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少女と白の心  作者: 連星れん
前編

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62/203

大陸暦1975年――12 触れる心1


「あぁぁぁ!!!」


 目の前で繰り広げられている痛ましい光景と悲痛な叫びに、私は思わず顔ごと視線を逸らしてしまう。

 だけど目を背けている場合ではないと、覚悟を決めて再び前を見る。

 そこには仰向けに倒れている赤毛の男性と、その彼を踏みつけているベリト様がいる。


「ベリト様……! やめてください……!」


 彼女に呼びかける。

 先ほどから呼びかけている。

 何度も何度も彼女の名を呼んでいる。

 だけど、ベリト様は全く聞いてくださらない。

 まるで私の声が聞こえていないかのように、赤毛の男性を痛めつけるのをめようとしない。

 彼女は怒っていた。

 先日のように、私に向けて怒るのとはわけが違う。

 これまで見たことがないぐらいに、彼女の目は怒りに染まっていた。


「あがぁっ!!」


 ベリト様が赤毛の男性に刺さったナイフを容赦なく踏みつける。彼の身体には、ナイフが何本も突き刺さっている。まとにされるかのように彼女に投げられたナイフが何本も――。

 私には分からない。どうしてベリト様がこんな怖ろしいことをするのか、どうしてここまで怒っているのか分からない。

 金髪の男性に触れた時に何か視てしまったのだろうか。それで彼等がしてきたことに対して怒りを感じているのだろうか。

 それとも私の所為なのだろうか。私が彼等に捕まりなどしてしまったから。


「あぁああ!!!」


 一際、大きな悲鳴に私は、はっ、とする。

 このままではいけない。早く彼女をめないと――そう思い、めてしまっていた呼びかけを再開する。


「ベリト様……!」


 精一杯、声を張り上げる。


「やめてください……! ベリト様……!」


 先ほどから叫び続けている所為で、声はすっかりかすれている。心なしか呼吸も苦しい。それでも赤毛の男性の声に掻き消されないよう必死に叫ぶ。


「ベリト様……!」


 全身全霊を込めて彼女に呼びかける。


「ベリト様……! ベリ――っ」


 突然、後頭部に強い痛みが走った。

 眩暈に襲われ、回りの音が急速に遠のいていく。

 身体がふらつき、前に倒れそうになる。

 それでも上半身に力を入れて、何とか前のめりでとどめた。

 視界には自分の白い修道着だけが映っていた。その白がぼやけている。視界が霞んでいるのだ。私は何度か瞬きをして焦点を合わせようとする。

 すると、ふいに白に色が滲んだ。

 ……赤だ。赤色が白い生地に滲み、小さな円を作っている。

 どうやらそれは前のめりになったことにより、後頭部からこめかみを伝って滴り落ちているらしい。

 やはり予想していた通り、後頭部の怪我はただの打撲ではないようだ。確実に外側に損傷を受けている。強い痛みも眩暈もそのためだろう。出血量は多くはないようだけれど、あまりよくない状況ではあるのかもしれない。

 だとしても、ここで倒れてしまうわけにはいかない。

 そうなってしまったら、彼女を止める人がいなくなってしまう。

 あのような状態のベリト様を放って倒れるわけにはいかない――。

 そう決意した矢先だった。

 遠くに聞こえていた男性の悲鳴が止んだ。次いで声がする。


「フラウリア……!」


 その声に、私の心は一瞬で安堵に包まれた。

 それが呼び水になったかのように、遠のいていた周囲の音が戻ってくる。視界のぼやけも和らぎ、私はうなだれている頭を上げようとする。だけど頭が想像以上に重い。後頭部の痛みも続いている。それでも彼女の顔が見たくて必死に持ち上げると、視界に駆け寄ってくるベリト様が映った。


