不思議がるようにセルナは、ふーん、と鼻を鳴らす。


「それにしても、もうあの事まで話していたなんて意外だったわ」


 ……あの事? 


「何のことだ」

「何のことってほら」セルナはひとさし指を立てると、それを仕事部屋へと傾けた。「あの部屋、例の記録とか書きかけのものとかも置いてあるでしょ?」


 例の記録――…………。


「――!」


 私は壁から背を離すと、仕事部屋へと駆け込んだ。

 扉が勢いよく開かれたことに驚くように、フラウリアが、ばっ、とこちらに振り返る。

 作業机の前に立つ彼女のその手には、数枚の書類が持たれている。


「ベ、ベリト様」


 フラウリアの口が動揺するように、わなわな、と震えている。


「すみません。その、勝手に読むつもりはなくて、ただ、目に入ってしまって」


 どう声をかけるか迷っていると「あらー」と背後から白々しい気の抜けた声がした。肩越しに振り返ってみれば、セルナが体を斜めにして室内をのぞき込んでいる。


「ルナ様……!」


 フラウリアの顔が一瞬で蒼白になった。

 セルナは私の横をすり抜けて中に入ると、フラウリアの持っていた書類を、ひょい、と奪い取った。そして書類を一瞥してからこちらを見る。


「これはーどういうことですかなー」


 それはいかにもな棒読みだったが、それでも素直なフラウリアは、あわあわ、と慌て出す。


「ルナ様。その、確かに解剖は、違法ではありますが、でも、何か理由があってのことだと思うのです。だからどうか、ベリト様のお話を――」

「ですって。弁明はございますか治療士殿?」


 したり顔で微笑むセルナに、私は大きくため息をついた。



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