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少女と白の心  作者: 連星れん
前編

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大陸暦1975年――06 兄妹


 仕事部屋の扉を閉めてから、私は息を吐いた。

 昼前の日差しに照らされた風景が、目の奥を締め付ける。

 けれどそれは一瞬のことで、すぐに外の明るさに目が慣れた。

 私はカーテンが開かれた窓から部屋の中を覗き見る。

 ベリト様はつい先ほどまで私が座っていた執務机の椅子に座り、本を読んでいた。

 ……あの休憩のあと、私はベリト様に注意されるまで心ここにあらずという状態で授業を受けていた。

 原因は、思いがけず昔のことを思い出してしまった所為だ。

 別にそれを今日の今日まで忘れていたわけではない。

 汚点に感じているとか、目を背けたいという気持ちもない。

 生きるためにしたことだから、それは事実として受け入れている。後悔も、していない。

 でも、できることなら、人には知られたくないとは思う。

 それがたとえユイ先生でもアルバさんでも。

 それを知ったら優しいあの人達が、嫌悪よりも先に何を思うか、分かっているから……。

 ……それにしても、白い心か。

やはり私には似合わない。

 それでも……。


『そうは思わん』


 それでもベリト様は、肯定してくださるかのようにそう言った。

 あの言葉は、私を気遣った上の嘘だったのだろうか。

 それとも、彼女の本心なのだろうか。

 ベリト様も私の心が白いと、思ってくださっているのだろうか。

 そうだとしたら救われる思いにはなるけれど、同時に疑問にも思う。

 どうして、そう思ってくださるのかと。

 まだ私の事を何も知らないのに……。


 ……?


 そう考えて、今度は違う疑問が浮かぶ。

 何も知らない?

 それなら私は、知ってもらいたいのだろうか。

 自分のことを。ベリト様に。

 今まで誰にも思わなかったことを、私は今、思ってる……?

 そんな自分の気持ちに戸惑いを感じた私は、それを吐き出すように息をついた。


 ……私はいったい何を考えているのだろう。


 ベリト様に胸を張って話せることなど、私にはないというのに。

 彼女に知ってもらえるほどの何かを、私は持っていないというのに。

 私は再度、息を吐いた。

 何だか今日は思考が暗くなっている気がする。

 だからこれ以上、考えるのは止めよう。

 そう決めて、私はやっと歩き出す。

 ベリト様の家を右手に見て進み、そして花屋に向かって左に曲がる――ろうとしたその時、目の前の路地に何かが動くのが見えた。

 私は角を曲がらず立ち止まり、日陰になっている薄暗い路地に目をこらす。

 影の中にいるのは人だった。男の子と女の子だ。

 年齢はおそらく男の子が十歳未満、女の子は六歳ぐらいだろう。

 二人は隠れるように路地の影に身を潜めて、こちらを覗うように見ていた。


「こんにちは」


 私はお二人に挨拶をした。

 それに驚いたのか男の子は、びくり、と震わせるように身体を強張らせた。そして目を泳がせながら、おずおずとした様子で口を開いた。


「こん、にちは」


 女の子のほうは男の子の後ろに隠れて、何も言わずにこちらを見ている。その女の子は男の子と同じ目色髪色をしていた。


「妹さんですか?」


 訊ねると、男の子は「うん」と頷いた。


「仲がよろしいのですね」

「まぁ、おれ、兄ちゃんだし」


 それは仕方がない、という感じではなく、面倒を見るのは当り前だ、とでも言うようだった。


「そうですか。立派なお兄さんですね」


 男の子は、はにかむように微笑んだ。その顔はどこか誇らしげでもある。

 純粋な子供の笑顔に、私も釣られて頬が緩んでしまう。


「姉ちゃんは、修道女さま?」


 そう言った男の子の声音は極自然なものだった。

 どうやら警戒を解いて頂けたらしい。


「まだ見習いです。この近くに修道院があるのはご存じですか?」


 うん、と男の子が頷く。


「そちらの修道院で勉強しています」

「そうなんだ」

「私はフラウリアと申します。お名前を訊いてもいいですか?」

「おれはカイ。こいつはナナ」


 カイさんは自分の胴にしがみつく妹さんを見る。すると妹さんはお兄さんの後ろに完全に隠れてしまった。それを見て彼は「人見知りなんだ」と苦笑する。


「カイさんとナナさんですね。ここにはよく来られるのですか?」

「いや、たまたま。普段は違う所で遊んでるから」


 それで分かった。この子達は、壁区へきくまたは壁近へきちかの子だと。

 普通これぐらいの年齢の子は、この時間はまだ幼年学校に通っているはずだから。


「それでしたら今日は運命の出会いですね」

「運命?」

「はい。私は週に二回ほどここを通るのですが、もし貴方が昨日ここにたまたまいらしてたらお会いすることができませんでした。だから運命。神様のお導きです」


 そう言うと、カイさんは無邪気に、そしてどこか皮肉そうに笑った。


「神はもう、いないんだろ」


 それを知っているのか、と私は内心驚いた。


 そう、この世界にはもう神はいない――と言われている。


 星教せいきょうが信仰するこの世界の二神にしんがお隠れになったのは、三百年前に起こった封星門ふうしょうもん戦争の時だ。

 その時この世界は竜王国と神国の戦争をきっかけに滅亡の危機に瀕し、最後は現在の竜王国の竜王と、その竜王妃であるせい勇者によって救われた。

 その時に二神は姿を消したとされている。

 この世界の生きとし生ける者の脅威であった、瘴気と瘴魔と共に――。


「そうだとしても、神様が残したものはこの星に残っています。私達人間もそうですよ」

「あぁ、そっか、そういやそうだったな」


 どうやら人間も神が生みだしたものだと知っているようだ。

 幼年学校に行けなくても、教えてくれる大人がいるのかもしれない。

 そういう人がこの子の周りにいるのなら、それは喜ばしいことだと思う。

 自分の周りには文字を教えてくれる姉弟や、生きる上で必要なことを教えてくれる物知りなお爺さんはいたけれど、世界のことについて教えてくれる人はいなかったから。

 ん、とカイさんが後ろを向いた。妹さんに袖を引っ張られたようだ。


「なんだ。腹減ったのか?」

 妹さんが頷く。

「んじゃ帰るか。じゃあなフラウリア姉ちゃん」

「はい。お話できて楽しかったです」

「おれも」


 カイさんは、にっ、と笑うと、妹さんの手を引いて路地の中へと消えていった。

 それを見送りながら思う。


 ああいう子達を純粋と言うのだと。

 私なんて……。


 そこでまた先ほどと同じ思考を繰り返しそうになって、慌てて頭を振った。

 そんなことを考えても仕方のないことだ。

 自分の印象や評価を決めるのは周りの人達であり、私ではない。

 たとえそれが自分には相応しくないと思っていても、私にはどうしようもない。

 人の気持ちを変えることは難しく、そう簡単にできることではないのだから。

それならばいっそ、素直に受け取ればいい。

 私の場合はありがたいことに良いように見ていただけているようだし、それに恥じるような行いはせず、そしてこれからもいつも通りの自分であればいい。

 だから答えのないことをぐるぐると考えるのは止めよう。

 折角、可愛らしい兄妹と触れ合って微笑ましい気持ちになっているのだから。

 それにお腹も空いてきたし。

 空腹だとろくな考えが思い浮かばない。

 だから帰ってご飯を食べて、みなさんとお話しをしよう。

 帰る場所があり、食事があり、話し相手もいる。それはとても幸せなことだ。

 私は一人、うん、と頷いてから、修道院へと歩き出した。



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