大陸暦1978年――02 買い物
「アルバのネックレスを買ったお店ですか?」
「あぁ」
昼前、風邪を引いた見習いの代わりに課題を持ってきたユイを捕まえて私は訊いた。
ユイは紅茶を淹れたデボラに「ありがとうございます」と礼を言ってから口をつける。それを見届けてデボラは軽く礼をすると、仕事部屋を後にした。
「中央区の市街地にある宝飾店ですが、いつも中央教会東の馬車停車場を降りて歩くので、細かい住所までは。調べておきましょうか?」
「いや、出来れば」
言葉が喉に引っかかる。慣れない言葉を口にしようとした所為だろう。
この私が人にこんなことを頼むなんてらしくないし、恥ずかしいことこの上ない。だが、これもあいつのためだと自分を奮い立たせ、ようやく言葉を絞り出した。
「買物に、付き合って欲しいんだが」
ユイが意外そうに、少し目を開いた。
予想していた反応とはいえ、実際に目の当たりにすると余計に恥ずかしさが込み上げてくる。
「正直」私は顔を逸らして言った。「その手のものはよく分からんし……」
普段使いのピアスも、仕事用のピアスも、すべてセルナに貰った――いや、押しつけられたものだ。だから自分でアクセサリーを買ったことなど一度もないし、ましてや年頃の女が好きそうなものを選ぶなんて、私には不可能に近い。
「フラウリアの誕生日の贈り物ですよね」
そういえば、そのことすらもまだ伝えていなかった。少し気が先走ったらしい。……らしくない。
「あぁ」
ユイは視線を斜め下に落とし、考える素振りを見せる。おそらく、フラウリアの誕生日までの間で、空いている日を探しているのだろう。
こいつも院長に聖女に星歌士に癒し手と、いつも多忙なやつだ。基本的に決まった休暇がなく、休めそうなときに休むといった感じらしい。もしくは副院長に働き過ぎだと指摘されたときか。
……まぁ、空いた日がないようなら一人で行くしかないか……そう思っていると、ユイが「分かりました」と言った。
「明後日なら休みが取れそうなので、九時に迎えに来ます」
その言葉通り、二日後の九時前、ユイが馬車で迎えに現われた。
デボラに見送られ、私たちは目的の中央区へと出発する。
馬車の中でこいつと二人きりになるのは、竜王国に行ったとき以来だ。慣れた家ならまだしも狭い空間で二人きりというのは、どうにも落ち着かない。
そんな私とは対照的に、ユイは涼しい顔をしていた。……まぁ、こいつは大抵、こんな感じだが。
「ルナ、休みが取れなくて残念がっていましたよ」
「話したのか」
訊くまでもないことを、つい口にしてしまう。
ユイは肯定するように小さく笑みを深めた。
「彼女のほうがこのような買い物に慣れていますから。可能ならば同行してもらおうと思ったのですが」
「あいつも、そこまで装飾品を身に付けないだろ」
セルナも私と同じく、普段はあまり装飾品の類を身に付けない。身に付けているとしたら、せいぜいピアスかユイと揃いの指輪ぐらいだ。とはいえ、そこは曲がりなりにも王族だ。私とは違い、ピアスは日替わりで使えるくらいの数は持っているようだが。
「公務用とか贈り物とかで」
「あぁ。そういうのは、周りが用意してるのかと思っていた」
「それは人によると思います。ルナは自分で選ぶのが好きなのです」
確かに、あいつはなんでも自分で決めたがる性格ではある。
「それで、何か見当はついているのですか?」
「ついていたら、お前を誘ってない」
「それでしたら、フラウリアの好きな色とかは分かります?」
「好きな色」
聞いたことがないな……いや、だが、そういえば、いつぞやかベッドに入り魔灯を消したとき、私の目が星みたいに光を帯びていて綺麗だと言ったことがあった。あれは好きにいれて、いいのだろうか。
「おそらく、金とか」
「貴女の瞳の色ですね」
即座に見抜かれ、思わず口を結んでしまう。
それにユイは小さく笑うと言った。
「あの子の気持ち、分かります。私もつい、青の鉱石のものばかり選んでしまいますから」
確かに、今日耳元で揺れるイヤリングや、胸元のネックレスにも、控えめながら存在感のある青い鉱石がはめ込まれている。それだけでなく、これまで見た限りでも九割九分、青い鉱石が施された装飾品を身に付けていた。
そこまで青にこだわる理由は、昔にこいつの記憶を視たことがあるので知っている。いや、視なくとも想像はつく。
「セルナの瞳の色か」
認めるように、ユイは小さく微笑んだ。
「元々、好きな色ではあったんです」
そう言って、ユイは車窓に目を向けた。右から左へと流れる建物の隙間から、青い空が覗く。ユイはそれを少し眺めたあと、やがてこちらを向いて言った。
「それでしたら、星鉱石のネックレスはどうでしょうか」
「あぁ」
星鉱石とはその名が示す通り、星粒子が含まれた鉱石のことだ。
粒子が含まれた鉱石は、その粒子の属性に影響されて色が変化する特性があり、星鉱石は黄色と金色の狭間のような色合いをしている。
「神星魔道士の装飾品としては、昔から星鉱石は定番とされていますし」
私も何個か持っています、とユイが付け加えた。
「いいかもな」
そう答えると、ユイは微笑んで車窓に外に目を向けた。
その後は軽い雑談と沈黙を繰り返し、中央教会東の馬車停車場に到着した。
中央教会や以前に行った星都劇場もそうだが、ここらは中央区の市街地とあって、多くの地元民と観光客で賑わっている。その所為で馬車を降りると、周囲から視線が集まるのを感じた。辺りを軽く見やれば、歩いたり立ち止まったりしているやつらが、こちらを窺うように見ている。
「……これだから嫌なんだ」
ため息交じりに愚痴を零すと、ユイが小さく笑った。
「貴女の容姿は目立ちますからね」
「言っておくが、お前もだからな」
まるで人ごとのようなユイにそう返すと、こいつは不思議そうに小首を傾げた。
こいつは本当に自分の顔が整っているという自覚がないらしい。まぁ、セルナ曰くユイは人の容姿にもさして興味がないようなので、自分の容姿にも無頓着ということなのだろう。




