大陸暦1975年――06 白い心
「――それで心が白い、と言われたのです」
私が先日の昼食時のことをベリト様に話したのは、次の授業の時だった。
彼女は前回と同じく、私が座る執務椅子から人ひとり分ほどの間隔を開けて置かれている椅子に座り、足を組んでいる。いつもはそれに加えて腕も組んでいるのだけれど、今はその代わりに紅茶を入れたティーカップと受け皿を手に持っていた。
ベリト様が紅茶を飲んだので、私も執務机に置いているティーカップを手に取り口をつける。
この紅茶はベリト様が入れてくださったものだ。
もちろん最初は遠慮した。授業を受けている身で頂くのはよくないと思って。だけどベリト様が『お前が飲まないと私が飲みづらい』と言ったので、私はご厚意に甘えることにした。それが彼女の気遣いだと分かったから。
そうして自然に休憩となったので、私は雑談がてらにこの間の話をしたのだ。
もちろんベリト様に関することは上手く省いてだけれど。
「ベリト様にはその意味、分かりますか?」
そう訊ねながらも、私は答えを期待してはいなかった。
本人もピンと来ず、言いだした三人すらも説明が難しいと匙を投げたのだ。ベリト様に限らず、他の人に分かるとは思えない。
なのにこの話題を振ったのは単に話すことに困ったからだった。
前から思っている通り、ベリト様に訊きたいことは沢山ある。
だけど、まだ彼女との付き合いが浅い私には、訊くにしてもルナ様との関係を訊いた時のように、切り出すに相応しい場面でないと話題に出すのは難しかった。
だから色々と迷った結果、この話をしたのだった。
ベリト様は手元の紅茶を見るように目を伏せている。
意外だった。ベリト様のことだから『知るわけないだろ』的な感じの言葉で一蹴してくることも覚悟していたのだけれど、彼女はまるで思惑するように黙り込んでいる。
先日のことを教訓に私が焦らず待っていると、やがて彼女は紅茶に視線を落としたまま口を開いた。
「人は色に様々な印象を持つ。たとえば赤なら生命・情熱・勇気。青なら広大・公平・解放など。星王家の象徴色が青なのも色の印象によるものが大きい。……いや、むしろ初代星王の印象が青色に紐付いたのかもしれないが」
まあ、今それは関係ない、とベリト様は言った。
「そして白は純粋・無垢・正義などだ。どの印象も一例にすぎんが、お前の友人はお前の印象を色にたとえた。ただ、それだけの話だ」
そう話を終えるとベリト様は一口、紅茶を飲んだ。
なるほど。そう言われたら分かる気がする。
たとえばロネさんなら私は黄色か橙色を想像する。陽気で賑やかな印象だ。
リリーさんなら水色だろうか。彼女の冷静で穏やかな感じはそれに合う気がする。
そしてアルバさんなら緑色だ。彼女には緑溢れる場所のような優しさと安らぎを感じるから。
だけど……。
そこまで考えて、でも、と思う。
「それで言うのなら、私は白ではないと思います」
ベリト様は視線だけをこちらに向けた。
「どれも私には似合いませんから」
私は純粋でも、無垢でも、正義の人でもない。
今まで清廉潔白に生きてきたとは到底、言えない。
人を故意に傷つけたり、お店のものを盗んだことはないけれど。
それでも生きるために……良くない行いはしてきた。
そんな自分に白は、似合わない。
白と言うには、私は……汚れすぎている。
「そうは思わん」
「……え」
私は知らず俯いてた顔を上げた。
ベリト様は顔をこちらに向けていた。金の瞳が私を見ている。それはいつ見ても綺麗で、そして全てを見通しているかのような目だと思った。
「お前の友人は、お前の心が白いと言ったのだろ」
「……はい」
「ならそれは、お前の心の在り方への印象だ。お前のこれまでに対してではない」
私は息を飲んだ。
それはまるで私の心を見透かしたかのような言葉だった。
まさか、と動揺する。
まさかベリト様は――……いや、そんなはずはない。
私はその話を誰にもしていない。
アルバさんにも、ユイ先生にさえも言ってはいない。
だからベリト様がそのことを知る術はない。知っているわけがない。
私の考えすぎだ……そう、きっと深い意味はない――ないのだ。
「休憩は終わりだ」
私が何も返せないでいると、ベリト様はそう話を切り上げた。そして腕を伸ばして、執務机の端に積み重なった本の上に手に持っていた受け皿とティーカップを置く。
「続きだ」
ベリト様は椅子に座り直して、いつものように足と腕を組んだ。
「――はい」
私は慌ててティーカップを横に避けると、閉じていた教本を開いた。




