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少女と白の心  作者: 連星れん
後編

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大陸暦1975年――01 いつの日か1


「痛くはありませんか?」


 少女の細く、それでもしっかりと筋肉がついた下肢部分を指圧しながら私は訊いた。

 ベッドに上体を起こしている少女――ナナさんは小さく首を振る。


「違和感などもありませんか? 時よりチクチクするとか、ズキッと痛みが走るとか」


 ナナさんは私の横に立つ少年を上目遣いで見た。彼女のお兄さんである少年――カイさんはそんな妹に苦笑を漏らすと腰に手を当てて言った。


「自分のことなんだから自分で言わなきゃ」


 決して突き放すことのない、優しく諭すような口調だった。

 それでもナナさんはお兄さんから視線を外すと、そのまま俯いてしまった。彼女は人見知りなのだ。何度か会っている私も、未だにまともな言葉を彼女の口から聞いたことがない。

 ナナさんは俯いたまま口を閉ざしている。私はどうしたものかと、横に立つカイさんを見上げる。彼は私の視線に気づくと、苦笑を浮かべたまま小さく首を振った。それだけでも『待ってあげてほしい』と言っているのが分かった。

 そういうことならと私は待った。ナナさんはしばらく落ち着かない様子を見せていたけれど、やがて遠慮がちにこちらを見ると口を開いた。


「……たまに、なかが、かゆい」


 可愛らしい声が聞けて、私は思わず頬がゆるむ。


「そうですか。それは骨折した際に傷ついた周りの組織を治したことによって生じている痒みだと思います」


 そう伝えると、ナナさんは、ほんの少し首を傾げた。それで言葉が難しすぎたのだと気づく。


「ええと、つまりは痒いのはよくなっている証拠だということです。もう少しでこれまで通り、走り回れるようになれますよ」


 それを聞いてナナさんはまた俯いてしまった。どうしたのだろうか、何かいけないことを言ってしまっただろうか、と心配になっていると、彼女は俯いたまま上目遣いでこちらを見た。


「なおしてくれて、ありが、とう」


 ぎこちなくそう口にすると、ナナさんはまた視線を下げてしまった。そんな彼女の耳は熟したトマトのように赤くなっている。おそらく持てる勇気を振り絞ってそれを伝えてくれたのだろう。

 彼女のその気持ちに私の胸は温かくなった。人に感謝をされるためにしたことではないけれど、それでもやはり気持ちを頂けるということは嬉しいものだ。

 嬉しさそのままに、私はカイさんを見上げる。彼は私に笑い返してくれると、ナナさんに「よく言えたな。偉いぞ」と褒めながら頭を撫でた。




 部屋を出てすぐ、私は右に顔を向けた。そこには私達が部屋に入った時と変わらず壁に寄りかかり、いつもの仏頂面を浮かべて腕を組んでいるベリト様がいる。


「痒みがあるぐらいで、あとは問題ないようです」


 横目でこちらを見やった彼女に報告をする。


「それなら修復痕しゅうふくこんは上手く馴染んだのだろう。初めてにしては上出来だ」


 ベリト様は表情そのままに、さり気なしに褒めてくれた。それだけでも私は嬉しくて頬が上がってしまう。

 彼女は壁から背を離すと歩き出した。私とカイさんもその後に続く。


「フラウリア姉ちゃん。昨日のことは本当にごめんな」


 家の出入口まで来たところで、後ろにいたカイさんがそう言ってきた。

 振り返ると、彼は申し訳なさそうな顔をしてこちらを見上げている。そういえばナナさんの元へ案内してもらっている時も、彼はこちらをうかがいながら似たような表情を浮かべていた。おそらくその時から謝罪する機会をうかがっていたのだろう。


