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少女と白の心  作者: 連星れん
前編
54/198

大陸暦1975年――12 異能者


 最初は、色だった。


 人に触れると、色が視えた。

 それが初めて視えたのは、ベリトがまだ赤ん坊のころだった。

 だから当然の如く、それが何なのか分からなかった。

 しかし、歩けるぐらいに成長した頃には、それがその人を成り立たせる、心の色――根源色こんげんしょくなのだと気づいた。

 何かから発想を得たのではない。

 唐突にそうなのだと、気づきを得た。

 そして、それが切っ掛けとなって、色だけでなく記憶と感情が認識できるようになった。


 人間が今まさに感じている感情が色で、そして体験した出来事や、考えたことでさえも記憶として残っているものならそれも視ることができた。


 それでも今のように多くが視えたわけではない。子供の頃はまだ力が弱かったのか、記憶は新しめのものが断片で、感情は鮮明には認識できなかった。

 しかし、それだけでもベリトが知らないはずの人の行動を実際に見てきたように口にしたり、人が隠している感情を言い当てるのには十分なものだった。

 そんなベリトの能力にいち早く気づいたのは、側に付いていることが多い侍女だった。侍女は心を読んだかのような発言をするベリトを気味悪がった。もちろんそれをあからさまに態度に出すことはなかったが、必要以上にベリトに近寄らなくなった。

 それから徐々に、他の使用人も体よくベリトを避けるようになった。

 その周囲の変化に、ベリトは気づいていなかった。

 それはベリトが鈍感だったこともあるが、それよりも、こうなる以前からも遠巻きに見られる存在であったことのほうが理由として大きかった。


 そのように見られていたのは、ベリトの容姿に原因があった。


 この世界では少数民族にしか見られない特徴である黒い髪と、人間の目色としては稀少な金の瞳を持つベリトの容姿は、非常に珍しいものだった。

 しかも、それらの特徴は両親から受け継いだものではなかった。


 両親とは全く異なる目色と髪色をベリトは生まれ持ってしまったのだ。


 それでもまだ黒髪については説明がついた。父方の先祖に少数民族の血が入っていたからだ。こういうことは先祖返りとして起こりえないことではなかった。だが、金の瞳を持った先祖は父方にも母方にも一人も存在していないようだった。

 両親にも似ず、更には物珍しい容姿を持つそんなベリトを、たとえ能力のことがなくても周囲が異質なものとして見てしまうのは仕方のないことだった。


 しかし、そんな中でも両親だけはベリトに普通に接していた。


 能力のことを知らなかったわけではない。自分の能力が普通ではないと知らなかったベリトは両親の前でもその力を使っていたし、訊かれれば説明もしていた。

 それでも両親の態度は変わらなかった。似ていない容姿のこともまるで気にせず、話題にだすこともなく、周囲から不義の子など口さがない噂を立てられながらもベリトを娘として扱った。

 愛してくれていた。

 そう、ベリトは思っていた。

 だけど、実際はそうではなかった。


 演じていたのだ。


 ベリトの能力を気味悪いと感じながらも、周囲の目を気にして両親は幸せな家庭を演じていたのだ。

 そのことにベリトは気がつかなかった。

 物心ついた頃にはもう、両親がベリトに触れなくなっていたからだ。

 それだけではない。両親はベリトが触れようとすると窘めるようにもなっていた。

 無邪気に触れようとする度に、はしたないことだと、いけないことだと、強く叱られた。

 それは両親だけでなく侍女や使用人もそうだった。

 ベリトはそれを普通のことだと思っていた。

 人間は成長すると、人には触れてはいけないのだと信じこんでいた。

 それが違うことは相手の反応を見れば分かるというのに。

 誰もが自分を見るその目に、畏怖と軽蔑の色を湛えていたというのに。


 生まれた時から触れることで人の内面を視ることができたベリトは、人の言動や表情から感情を読み取る能力に欠けていた。


 それでも歪な家族模様は何年も続いた。

 ベリトが五歳になった頃には、両親と一緒に親戚や客を出迎えることも多くなった。それに伴ってベリトは人に触れることだけではなく、自由に発言することも禁止された。

 何も事情を知らない外部の人間がベリトに触れてしまった際に、余計なことを口にするのを防ぐためだ。なので親戚が来ても、客が来ても、ベリトは挨拶や簡単な受け答え以外は喋ることができなかった。

 そんなベリトを外部の人間は最初、人見知りの無口だと思っていたし、両親もそう説明をしていた。しかしそれが一年も続くと、流石にベリトの様子を訝しむ人間も出てくるようになった。

 中には言語障害があるのではと心配してくれて、父親に治療士に診せたほうがいい、いい治療士を紹介する、と親切から言ってくれる人もいた。

 そのことに両親は――特に父親は焦ったようだった。


 だからだろう。その出来事のすぐ後、部屋に閉じ込められたのは。


 それから一切、ベリトは外部の人間の前に出されることはなくなった。それだけでなく、許された時以外、部屋の外に出ることもできなくなった。

 父親がここまでの行動に出たのは、弟の存在が大きかった。

 子供がベリト一人なら、家の存続のために蔑ろにするわけにはいかないが、代わりがいるのならその心配をする必要はない。それに弟は両親の特徴を受け継いで生まれていた。だから本当の意味で両親から愛されていた。

