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少女と白の心  作者: 連星れん
その後の後

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202/203

大陸暦1978年――01 恋の始まり


「おかえり」


 仕事部屋から帰宅すると、いつものようにベリト様が温かく迎えてくれた。


「ただいま、戻りました」


 その顔を見て、自然と頬が上がるのを感じながら、彼女の隣に座る。そして、ふうと自然に息が漏れた。


「今日はなんだか、疲れてしまいました」


 ベリト様が軽く眉を上げる。物珍しいものでも見たかのように。

 私がこういうことを口にするのは、初めてだからだろう。


「なにか、あったのか」


 心配そうにベリト様が顔を覗き込んでくる。

 その優しさに心温まるのを感じながら、私はソファの上にある彼女の手に触れた。

 こういう気持ちの伝えかたが良くないことは分かっている。

 でも、今日のことを口頭で伝えるのは流石に恥ずかしかった。

 ベリト様はそれを視るように目を伏せていたけれど、やがて視線を上げて私を見た。


「ベリト様が、解剖のことを教えてくださったときのように、私は難しく考えすぎていたようです」

「むしろ、なにも考えていなくて、悪い」


 ベリト様が申し訳なさそうに眉尻を下げる。


「私も、こういうことには疎いからな。されて嫌なこととか、して欲しいことがあったら教えてほしい」

「ベリト様にされて、嫌なことなんてないです」

「それは分からんだろ」

「分かります。ベリト様は私が嫌だと思うことはしませんから」


 言い切ると、ベリト様が困ったように苦笑した。


「私はお前が思うほど、善人じゃないんだがな」

「そうなんですか?」

「あぁ。今だって悪いこと考えてる」

「なにをですか?」


 首を傾げたら、ベリト様の手が頬に伸びてきた。彼女の長い指が、私の頬や髪を撫でる。それが心地よくて意識を傾けていると、彼女の顔が近づいてきた。そのまま、口付けされる。


「こういうこと」

「それは、悪いことですね」


 冗談で返して、私たちは笑い合う。

 それから遅れて気恥ずかしさが込み上げてきたので、私はそれを誤魔化すために言った。


「早速ですが、して欲しいこと、言ってもいいですか?」

「あぁ」

「次のお休み、カフェに行きたいです」

「そんなことでいいのか」

「そんなことが、いいのです」


 眉を上げていたベリト様は表情を和らげると、うなずいた。


「分かった。約束だ。だが、その前に星祭(せいさい)だな」

「そうでした」

「そうでしたって、明後日から準備で泊まり込みだろ?」

「はい。星祭(せいさい)に参加できるのは楽しみですが、ベリト様に一日会えないのは寂しいです」

「私もだ」


 すぐに返ってきた言葉に、私は思わず目を丸くして彼女を見てしまう。

 以前、ベリト様が竜王国に泊まったとき、私は同じ気持ちを伝えたことがあった。あの時は『私がいなくて変な感じだったと』と、彼女は遠回しにだけど気持ちを返してくれた。

 でも今、彼女はまっすぐに自分の気持ちを伝えてくれた。

 それが嬉しくてたまらなくて、頬が緩んでしまう。

 彼女の存在が、彼女の言葉の一つ一つが、私をこんなにも幸せにしてくれる。

 思えばそれは、初めからだった。

 初めて会ったときから、私はベリト様に惹かれていた。

 それはおそらく彼女が私の心に触れてくれたときに、私も彼女の心に触れたからではないかと思う。

 その泣きたくなるほど優しい彼女の心に、私の心はきっと一目惚れをしたのだろう。

 この恋は、私がベリト様に心を救われたあのときから静かに、でも確かに始まっていたのだ。

 そして、その想いが実り、彼女が私の気持ちを受け入れてくれた今、本当に幸せだなと感じる。

 そんな想いに浸りながら彼女を見つめてしまっていると、ふいにベリト様が顔を逸らした。


「ほら、デボラに挨拶してこい」


 そう言った彼女の耳は珍しく、本当に珍しくほのかに赤い。

 どうやら自分が言ったことに、後から気恥ずかしさが湧いてきたらしい。


「――はい」


 そんな彼女を愛おしく感じながら、私は緩みきった顔で仕事部屋を後にした。



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