「怪我までして、謝って済まされることじゃないとは思うんだけど……」

「気にしないでください。私も悪かったのですから」

「ううん。おれが悪いんだ。人の言うことを簡単に信じちゃったおれが」


 カイさんは俯くと、自責の念に苛まれるかのように、ぎゅっ、と口元を閉めた。


「そんなこと仰らないでください」屈んで彼の顔を見る。「私は貴方が人を助けようとした気持ちが間違っているとは思いません」

「でも、誰かを助けようとしても、また騙されるかも……」

「そうならないためにも、状況の見極め、というものが大事なんだと思います」


 見極め、とカイさんが視線を上げる。


「はい。今回の場合ですと、たとえ大人に話しては駄目と言われたとしても、やはり信頼できる大人に相談するべきだったのだと思います。もちろん、それは貴方だけに言えることではありません。私も同じです」


 そう、今回のことは少なくともカイさんより年上の自分がそうするべきだった。

 彼に頼まれたあの時、状況に流されることなく大人に、ユイ先生に相談するべきだったのだ。

 だというのに私は、自分一人の判断だけで動いてしまった。

 彼に私と同じ思いをしてほしくなくて、彼の人を助けたいという気持ちを守ってあげたくて、つい感情に任せて動いてしまった。

 それで彼等に捕まったのも、怪我を負ってしまったのも、全て自分の行動がもたらした結果だ。カイさんには全く非なんてない。それどころか彼は被害者とも言える。私の私情に巻き込まれ、その所為で危うく命を狙われるところだったのだから。

 そのことについてはカイさんを怖がらせたくないので流石に話すつもりはないけれど、それでも私が悪いのだと主張したら、彼は先ほどのように否定してくるだろう。自分が悪いのだと、責任感の強い彼ならそう言い張ってくるだろう。それでは押問答になってしまう。

 だから私はそれを口にするのは我慢し、そして、その上で彼に納得してもらえるよう話を続けた。


「今回、心ない人達が貴方の優しい気持ちを利用してしまったのは紛れもない事実です。そして、それはまた起こりえることでもあります。悲しいことですが、世の中には確かにそういう悪意が存在していますから。ですが、その中には本当に助けを求めている人もいます。困っている人もいるのです」


 こちらを見るカイさんの瞳は、心の中を映し出すかのように揺れていた。私はそんな彼の右手を取ると両手で包みこむ。


「カイさん。今回のことで貴方が人を信じることに疑いをいだいてしまったその気持ちはよく分かります。けれど、それでもどうか人を助けることを、人を信じることを悪いことだなんて思わないでください。そして、もしそう思ってくださるのなら今度は状況を見極めた上で、また困っている人に手を差し伸べてあげてください。そうすることで全てを助けられると言うことはできませんが、それでも行動し続ければいつの日かきっと、貴方に救われる人が現れます」

「姉ちゃん……」


 カイさんは私から視線を下ろすと、何かを考えるように口をつぐんだ。それから少しして小さく頷くと、私を見上げる。


「分かった。今度からは人を助けるにしてもよく考えるよ。大人にも相談する」


 そう言って彼は笑顔を浮かべた。

 迷いが晴れた、真っ直ぐで力強い笑顔だった。

 その顔を見て、私は心が軽くなる。

 カイさんにとって今回のことは、大人に騙されてしまった出来事は、どうしても彼の中に苦い経験として残り続けてしまうだろう。そのことは本当に申し訳なく思っている。私が巻き込んでしまったばかりに、そんな心の傷を負わせてしまったことを。

 だけど、それでもカイさんは私の言葉を受け入れてくれた。

 傷つき迷いながらも、前を向くことを選んでくれた。

 そんな彼ならばきっと、これからもその優しい気持ちを持ち続けてくれることだろう。

 誰かが困っていてもまた、助けようとしてくれるだろう。

 今回のことを教訓にして、決して無謀なことはせず、より良い方法で。

 私はカイさんに微笑み返して頷いた。

 彼はそれに応えるように、にっ、と笑うと、体を横に曲げて私の後ろを覗いた。


「黒い姉ちゃんもごめんな」


 私は背後を見る。ベリト様は珍しく面を喰らったように目を見開いていた。自分にまで謝罪されるなんて想像だにしていなかったのだろう。

 それは私も同じだった。彼女が私を探すためにカイさんと接触していたことだけはユイ先生から聞き知っていたけれど、その時に何かあったのだろうか。



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