白光
黒い影は少女に差し伸べた手を引っ込めなかった。
いつまでもいつまでも少女に向けて、手を差し伸べていた。
それでも少女は頭を振った。
ここから動かないと、何度も何度も頭を振った。
すると黒い影は低くなって少女を見た。
少女はそれと目が合った気がした。
黒いだけで目がどこにあるのか分からないのに、確かにそう感じた。
――大丈夫だ。
それを黒い影が言ったのだと少女が気づくのに、時間はかからなかった。
――お前を傷つける記憶はもう無い。
黒い影は回りを見るように、黒い楕円を動かした。
少女も誘導されるように回りを見る。
周囲にはいつのまにか、少女を囲っていた黒い霧の姿がなかった。
それだけではない。
白い世界に走っていた亀裂もなくなっていた。
あれだけ感じていた胸の痛みも。
あれだけ流れていた涙も止まっていた。
――だから行こう。
黒い影は立ち上がり、再度、手を差し伸べた。
――フラウリア。
名を呼ばれて、少女は無意識的にその手を取る。
黒い影に引かれて立ち上がる。
それは見上げるほどに高かった。
その手はとても温かかった。
黒い手を握りしめて歩き出す。
白い世界には何もなかった。
ここには何かがあった。
でも、それが何だったのかはもう少女には分からない。
分からないから寂しくもない。
分からないから悲しくもない。
だから少女は気にせず歩いた。
元通りになった白い世界を見ながら歩いた。
そうしていると、やがて彼方に光が見えた。
そこが目的地なのかと、少女は黒い影を見上げる。
するといつの間にか、見上げるほどに高かった黒い影が低くなっていた。
気づくと少女はもう、幼い子供ではなくなっていた。
光に近づくと、黒い影の曖昧だった輪郭が鮮明になっていく。
黒だった部分に色が現れ、人の形を帯びていく。
その人は、星のような瞳でこちらを見ると微笑んだ。
ぎこちない、だけど泣きたくなるほどに優しい顔で。
その瞬間、黒い影は少女の中の光となった――。




