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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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193/203

大陸暦1978年――17 忠告


 星祭(せいさい)の準備初日、私はアルバさんと一緒に馬車に乗って中央教会へとやって来た。

 中央教会にはこれまでにも何度か訪れたことがあるけれど、見る度に圧倒されてしまう。

 ルコラ修道院の礼拝堂も大きいのに、ここの礼拝堂はその比ではない。天井は見上げるほど高いし天窓やステンドグラスは目を見張るほど美しい。礼拝席は奥の祭壇に向かって小さくなるまでずらりと並んでいる。

 礼拝堂の中はまだ朝早いこともあって信者の数はまばらだった。

 私たちは出迎えてくださった修道女様に案内されて礼拝堂の右の扉から奥へと向かう。この中央教会はこの国の星教(せいきょう)本部だけあって礼拝堂だけでなく、様々な施設や住み込みで働く人たちが居住する建物もある。数ある星教会(せいきょうかい)や施設の中でも中央教会――各国の本部に配属されることは、星教(せいきょう)ではそれはそれは名誉なことらしい。

 私もおそれ多いことにそのお話をいただいてはいたけれど、ベリト様に会えなくなるのが嫌でお断りした。お断りといってもはっきり嫌と言ったわけではない。できればルコラ修道院がある北区画で働きたいと希望を出したのだ。星教(せいきょう)に拾われた私がそんな我儘を言うのは烏滸がましいという気持ちはあったけれど、それでも彼女から遠く離れるのが嫌で自分の気持ちを通した。

 その甲斐もあり私は今、ルコラ修道院で働くことが出来ているだけでなく、ベリト様と一緒に暮らすことさえも出来ている。全てはユイ先生の計らいのお陰だ。本当にユイ先生には感謝してもしきれない。

 そしてあの時、自分の気持ちに嘘をつかなくてよかったと心底、思っている。

 だって今の生活が本当に楽しくて幸せだから。

 ベリト様と日々を一緒に過ごせることはもちろんのこと、アルバさんにユイ先生、デボラさんにルナ様と周りにいる人たちも親切で優しい人ばかりだから。

 私は先日ベリト様と過ごした休暇を思い出し頬が緩む。緩みながら歩いていると修道女様の「こちらです」という声に我に返った。今は仕事中なのだと思い出し気を引き締める。

 修道女様が開けた扉の中にはすでに何人もの人がいた。部屋には椅子はなく、その人たちは立ったまま部屋の中心に集まっている。見た目からしておそらく私たちと同じく各地から応援にきた修道女二年目の子たちだろう。

 その全員の目が部屋に足を踏み入れた私たちのほうへと向いた。それからじっと私たちを目で追ってくる。それがなんだか気恥ずかしくて思わずアルバさんを見ると、彼女は小さく微笑んだ。見ていて安心するような余裕のある微笑みだ。こういうとき、いやどんなときでも彼女の存在は頼もしい。


「これで全員です」


 私たちをこの部屋へと案内してくださった修道女様が報告するように言った。

 見ると部屋の隅には四人の修道女様がいる。その言葉からしてどうやら私たちが一番、最後の到着だったらしい。

 報告を受けて四人の中の一人、年配の修道女様はうなずくと私たちの前までやって来た。


「朝早くからご足労いただきありがとうございます。わたくしは中央教会の修道女サルミ・イネルと申します」


 年配の修道女様――サルミ様が丁寧に礼をする。


「既に各々説明を受けているかと思いますが、この度みなさんに集まっていただいたのは星祭(せいさい)の準備をしていただくためです。それに伴って今日と次回の二回はお掃除をお手伝いしていただきたく思います。

 お掃除は四人一組で行い、その割り当てはこちらでさせていただいております。これから修道女が名前を呼びますので、呼ばれたかたは呼んだ修道女の前まで集まってください」


 サルミ様がそばにいる修道女様に目配せする。修道女様はうなずくと早速、名前を呼び始めた。呼ばれた子たちが修道女様に連れられて次々と部屋を出て行く。


「アルバ・オルティン。フラウリア・ミッセル。オレリア・ローレン。エルマ・ルイソン」


 私たちの名前が呼ばれたのは三組目だった。アルバさんと一緒なことに安堵しながら呼んだ修道女様の下へと向かう。すると同じくやって来た見知らぬ二人と目が合った。

 一人は金髪の長い髪に茶色の目をした子だ。控目な微笑みと振る舞いから良家の子のような印象を受ける。そしてもう一人は肩までの茶髪に赤茶の目をした子だ。こちらは先ほどの子とは対象に大きく笑顔を浮かべている。

 二人がこちらを見て小さく礼をしたので私たちも返礼をした。


「貴女たちにはまず客間の一つをお掃除していただきます。こちらです」


 そう言った修道女様に付いて到着したのは立派なお部屋だった。道中、修道女様がお話ししていた内容によると、大事なお客様や星教(せいきょう)の上の方がお泊まりになられるお部屋らしい。

 その部屋にはもう一式のお掃除道具は用意されていた。


「それでは一通りの拭き掃き掃除のほうをお願いします。窓の上を拭くときは脚立を使ってください。ただし危ないので一人では使わないように。なにか分からないことがありましたら、誰でもいいので近くの人に訊いてください」


