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少女と白の心  作者: 連星れん
前編
35/198

大陸暦1975年――10 夜市1


 商店街に着いてまず目を奪われたのは、夜を彩る無数の提灯だった。

 両側の建物と建物を結ぶ綱に下げられている色とりどりな提灯。おそらく魔灯まとう――照明魔道具――の一種であるそれは、夜の商店街を煌びやかに照らしている。

 その提灯の下には通りを挟むようにずらりと並ぶ露店の数々。露店の双方からは威勢のいい呼び込みが飛び交い、奥からは太鼓や笛の音が聞こえてくる。

 そしてその通りの中心には、音楽と呼び込みの声を受けながら多くの人々が行き交っていた。


「わぁ……」


 私は思わず声を漏らす。

 あれから毎日のようにお祭りのことを想像していたけれど、目の前に広がる光景はそれを遙かに超えるものだった。

 お祭り自体の華やかさはもちろんのこと、こんなにも人々の生気に溢れた場所を私はこれまで見たことがない。だからそのことに興奮を覚え、自然と頬も上がってしまう。

 ただでさえ初めてのお祭りということで高揚していた気持ちが、この雰囲気にあてられてさらに高まった。

 これだけでも十分すぎるぐらいに、いや、溢れるぐらいに私の心は満たされているというのに、今日はさらに自分の気分を上げてしまう要因がまだ存在している。

 私は興奮で上がってしまっている頬もそのままに、右隣を見上げた。

 そこには夜に馴染むような黒い外套をまとったベリト様がいる。

 彼女は切れ長の目を細めて眩しそうに商店街を見ている。

 その横顔を眺めながら私は先日、ベリト様をお祭りにお誘いした時のことを思い返した。



「よろしければ一緒にお祭りに行きませんか……!」


 意気込んでそう口にした私をベリト様は何度か瞬きをしながら見たあと、何も言わず視線だけを上げた。状況がよく読み込めておらず、それを考えているような素振りだった。

 当然だと思う。私だって急に思い立ったことなのだから、言われた当人は全く予期せぬ出来事だろう。


「何で」


 少ししてベリト様は視線をこちらに戻すと、そう言った。少しばかり当惑が滲んだ声だった。

 そのことから彼女が『何で一緒に行かなければならない』と突き放すように言っているのではなく『何で一緒に行きたい』と訊いているのだと分かった。

それはもちろん。


「ベリト様と一緒に行きたいからです」 


 私は先ほどまでの緊張が嘘のように、それを自然と口にしていた。

 一度、走り出してしまえば、そのまま突っ切れてしまえるのが私という人間だ。そうなると基本的に途中で躊躇することがないので、わりと便利な性格ではある。もちろん時と場合によるけれど。


「私と」


 そう言ったベリト様の顔には困惑が滲んでいる。またもや状況が読み込めていないようだ。そんな彼女に私はもう一度はっきりと同じことを口にした。


「はい。ベリト様と行きたいです」


 彼女は眉を寄せた。たじろいでいるような、動揺しているような、そんな様子だ。


「友人とは、行かないのか」

「二日間あるんですよね」


 そうすぐに返すと、ベリト様は視線を左に動かした。先ほど訊いたのはそういうことか、と考えているのが目に見えるようだった。

 それから彼女はそのまま視線を落とすと口をきつく結んだ。その様子は嫌がっているようには見えないけれど、でも困っているようには見える、気がする。

 もしかして断りたくても断れない、という状況に陥っているのだろうか。

 彼女は優しいから、それを口に出せないでいるとか。

 そう考えると、ますますベリト様の顔が困っているように見えてきて、次第に私は申し訳ない気持ちになってきた。


「すみません。我儘を言いました」


 だから残念ではあるけれど今回は諦めようと思った。彼女もお祭りは年に一度あると言っていたし、また来年にでも誘ってみればいいと自分を励まして。


「今のは忘れてください」


 私はこの場を明るく収めるためベリト様に笑いかけた――笑いかけようと思ったのに、笑顔そのままに俯いてしまった。

 つい落胆する気持ちが出てしまったのだ。私は思ったことが顔に出やすいらしいのでそちらに気を回したら、反動で態度が正直になってしまったようだ。

 これではさらにベリト様を困らせてしまう――そう思って顔を上げようとするけれど、身体が言うことをきいてくれない。まるで心が私に反抗するかのように、身体を使って落胆の強さを表わしてくる。彼女とお祭りに行きたいのだと訴えかけてくる。