「殴られたのか」


 私の前に片膝をつき心配げに眉を寄せるその顔は、それでもいつものベリト様だった。

 私はさらなる安堵を覚えながらも、その問いには答えなかった。それを言ってしまっては、また赤毛の男性に矛先が向いてしまうかもしれないと思ったから。


「意識はぐらつくか? 痛みは強いか?」


 ベリト様は私の後頭部を覗き込むように見る。頭に手を伸ばそうとはするけれど、やはり視てしまうことへの遠慮があるのか触れたりはしない。


「……痛みが、少しだけ」


 本当は少しどころの話ではないのだけれど、それも言わなかった。

 彼女は何度か小さく頷きながら「そうか」と呟くと続けた。


「治療してやりたいが、ここでは邪魔が入る可能性がある。悪いがここを離れるまで我慢してくれ」


 頷くと、彼女は「待ってろ」と言って私の後ろに回り込んだ。背後からは、カチャカチャ、と音がする。枷を外そうとしてくれているようだ。

 私はそれを待ちながら、部屋に倒れている二人の男性を見た。

 金髪の男性はベリト様が触れてからは微動だにしていない。気絶しているのか、それとも……死んでいるのかはここからでは判断がつかない。赤毛の男性もあれだけ声を上げていたのに、今はぴくりとも動かなくなっていた。


「彼等は、生きているのですか……?」

「……お前が気にすることじゃない」


 ガチャリ、という音と共に手首が軽くなった。枷が外れて落ちたのだ。

 私は自由になった手を前に持ってきて手首を改める。手首は赤くなっていた。意識がなかった時のことか、起きてからかは分からないけれど、知らずうちに枷の金属と皮膚が擦れてしまっていたらしい。少し血も滲んでいたけれど、痛みは感じなかった。おそらく頭の痛みのほうが強い所為だろう。

 私は手首をさすりながら、再度二人の男性に目を向けた。


「ですが助かるのでしたら手当てをし――」

「お前は……!」


 強く遮られて、びくっ、と反射的に身体が跳ねた。

 私は横にいるベリト様を見る。彼女は険しい顔で眉を吊り上げている。


「お前は状況が分かっているのか! あいつらがお前に何をするつもりだったのか、私がもう少し遅く着いていたらどうなっていたのか、分かってるのか……!」

「それは……分かっています」


 ベリト様が来てくださらなければ彼等に好きなようにされていただろうことも、最後は殺されていただろうことも、分かっている。


「それならなんで、そんな奴らにまでお前は気にかける……!?」

「生きて、罪を償うべきだと思うからです」


 憤った様子のベリト様に、私ははっきりとそう口にした。


「償う……だと」


 彼女は眼を見開いた。信じられないものを見るかのような目つきで私を見ている。


「何人も、これまで何人も殺してきたのにか」

「はい」

「それもただ殺しただけじゃない。こいつらは――」


 言い淀んでいる彼女に、私は「それでも」と継ぐ。


「彼等がこれまでどれだけのことをしてきたとしても、それがたとえ死罪にあたるのだとしても、それを裁くのは国であり法です。貴女ではない」


 先ほど、ベリト様が怒っていたのには、彼等の記憶を視たことや私が捕まったことも少なからず関係しているのだろうと思う。

 だけど、赤毛の男性にあれだけの仕打ちをしてしまうぐらいの怒り駆られてしまっていたのには、それ以上に強い理由があるように思えてならない。そして、それが何なのかは私には分からない。

 それでも、彼女が人のために怒っていたことには間違いない。

 彼等に酷い仕打ちをされてきた人達のために、それで亡くなった人達のために。

 それは、赤毛の男性にかけていた言葉の内容で読み取ることができる。

 だからこそ私は思う。

 人のために怒れるような人が、人のために人を裁いてはいけない。

 そんな優しい人が、そんな優しい貴女が。

 誰かのために、ましてや私のために、その手を汚すことはない。

 優しい貴女のその手を、人の命を奪うためには使ってほしくはない――。



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