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少女と白の心  作者: 連星れん
前編

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大陸暦1975年――07 夜の音色1


 夜の静寂の中、微かに鈴のような音色が聞こえてくる。

 夏期が終わったころに聞こえ始める、虫の鳴き声だ。おそらく修道院の庭に住み着いているものだろう。緑豊かな庭には、普段から様々な虫を見かけることがあるから。

 その夜の音色を聞きながら、私は自室の天井を見つめていた。

 部屋は暗い。光源は窓から差し込む、青白い月明かりだけ。

 隣向かいのベッドからは小さな寝息が聞こえる。アルバさんのものだ。彼女はもう寝入っている。それも当り前だ。もう消灯時間から大分、時間が経っているのだから。

 私も最初の内は寝ようと目を瞑ってはいたけれど、一向に寝付けなかった。

 だからこうして天井を見つめている。そのうち、眠気が襲ってくるだろうと思って。

 だけど、いつまでたっても私の目は冴え渡ったままで、眠くなる気配がない。身体は色んな意味で疲れているというのに、頭が寝ようとはしてくれない。


 ……こうしていても埒が明かない。


 そう思い、私は半身を起こしベッドから降りると、音を立てないよう気をつけながら部屋を出た。


 通路に出るとすぐに夜風が肌を撫でてきた。

 夜の空気は程よく冷えていて気持ちがいい。夏期が終わった今ごろは、気温的にも一番、過ごしやすい時期だ。けれど、季節の変わり目に当たるので期間が短いのが残念だった。これから少しずつ寒くなっていくだろう。

 とは言っても星王国せいおうこくの冬期はそこまで気温が下がるものではない。雪も滅多に降らないし、水が凍ることもない。それでも外やあばら屋で寝るのには寒かった記憶がある。そんなときはよく孤児達と身を寄せ合って寒さをしのいだものだった。

 そうして昔のことを思い返して、ふと思う。


 あの時の彼らは、彼女らは今ごろ、どうしているだろうかと。

 壁区へきくのみんなは、元気に――……いや、生きていてくれているだろうかと。


 そんなことを思いながらも私には特別、仲が良かったという孤児がいたわけではない。

 それは私だけでなく、壁区へきくの孤児達のほとんどがそうだったと言える。

 孤児の中には、幼いうちから隠れて犯罪組織に繋がっている子もいた。そういう子は平気で同じ境遇の子供を騙したり、組織に売り払ったりすることもある。だから、それを警戒して孤児は基本、友人などを作らない。たとえそれを目撃したことがなくても、孤児達は誰からか伝え聞いたりしてそれを学んでいた。

 そんな孤児達でも時には集まったり、助け合ったりすることもある。

 配給や施しなどの有益な情報があれば自然と共有はされているし、そういう安全が保障された場所での集まりでなら、孤児も本来の子供らしさを解放し、一緒に遊んだり話したりすることもあった。

 でも、それは相手を信頼しているからとか、強い絆で結ばれていたからというわけではない。ひとたび何か起これば、迷わず自分の身の安全を優先するし、危険に巻き込まれている孤児を目撃したとしても、見て見ぬ振りをして助けないのが当り前だった。

 もちろん全員がそうだったとは言わないけれど、壁区へきくの孤児同士の繋がりというものはそういうものだった。

 それが悪いことだとは思わない。

 これこそが、生きるために行き着いた壁区へきくの孤児の在り方なのだろうから。

 ……それでも、そういうものだと理解していていも、私は同じ境遇で生きるみんなのことを仲間だと思っていた。

 たとえ薄情にも見える繋がりでも、私にとっては大事なものだった。

 だから見て見ぬ振りもできなかった。

 壁区へきくの孤児が本来あるべき関係性から逸脱すると分かっていても、危険に晒された孤児を人さらいから、暴力から、犯罪から、色んなことから助けようと行動した。そのお陰で何度も危険な目に合いそうになったけれど、合ったこともあるけれど、それでも自分で出来ることをしてきた。

 だからといって何かが変わったわけでもない。

 お礼は言われても、助けた孤児と仲良くなれたわけではないし、友達になれたわけでもない。もちろん見返りなんてものもあるはずもない。

 それでも私はよかった。後悔はなかった。

 私は私なりにみんなを大切に思っていたから。

 たとえ自己満足だとしても、それがあそこでの私の在り方だったから。


 だから最初、修道院に入れると分かったときは素直に喜べなかった。


 みんなを置いて行くのが辛かったから。

 自分だけが壁区へきくから抜け出すのを申し訳なく思ったから。

 でも、そんな私にみんなは無関心だった。

 年配の人や、そこそこに話したことがある子供数人は励ましの言葉をくれたけれど、あとは何も言ってこなかった。引き留める子も、恨み言を口にする子もいなかった。それどころか誰もが私を避け、見ることすらもしなくなった。


 まるで私の存在を無かったものにするかのように。


 当時の私はどうしてみんながそのような態度を取るのか分からなかった。

 だから寂しいと思ったし、悲しかった。

 ……でも、今なら分かる。

 みんなが決して無関心だったわけではないことを。

 本当は我慢していたことを。

 羨んだり妬んだりしていたことを。

 それを態度に出さなかったのは、そうでもしないと耐えられなかったのだと思う。

 その感情が何よりも、自分がいる場所を地獄だと証明することになるから……。


 私は足音を立てないように修道院の内通路を歩く。

 修道院内は静まりかえっていた。

 耳に届くのはささやかな虫の音色だけで、外には見習いはもちろん見回りの修道女様の姿も見当たらない。消灯時間から大分、時間が過ぎているので当直の修道女様も、もうお休みになっているのだろう。

 そんなみんなが寝静まった中、部屋を抜け出して徘徊をしているなんて、何だか悪いことをしている気分になる。

 就寝時間後に部屋を出ること自体は禁止されてはいないけれど、でもやはり意味もなく出歩くのは好ましくない。修道女様が起きていらしたら確実に注意されているだろう。

 それでも、今は眠れないままベッドにいるほうが嫌だった。

 少し歩いて戻ろう。そうすれば眠れるかもしれない。

 私は自室のある二階から一階へと降りて、中庭横に伸びる通路を進んだ。

 中庭に近づくにつれ、虫の音色が大きくなっていく。やはりここからだ、と思いながら中庭を見ると、日中は水が拭きだしている噴水が止まっているのに気がついた。だから虫の音色がよく響くのだなと思った。噴水の水音があったらこうはいかないだろう。

 中庭の緑を見ながら歩いていると、その先にある礼拝堂が視界に入った。

 そうだ。お祈りでもして心を落ちつけたらいいかもしれない。

 そう思い立ち、礼拝堂に足を向ける。

 礼拝堂には明りが灯っていた。それは窓から漏れる光で確認することができる。

 ここは年中、明りが落とされることがないとアルバさんから聞いている。

 それはここだけでなく、礼拝堂という場所がそういうものらしい。そういえばその理由は知らない。アルバさんは言っていなかったから。今度、覚えていたら訊いてみよう。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 優しい感じの物語の雰囲気がとても好きです。 [一言] 次の更新楽しみにしてます!
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