 全く欲張りだな、と自分の心ながら少し呆れた。


 お祭りに行けるだけでも、友人と行けるだけでも過分すぎるぐらいに幸せなことなのに、まだ求めようとするなんて本当に欲張りにもほどがある。

 でも、私はそのことに呆れはしながらも受け入れてもいた。

 自ら進んで幸せを探し求めようとしなかった、想像するだけでも贅沢だと感じていた昔に比べれば、この心の動きはよほど健全だと思えるから。

 必要以上に何かを求めてしまうのは、心の余裕の表われだと分かっているから。

 だからこれぐらいならば心の我儘を許してあげたいとは思う。これも私の本心には間違いないのだから。ただ、態度にまで出るのは困るけれど……。

 そんなことを考えながら結局、顔を上げられないでいると「少しなら」と呟くような声が耳に届いてきた。

 それを聞いて今まで動かなかったのが嘘のように私の顔が、ばっ、と反射的に上がる。


「少しなら、構わない」


 ベリト様は腕を組んでそっぽを向いたまま、どこかぎこちなくそう言った。


「本当ですか……!」


 期待から笑顔になる私を、ベリト様は一瞥する。


「ただしユイが許可したらだ。それと初日じゃないと行かん」



 そのあとユイ先生にも許可をいただき――外に家族がいる見習いは一緒に行くことが許されているので、その少しばかりの例外として――今日この日を迎えたのだった。


「凄いですね」


 ベリト様を見上げながらそう言うと、彼女は商店街を見据えたまま「あぁ」と返事した。その反応はまさに私とは対照的、無感動そのもので、全く自分に共感していないのが分かる。

 それでも合わせてくれたのは彼女なりの気遣いだ。お祭りで気分が高揚する私に水をかけまいとしての。

 こういう時は普通、態度も偽るものだけれど、ベリト様がそれをしないのは出来ないからだろう。彼女は不器用な人だから。

 私はそのことを微笑ましく思いながらベリト様に訊いた。


「とりあえず、見て回ってもいいですか?」

 彼女は軽くこちらを一瞥して答える。

「好きにしろ」

「はい」


 私が歩き始めると、ベリト様も付いてきた。自然と自分の右隣に並ぶ。

 ベリト様と一緒に歩いている――そんな些細なことでも、私は嬉しくてたまらない。だから露店を眺める合間に、ついちらちらと彼女を窺ってしまう。

 ベリト様は正面を向いたまま姿勢よく歩いていた。このお祭りという場で唯一と言っていいほどの仏頂面を浮かべて。それはいつも通りなのでいいのだけれど、目だけはいつもと違って機敏に動いているのが気になった。

 何か探しているのだろうか、と私が思っていると、ふいにベリト様が上半身を斜めにするように動かした。見ると彼女の右側を人がすれ違っている。その距離は触れるか触れないかぐらいに際どいもので、彼女が避けなければ接触していただろう。

 そこで流石の私も気がついた。

 ベリト様が目を動かしているのは何かを探しているのではなく、警戒しているからだと。

 人の流れを観察して、いち早く避けるために。

 人と接触してしまえば、視えてしまうから――。


「すみません。ベリト様」


 ベリト様が振り返る。私が足を止めてしまったからだ。


「こんなに人が多いとは思わなくて」


 ……いや、それは言い訳だ。

 いくら私がお祭りに疎くても、来るのが初めてだとしても、考えれば想像がつくことだった。

 それなのに私は自分の気持ちを優先してしまい、そのことを考えもしなかった。お祭りに心が奪われすぎて、自分の気持ちしか見えていなかった。ベリト様はいろいろと気遣ってくださっているというのに……。


「意識が」


 気づけば俯いていた私の頭上に、ベリト様の声がぽつりと降ってきた。

 顔を上げると、彼女は入れ替わるように正面を向く。


「こちらに向いていない奴は視えにくい。だからまぁ、大丈夫だ」


 それが本当なのか、私を気遣っての嘘なのかは分からない。

 それでもその言葉だけで気落ちに向かっていた私の心が、いとも簡単に浮上する。

 彼女の優しさに触れて心が温かくなる。

 そのことに私は内心、苦笑した。自分の心ながら本当に単純だなと。

 ベリト様の一言で気分が上がったり下がったり、ころころ気持ちを変えてしまうのだから。

 でも、その単純さを私は嫌いではなかった。

 ベリト様に気持ちを振り回されるのは、何だか楽しいから。

 私は彼女の優しさを噛みしめるように一人微笑むと、歩みを再開した。彼女のためにせめてもと、なるべく人が固まっていないところを進んでいく。



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