大陸暦1975年――10 夜市3
それからも子供達で賑わう露店を見ながら歩いていると、目の前の人混みから見慣れた三人組が現れた。
あちらもこちらに気づいたようで、右端にいる人が軽く手を上げる。
「みなさん」
「よう」
アルバさんだ。そして彼女の左隣にはリリーさんが、その後ろにはベリト様を警戒しているのか覗くようにこちらを見ているロネさんの姿がある。
「こんばんわ。リベジウム先生」
リリーさんはいつものように落ち着いた調子で挨拶をした。
「こんばんわ」
「ばんわ……」
アルバさんもそれに続き、ロネさんは本当に小さな声で呟く。
「……あぁ」
三人から視線を逸らして応えたベリト様の表情は、なんとも気まずそうだった。
それは無理もないと思う。おそらく三人とはまともに会話をしたことがないのだろうから。それだけでなく初対面時のベリト様の態度から想像するに、こうして対面することさえも初めてなのかもしれない。もしそうならば気まずさもひとしおだろう。
私としては折角のこの機会に少しでもベリト様に対する印象を和らげられるよう仲を取り持ちたい気持ちがあったのだけれど……彼女の様子からしてそれは難しそうだ。
そのことを残念に感じながらも、私はベリト様のためになるべく話しを早く切り上げようと思った。
「今日も来られたのですね」
想像していた通り、三人は私をお祭りに誘ってくださった。
けれどもそれがベリト様が希望する初日だったため、事情をお話ししてお断りしたところ、それなら二日目にずらすから一緒に行こうと言ってくださったのだ。
それでも今日、来られたのはおそらくロネさんが行きたがったからだろう。
私は夕食を済ませたあと、すぐにベリト様の仕事部屋へと向かったので、三人が来ていることは知らなかった。
「ロネが見るだけでも行きたいって言い出してさ」
やはり、と苦笑しながら、私の所為でロネさんに我慢をさせて申し訳なく思った。
本当は今日という初日に遊んだり食べたりしたかっただろうに。でも、それを口にしてしまうと今度は今日を指定したベリト様に非があるようになってしまうので、私は謝りたい気持ちをぐっと堪えた。
「明日もありますから」
それでも顔には出てしまっていたのだろう。リリーさんが気遣うようにそう言ってくれた。
「そうそう。明日の方がお得ではあるし。にしてもさ」アルバさんが、ちらり、と視線を逸らしているベリト様を見る。「まじ、だったんだな」
それにリリーさんが同意するように小さく苦笑し、ロネさんも神妙な顔で頷いている。
「え、嘘をついていると思っておられたのですか」
「そういうわけじゃないけど」
アルバさんはそこで言葉を止めた。そしてまた覗うようにベリト様を見る。彼女のその顔だけでも『見るまで信じられなかった』と思っていることは明白だった。それはリリーさんもロネさんも同意見のようだ。
確かに……確かにそう思ってしまう気持ちは分かる。私だってベリト様とルナ様がご友人だということを、実際にお二人を見るまで信じきれなかったのだから。
だけど。それでも私は心外だと思ってしまった。
それは私が言ったことを信じてもらえなかったからではない。ベリト様が人の――私の誘いを受けるわけがないと、お祭りに来るはずがないと思われていることに対してだ。
それが彼女という人間を決めつけられているみたいで、何だか……嫌だった。
「すべて嘘ではありません」
だから私は思わず、言い返すようにそう口にしてしまっていた。
「今日だけでなく、これまで私がベリト様に関して申し上げたことも事実です。ベリト様は本当にお優――」
「フラウリア」
低く鋭さのある声が言葉を遮った。私は、はっ、として右隣を見上げる。
ベリト様は誰からも顔を逸らすように向こうを向いていた。
「行くぞ」
彼女はそれだけを言うと、三人の横を抜けて歩き出した。
「あ、はい。えと、みなさん失礼します」
私は三人に礼をしてから慌ててベリト様の後を追う。
そして隣に並ぶと、正面を向いたまま彼女が口を開いた。
「余計なことを言うな」
嗜めるような口調だった。
「すみません……」
それは私にも分かっている。
ああいうことは本人の前で言うべきことではないと。
それでも私は、ベリト様が誤解されていることに耐えられなかった。
こんな優しい人を、悪く、までは言わなくても良く思われていないことが。彼女が人嫌いなのだと、望んでそうしているのだと思わているのが嫌だった。
でも、それは私の気持ちの問題で、ベリト様には関係のないことだ。それなのに私があのような発言をしたことにより、しなくてもいい不快な思いを彼女にさせてしまった。
しばらくそのことを反省しながら黙って歩いていると、
「腹が減った」
ぽつり、と零すようにベリト様が言った。
右隣を見上げる。彼女は正面を向きながらも視線を奥に逸らしていた。
「何か買う。お前も食べろ」
ベリト様はいつも以上のぶっきらぼうさでそう言うと、きつく口を結んだ。その結ばれた口は心なしか尖っているように見える。まるであからさまな話題転換をしてしまった自分を恥じているかのように。
それを見て自然と顔がほころんでしまう。
本当に、と思う。
本当にこの人は優しくて不器用な人だ。
「――はい」