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少女と白の心  作者: 連星れん
前編

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大陸暦1975年――11 余韻


 商店街へと続く大通りは今日も人通りが多かった。

 それが昨夜まで行なわれていた夜市の片付けをする人達だということは、夜市以前の様相と似ていることから自然と分かる。

 私はその人達の邪魔をしないようにと、道の端に寄った。普段から道のど真ん中を歩いているわけではないけれど、今日は余分に寄るよう心がける。些細だけれど夜市を楽しんだ一人として、設営に関わった人達への自分なりの感謝の意を込めて。

 そうして忙しく行き交う職人さんを道端から眺めながら歩いていると、ふいに風が吹いた。

 肌を撫でる風の生温さに、私は思わず空を見上げる。

 いつもは青を湛えている空が、今日は一面、灰色に覆われている。

 このような天気は私が修道院で目覚めて以来、初めてのことだった。今日まで雲が出ている日や、にわか雨が降ったことはあったけれど、青空が全部隠れてしまうほどの大きな天候の変化はなかったから。だからか記憶が無いのも合わさって、随分と久しぶりに曇り空を見たように感じる。

 どうやら最新の天気予報によると、今週はずっとこのような天気らしい。そして週末には久方振りにまともな雨が降るとか。

 つまりは当分、青空も太陽も拝めないわけだけれど、そのことに私は憂鬱になるどころか、何とも心晴れやかな気持ちだった。

 その理由は分かりきっている。

 昨日までのお祭りがまだ余韻を引いているからだ。


 楽しかったなあと思う。

 本当に楽しかったと。

 初めてのお祭りに、友人と、そしてベリト様と行けたことが。

 それはたった二日間の、時間にしてみれば数時間の出来事だけれど。

 それでも自分にはもったいないぐらいに、夢のような時間だった。


 だから一夜明けた今も、まだ気分は浮かれていた。ベリト様の元へと向かう足取りが軽くなるぐらいには。思わず顔がだらしなく緩んでしまいそうになるぐらいには。

 だけど、人目がある場所で一人にやけるのは流石に恥ずかしいので、浮かれるのは心の中だけに留めている。顔も意識して引き締めている。

 今日はこの状態を維持しなければいけないから大変だ。外だけではなくベリト様の前でも、あまり締まりのない顔をするわけにはいかない。勉強を教えて頂いているのに、にやけていては彼女に失礼だ。

