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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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195/203

大陸暦1978年――17 相談


 昼過ぎに仕事部屋で緑茶を飲んでいると、向かいから小さく笑い声が聞こえた。私はカップの水面から視線を上げて前を見る。


「なんだよ」


 向かいのソファに足を組んで座っているセルナは、カップを膝上の受け皿に置いて言った。


「いえ、貴女がそんなに元気がないの初めて見たから」


 その童顔の顔には珍しく年相応の微笑みが浮かんでいる。そのような顔を向けられると自分がこいつより年下だと思い知らされるだけでなく、自分が酷く幼くなったように感じて居心地が悪い。

 その所為でつい顔をしかめてしまうと、セルナがそれを見て笑みを深めた。


「フラウリアとなにかあったの?」

「……なんであいつなんだよ」

「貴女がほかに頭を悩ますことなんてある?」

「自分という可能性は考えないのか」

「それなら睨まれているもの」


 確かに、と自分でも思う。

 それに今日の私は自覚があるぐらいにため息が多いので、落ち込んでいるのは誰が見ても明らかだろう。


「ほら、お姉さんが話を聞いてあげるわよ?」


 誰がお姉さんだ――と普段の私なら返しているところだが、そう言えないぐらいに今の私は追い詰められていた。……そう、人前でため息を抑えられないぐらいには心の余裕がない。それにこんなことを相談できるのは、なんだかんだでこいつぐらいしかいないのも事実だ。


「……最近、よそよそしい」

「よそよそしい? あの子が?」

「あぁ。話は普通にするし、なにかに怒っているとかそういう感じはないのだが、なんというか……避けられている、気がする」


 いつもならなによりも――それこそ休息よりも私との時間を優先するのに、最近はそれがない。疲れたからと早く寝たり、長風呂が多かったり、デボラに訊きたいことがあると言ったりと、意図的に私との時間を削ろうとしている節がある。


「となるとなにか、視られたくないことでもあるのでしょうね」


 断言するようにセルナが言った。

 やはりそうか……。私もその可能性は一番に考えていた、が確信までは持てなかった。だがセルナまでがそう感じるのならばそうなのだろう。


「それいつからなの?」

「先週、中央教会に星祭(せいさい)の手伝いに行ってからだ」

「それって新人二年目が手伝いに集まるやつだっけ?」

「あぁ」

「それならほかの女の子たちに貴女のことでなにか言われたのかもね」


 私のこと。


「それは私の所為であいつが虐められたとか、そういうことか」


 星教(せいきょう)では死検士(しけんし)以外の人間が解剖を行なうことは冒涜とされている。いくら私が星導師(せいどうし)に認められて特例で解剖しているとはいえ、中にはそれをよく思わない人間もいるだろう。

 しかしセルナは私の言葉を否定するように首を振った。


「それは違うんじゃない? だってあの子、貴女のことを悪く言われたとしても大人しく黙っているタイプでもないでしょ」


 それは、その通りだ。いつぞやか夜市(よるいち)で友人に言い返したように、基本的には黙って泣き寝入りするタイプではない。


「なら、なんだよ」

「年頃の女の子が集まって話題にすることといったらなんだと思う?」


 そんなこと、私が知るわけないだろ。

 その気持ちが顔に出ていたのか、セルナは私の返事を待たずに言った。


「恋ごとよ」

「恋ごとだ?」

「えぇ」

「なんで分かる」

「私が修道院にいたときもみんな、その手の話が大好きだったから。なにか言われたっていうのはね、貴女との関係でって意味よ」


 関係――私との関係性について問われたということか。

 だがそれが最近のあいつの態度にどう繋がるというんだ。


「ベリトはあの子のことどう思ってるの?」


 その疑問を口にする前に、先にセルナがそう訊いてきた。

 その踏み込んだ問いに反感を覚えながら下げていた視線を上げる――上げて思わず息を飲んだ。セルナが真顔でこちらを見ていたからだ。まるで答えを聞くまでは逃がさないとでも言うように、その青すぎる眼でじっと私を見据えている。


「……どうって」


 私はその目から逃れたくて、口を開いた。


「だいたい、想像はつくだろ」


 付き合いが長いお前ならば、私が他人を家に住まわせている時点で、寝食を共にすることを許している時点で、分からないはずがない。


「そうね」


 その声が柔らかなものだったので私はまたセルナを見る。

 セルナの顔には声と同じく穏やかな微笑みが浮かんでいた。


「それならベリトもあの子の気持ちに気づいているでしょう?」


 ……気づいている。あいつが私をどう思っているのか、出会ったころから、ここの住み始めたころから、その気持ちがどう変化したのか、あいつに触れて視てきている私には分かっている。


「……あぁ」

「だけど貴女はあの子の想いになにも応えていない」


 断定するようにセルナは言った。


「いえ、なにもは言い過ぎね。貴女はあの子のことを大事に扱っているし、行動も起こしているから。もちろん態度で示すのは大事なことよ? でもやはり人ってね、言動の二つが揃わないと相手の気持ちに確信が持てないものなの」


 視える貴女とは違ってね、とセルナが付け加える。


「つまり私が言いたいのは、あの子は貴女の気持ちが分からなくて不安に思っているのではないかしらってこと」


 不安に……。


「なんで、そう思う」

「貴女になんでも(さら)け出しているあの子が隠そうとするならば、自分のためではなく貴女のためかなって。それを視られることで貴女を困らせたりしたくないって思ってるんじゃないかしら」


 確かに、フラウリアならそう考える。

 私の所為で不安に思っていることを、知られたくないとあいつなら思う。

 ……全く、そんなこと考えれば分かることなのに、今の私は心に余裕がなくてそこまで至らなかった。


「私もさ、場の流れというか勢いで想いを伝えた人間だから偉そうなことは言えないんだけれど、でもこれを機会に貴女も行動を起こすときじゃない?」


 セルナは下げていた視線を上げてこちらを見る。


「この先も変わらずあの子と一緒にいたいと思うなら、ね」


 そう言ってセルナは微笑んだ。先ほどと同じく年相応の顔で。

 その顔から視線を逸らすと、セルナは笑みを漏らして紅茶を飲んだ。



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