 部屋に閉じ込められてからベリトは一人で食事を摂るようになった。母親と弟とは顔を合わせることもなくなった。

 それでもベリトは信じていた。

 これはお前のためなのだと、そう言った父親の言葉を。

 お前の能力は特別なものだ。それは悪いものではないが、普通の人間には理解されるものではない。もしここの人間以外にその能力のことを知られてしまったら、お前に酷いことをする人が出てくるかもしれない。だからこうしてお前を部屋に匿っているんだ。ここにいれば安全だ。ここを出ようとしてはいけない。これはお前を守るためにしていることなのだ――父親はそう、何度もベリトに言い聞かせてきた。


 父親の心の内を何年も視ていないベリトは、その言葉を盲信するしかなかった。


 ベリトは父親の言いつけを守って日々を過ごした。

 父親の言う通り、人に触れることは絶対にしなかったし、毎日、嫌がらずに勉強もした。部屋では騒がず静かに本を読んで、窓から外を覗いたり顔を出したりはしなかった。

 着替えや入浴も侍女の手を借りず一人で行なった。

 そうしていれば父親は喜んだ。

 部屋に訪れた時に、よく守れたなと褒めてくれた。

 ベリトはそれが嬉しかった。

 一月ひとつきにたった一度、父親が自分にだけ向けた唯一の感情――。

 それだけが生きる意味だった。

 それだけで幸せだと、思っていた。

 そうしてベリトは二年、父親の望むいい子であり続けた。

 それなのに。


 ある時、ベリトは言いつけを破ってしまった。


 訪れた父の手に触れてしまったのだ。

 どうしてそうしてしまったのか、それは今のベリトにも分からない。

 もしかしたら気づかないうちに、限界を迎えていたのかもしれない。

 心が、飢えていたのかもしれない。

 愛情に、そして父親の本心を知りたかったのかもしれない。

 ともかくにもベリトは触ってしまった。

 そして、視えてしまった。

 愛情とは真逆の感情を。

 父親は自分を忌まわしいと思っていた。

 それも能力のことがあったからではない。生まれた時からだ。

 先祖帰りの黒髪と、誰譲りかも分からない金色の瞳を持つベリトのことを、父親は生まれた時から疎ましく感じていた。能力はそれに拍車をかけただけだった。

 ここに訪れていたのも、ベリトが従順に言いつけを守っているか心配だったからだ。

 ベリトのことでいらぬ風評が立っては、家名に傷が付いてしまう。だから定期的に訪れては、何度も何度も縛めていたのだ。

 お前のためだと言いながら。

 全ては家と、父親自身のためだった。

 そこに愛情などは微塵の欠片もなかった。


 すでに能力が開花しきっていたベリトは、視たことにより父親という人間を理解してしまった。


 心の中で何かがガラガラと崩れる音がした。

 気づけばベリトは膝を折って放心するように涙を流していた。

 それを見て全て視られたと父親は気づいたのだろう。


 だからベリトを捨てたのだ。


 海外旅行という名目で連れて行かれた星都せいとに置き去りにしたのだ。

 だけど、そうなることをベリトは予想していた。

 父親は何よりも家を大事にしていた。

 家族をではない。何百年と続く家名そのものをだ。

 だから父親は必ず家を守る行動を取る。

 戦後に親を失った子供のために孤児院を増設し、多くの孤児を救ったその功績により与えられた地位を――リベジウム子爵家の家名を。

 そんな歴史を背負う当主が、表立って子供を手放すわけにもいかない。そんなことをすれば回りから何を言われるか分からないし、世間の評判は間違いなく落ちてしまう。

 それでもあらゆる意味で普通ではないベリトの存在は、父親と家にとって心配の種でしかない。しかも父親の真意をしった今、ベリトが何をしでかすか分からない。

 だから他国で捨てたのだ。

 そして同じ年頃の遺体を買い、旅行中の不慮の事故で死んだと見せかけて自国に持ち帰った。

 それでも確実に表舞台から消すことができる闇組織に売らなかったのは、父親なりの親心だったのかもしれないが、そんなこと子供にとっては関係ない。


 親に疎まれ捨てられたという事実は何も変わらない。


 それからベリトは星都せいとを彷徨った。

 彷徨ってそうして行き着いた先が壁近へきちかだった。

 そこで空腹と疲労で座り込んだベリトは、そのまま死のうと思った。

 もう生きる気力などなかった。

 人の暗い部分を、それも実の父親のそれを視てしまったことにより、人に対する希望などとうに残されていなかった。

 そんなベリトが今も生きているのは、お節介な壁近へきちかの子供に助けられたからだった。

 そして魔法の素養があったベリトは壁近へきちかの闇治療士の元で治療学を学び、その時に自分の能力が心を視るだけでなく、心を壊すことができることも知った。


 そのことにより人を苦しませて殺すことも。


 そして。


 死にたがっている人間や、病気で苦しむ人を静かに逝かせることができることも――。



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