 そこでふと私は、でも、と思った。

 よくよく思い返してみると、普段から私はベリト様の前ではよく締まりのない顔をしているような……彼女と一緒にいると、つい頬が緩みがちになっているような気がする。

 それなら変に顔を引き締めていても逆に不自然かもしれない。いや、そもそもそれ以前に、ベリト様は私にどのような印象をいだいているのだろうか。

 やはりよく笑っている印象だろうか。

 それとも私が思いもよらないような印象を抱いているのだろうか。

 それだけでなく、彼女は私のことをどのように思っているのだろうか。

 そう考えた途端、どうしてか顔が熱くなってきた私は熱を振り払うように頭を振った。

 そんなの決まっている。

 ただの見習いの中の一人だ。

 それか、もしかしたら教え子ぐらいには思ってくれているかもしれない。

 でも、それだけのことだ。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 そう、それなのに。

 いったい私は何を考えているのだろう。

 彼女が私をどのように思っているかなんてことを気にするなんて。

 それを気にすること自体、まるで特別を欲しがっているみたいだ。


 見習いの一人ではなく、教え子と先生という関係でもなく、それ以外の何かを――普通ではなく特別な何かを彼女にいだいていて欲しいと――。


 私は再度、頭を振る。

 駄目だ。

 この思考はよくない。

 暗い考えという意味ではなく、何というか身体に悪い気がする。

 現にいつの間にか心拍数も上がっているし、顔だけでなく体中の血流までもがよくなってきている。その所為で全身が熱い。生温い風が涼しく感じるぐらいには。

 このままでは知恵熱が――とたとえていいものか分からないけれど――出てしまいそうだった。だから、このことを考えるのはもう終わりにしよう。

 そう無理矢理に締めて、私は誰でもなく自分を誤魔化すように大きく深呼吸をしながら辺りを見回した。

 すると視界の先に道橋でしゃがみこむ、男の子が目に入った。

 カイさんだ。彼は長い棒で地面を突いており、まだこちらには気づいていない。


「カイさん、こんにちは」


 私は近づいて声をかけた。

 カイさんは地面から顔を上げると、私を認めて笑顔を浮かべる。


「フラウリア姉ちゃん、こんちわ」


 だけどその笑顔は小さく、いつもの元気がない。それに。


「今日はお一人ですか?」


 そう、いつも一緒の妹さんの姿が見当たらない。

 私の言葉に、カイさんの表情が瞬時に曇った。


「妹さん、どうかなされたのですか?」


 私はしゃがんで、カイさんと目線を合わす。彼は驚いたのか目線を逸らしたけれど、すぐに遠慮がちに視線を戻した。


「こけてぶつけて怪我しちゃったんだ」

「え。大丈夫なのですか」

「うん。近所のおっちゃんが言うには骨折だろうって。変に曲がってもいないし骨なら自然とくっつくから大丈夫だって言うんだけど、ナナのやつ痛がって見てられなくてさ。今日は父ちゃんが休みで、だから出てきたんだ」

「そうですか……」


 骨が接合するまでには状態にもよるけれど一月ひとつきはかかる。でも、それはただ単に固まっただけで完全に癒合するには、そこから更に数ヶ月はかかるだろう。

 それ以前に、そもそもが普通の単純骨折なのだろうか。目視でくっつくと判断したということは骨は出ていないだろうから複雑骨折ではないと思うけれど、粉砕骨折の可能性も捨てきれない。


「治療院へは」


 私が言うが先に、カイさんが首を振った。


「近くの治療院は一ヶ月待ちなんだ。街のは高いし」


 彼はそう言って切なそうに笑った。

 ……分かっていたことなのに、それを言わせてしまった自分を私は恥じた。

 それなら星教会せいきょうかいに、とも言えない。

 きっとそれは星教会せいきょうかいも同じだから。

 星教会せいきょうかいは普段、信者を優先的に治療している。それも献金や寄付をする信者をだ。

 お金で助ける人を選別するのは、弱き者に手を差し伸べるべきだと説いている星教せいきょうにあって、あるまじき行為だと思う。でも、それも仕方がないと思わざる得ない事情が星教側せいきょうがわにもあった。

 宗教を成り立たせるにはそれなりの人材と資金が必要だ。

 星教せいきょうはこの世界で初めて成り立った宗教ということもあって、長く広く信仰されており昔からどちらにも事欠かくことがなかった。

 けれど先の戦争で星教せいきょうが崇める二神にしんがお隠れになり、緩やかに人々の信仰心が薄れ始めているという。それに伴って信者数も減少しており、収益も減っているのだとか。

 それでもまだここ星王国せいおうこく星教せいきょうを国教として指定しているため、他国より星教せいきょうの立場が恵まれているらしい。けれど、だからといって星教せいきょうに所属する癒し手――治療士が無限にいるわけではない。時より貧しい人を対象に無償で施しは行なわれているけれど、人材にも魔力にも限りがある以上、全員を診ることはできない。

 心苦しいけれど、それが星教せいきょうの現状なのだ。


「まぁ仕方がないさ。何にでもお金はいるからな。駄目もとで次の施しの日にでも行ってみようって父ちゃんが言ってたから、それまで頑張るよ」


 いや頑張るのはナナだけど、と言ってカイさんは空元気に笑った。

 それを見て胸が、ずきり、と痛む。

 ……子供に、こんな顔をさせてはいけない。

 自分の置かれた立場を仕方のないものと受け入れているような、全てを諦めたかのような顔をさせては。

 私は思わず自分の手を見る。


 昔のように自分は無力ではない。

 私にはこの子の妹を助けられる力がある。


 実践はまだしたことがないけれど、基礎的なことは全て学んでいる。

 もう魔法は使うことはできる。

 でも、本来見習いは魔法を使ってはいけないことになっている。

 未熟なものが魔法を使うと、場合によっては体内の粒子が暴発することもあるからだ。

 魔法は上手く発現させることができなければ、自分の命を危険に晒すことにもなるし、最悪、二度と魔法を使えない身体になる可能性もあった。

 だけど……それでも、私は――。

 手を握りしめて、カイさんを見た。


「あの。カイさん」


 彼は私の顔を見て、不思議そうに首を傾げた。



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