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少女と白の心  作者: 連星れん
その後の後

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大陸暦1978年――01 幸せのかたち


「おはよう」


 待ち合わせ場所に着くと、アルバさんが軽く手を上げて迎えてくれた。


「おはようございます」


 挨拶を返し、二人で並んで歩き始める。


「なんか、朝から疲れた顔してない?」

「そうですか?」

「うん。もしかして、昨日の疲れがまだ残ってるんじゃないか?」


 昨日の疲れとは、星祭せいさいの準備で中央教会の掃除をしたことだ。確かに昨日は一日中、拭き掃除に荷物を運んだりとで疲れはしたけれど、よく眠れたお陰で体の疲労はすっかり消えている。


「いえ。よく眠れましたからそれは大丈夫です」

「それはってことは、ほかで疲れることがあったんだな」

「まぁ……」


 アルバさんの言う通り、疲れていないと言えば嘘になる。

 ベリト様との朝のひとときは、穏やかで心温まる、楽しいものだった。でも、彼女との会話の合間に『恋人とは何か』という疑問が頭をもたげてきて、なんだか気疲れしてしまったのだ。

 それでも、顔にそんな強い疲れが出るほどではないと思う。なのに、こんな些細な変化でも一目で見抜くなんて、アルバさんは本当に私のことをよく見てくれているのだと、ありがたい気持ちになる。

 ベリト様とのことは、昨日、中央教会からの帰りの馬車の中で、アルバさんに打ち明けていた。もちろん、ベリト様に了承を得た上でだ。だから、今朝のことも隠す必要はないのだけれど、こんなことをアルバさんに相談するのは、気恥ずかしさ以前にどうかとも悩む。


「悩みごとなら聞くよ。なんでもな」


 だけどそれすらも見透かすように、彼女は言った。

 本当にアルバさんには適わないなと、内心で苦笑する。

 デボラさんにも一人で抱え込むのはよくないと優しく諭されたばかりだし、ここは勇気を振り絞って、彼女の好意に甘えようと思った。


「実は、その」


 それでも、恥ずかしさから言葉がつかえる。

 アルバさんが「うん」と相槌を打ち、優しい顔で待ってくれる。


「こ」

「こ?」

「こ、恋人、というものが、どういうものか分からなくて……。それを朝から考えていたら、気疲れを」

「なるほどね。でも、昨日はそんなことなかったじゃん」

「おそらく昨日は、嬉しさや幸せな気持ちが胸をいっぱいにして、考える余裕もなかったのかと」

「あー、それで今朝になって、わっとその実感が湧いてきて、同時にその疑問も浮かんだわけだ」

「はい……」


 恥ずかしさに耐えきれず、思わず俯いてしまう。顔もじんわり、熱い。


「んー相談に乗ってあげたいけど、こればかりはなあ」

「ご迷惑、ですよね」

「違う違う。経験もない私じゃ、参考になることが言えないってこと」


 経験……。


「……あの、アルバさんはその、こ」

「恋人を作らないのかって?」


 気恥ずかしくてはっきり口に出せない私とは違い、彼女はさらっとそれを口にした。


「……はい」

「うーん。そうだなあ……」


 私の問いに、アルバさんは少し眉を寄せ、真剣に考えてくれる。その真摯な姿を見ていたら、ふと後悔が押し寄せてきた。

 好きな人がいる人にそんなことを訊くのは、残酷ではないかと。

 私は彼女を傷つけるようなことを言ってしまったのではないかと。

 自分の浅はかさを恥じつつ謝ろうと口を開きかけたところで、アルバさんが「うん」とうなずいた。


「いらないかな」

「いらない」

「そう。私、今のままで結構、満たされてるし」


 アルバさんは笑みを深め、前を向く。


「外からみたら私の状況って、不幸せのように思われるかもしれないけど、全然そんなことないんだよね。少なくともユイさんにとって私はただの他人じゃないし、助けられたって縁があるから気に掛けてももらえてる。それだけでなく、食事にだって誘ってくれるし、自惚れでなければ気も許してもらえてる。それってさ、片思いとしては結構、幸せな立場にあると思うんだ」

「でも、少しでも考えたことはないのですか……? ユイ先生に、お付き合いしてる人が、いなかったらなって」


 アルバさんの言うことは分かる。もし私が彼女の立場で、ユイ先生がベリト様でも、きっと同じように感じるだろうから。

 でも、その上で、ベリト様に相手がいなければよかったと、ベリト様の隣にいる存在に自分がなりたいと、そういう切ない願いも心のどこかに芽生えてしまうと思う。だって、そう思ってしまうぐらいに、私はベリト様のことが好きだから。


「そりゃ、あの二人の関係に気付いたときは気落ちしたよ。でも、困ったことにその相手がルナさんだったからな」


 そういえば、アルバさんは以前、こう話してくれた。

 家族を、妹を失った自分に温かさを与えてくれたのは、ユイ先生とルナ様だと。

 ユイ先生と同じくらいにルナ様も大事なんだと。


「だから、そういうことは思えなかった。今でも、あの二人が別れるなんてことになったら、嬉しくない。むしろルナさんに怒るかも。だってその場合、原因は絶対ルナさんのほうだから」


 賭けてもいいね、とアルバさんが笑う。


「まぁ、そんなわけで、私はなんにも気にしてないからさ、お前も気にせずのろけていいからな。いや、付き合う前からのろけはしてたか」


 アルバさんが悪戯っぽくにやりと笑みを浮かべる。

 そんなことはない、と否定したかったけれど、出来なかった。

 思い返してみれば、これまでアルバさんに話したベリト様の話は、確かにのろけと取られてもおかしくない内容だったから。ベリト様がなになにしてくれて嬉しかったとか、こういうところが優しいとか……恥ずかしい。


「それに、そういう悩みならルナさんかユイさん――いや、それはルナさんのほうがいいな。相談してみたらいいんじゃないか」

「それも考えたのですけど、勇気が……」

「そんなに気負わなくても大丈夫だって。普通に相談すれば、あの人ならきっと答えてくれるよ」


 少しはからかわれるかもしれないけど、とアルバさんが笑って付け加える。


「最近、ルナさん修道院に来てないし、そろそろ来るころなんじゃないかな」



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