 柔らかな表情で簡潔に説明をすると、修道女様は礼をしてから部屋を出て行った。

 室内には四人だけとなり、私たちは顔を見合わせる。ここまでは私語が出来る雰囲気ではなかったのでまだ言葉は交していない。


「とりあえず自己紹介しない?」


 沈黙を破ったのは金髪の子だった。先ほど感じた良家の子という印象とは違い、声音は気さくな感じだ。


「そうだな」


 アルバさんが同意する。


「それなら私から。私は西区サテラ星教会(せいきょうかい)のオレリア・ローレン」

「同じくサテラ星教会(せいきょうかい)のエルマ・ルイソンだよ。よろしくね」


 金髪の子オレリアさんが控目に、茶髪の子エルマさんが大きくそれぞれ微笑む。


「私は北区ルコラ修道院のアルバ・オルティン」

「同じくルコラ修道院のフラウリア・ミッセルです。よろしくお願いします」

「やっぱりね」


 オレリアさんが納得するように言った。


「やっぱり?」私は思わず反復する。

「ルコラにやたら顔の良い修道女がいるって聞いたことがあるから」


 それが誰を指しているかはもちろん分かった。


「アルバさん有名人ですね」

「喜んでいいのかそれ?」


 アルバさんが苦笑いを浮かべる。


「ねえねえルコラっていえば院長があの青の聖女様なんでしょ? どんな人なの? めっちゃめちゃ美女って話だけど本当?」


 興味心身といった様子でエルマさんが言った。


「はい。凄くお優しくてお綺麗なかたです」

「本当に?」


 疑わしそうにそう言ったのはオレリアさんだ。


「本当です。ね、アルバさん」


 私はアルバさんを見る。


「あぁ。本当だよ」

「へぇ、それなら星祭(せいさい)で見るの楽しみだわ」

「私も」エルマさんが声を上げた。「あと星歌(せいか)を聞くのも楽しみだなーっていうかオレリア、青の聖女様を見たことないんだね」

「いつ見る機会があるのよ」

「小さいときとか。星祭(せいさい)に連れてってもらわなかったの?」

「私が礼拝なんて行くわけないでしょ。面倒くさい」

「わぁ、今のは聞かなかったことにしてあげて」


 慌てて手を振るエルマさんにアルバさんが苦笑する。


「別に告げ口したりなんてしないさ。それで話をするのはいいとして、手を動かしながらにしないか?」


 オレリアさんがうなずく。


「そうね。やらないと終わらないし。とりあえず窓から?」

「だな。大きいのは私がやるよ。フラウリア、脚立を支えてくれるか」

「はい」


 アルバさんが脚立を窓辺に移動したので私はその足を持った。それにアルバさんが上り、大きな窓の上側を拭き始める。


「二人ともどこ出身なの?」


 対角の小窓を拭きながらオレリアさんが言った。


「二人とも星都(せいと)でルコラだよ」アルバさんが答える。

「そのまま配属になったのね」

「丁度、人が足りなくなったからな。そっちは?」

「私も星都(せいと)でレスト修道院よ」

「レストって、良いところの子が入る?」

「そう。こう見えて神家(しんけ)のお嬢様」

「こう見えてって」アルバさんが笑いを零す。「見た目通りだと思うけど」

「見た目はね」エルマさんが笑う。

「エルマもそうなのか」アルバさんが言った。

「ううん。私はご覧の通り一般庶民。出身はルトスだよ」


 ルトスは星都(せいと)の近くにある街だ。古書の街として、そして星王国(せいおうこく)センルーニアの旧名――ルトス魔法国の旧王都としても知られている。今の星都(せいと)ルニアールは人口の増加と魔法を学ぶ人間を受け入れるために新たに建造し、フルテスタ暦七二七年に完成した都市なのだ。


「そこで平凡な生活を送るつもりが、何の因果か街の修道士様に星還士(しょうかんし)の素養を見出されちゃってね。最初は私が修道女ー? て思ったんだけど、まぁ手に職があったら食いっぱぐれることもないしいいかなってルトスの修道院に入ったの。オレリアとは配属先が一緒になってからの付き合いだよ」


 そう言ってからエルマさんが思い出したように笑った。


「なんだ」アルバさんが苦笑する。

「いや、オレリアと初めて会ったときのことを思い出しちゃって」


 エルマさんがオレリアさんを見る。彼女は肩をすくめている。


「オレリアとはサテラ星教会(せいきょうかい)での顔合わせで初めて会ったんだけど、この子こんな見た目でしょう? さらには自己紹介で神家(しんけ)出身だと聞いて同僚がお嬢様だってことに緊張したの。だけどそのあと二人きりになって開口一番、この子なんて言ったと思う? 教会長ってみんなハゲになる呪いにでもかかっているのかしら、だよ? 流石に私も意表を突かれて笑っちゃったよ」

「だって今まで会った教会長、揃いも揃って頭髪が寂しかったのだもの」


 反論するようにオレリアさんが言った。


「それはたまたまだと思うけど。そのあとも好みの男がいないって愚痴ってもいたよね」

「三年も女だらけのところに入れられてたんだから期待もしちゃうじゃない」

「三年? 六年じゃなくて?」アルバさんが言った。

「私は途中から修道院に入れられたの」

「なんで」

「使用人に手を付けたらお父様に叱られちゃって」

「よく分かんないけどそういうのって普通、使用人のほうが怒られるもんじゃないのか」

「お父様は石頭ってぐらい公平なかただから。まあ、私が誘ったのは事実だし」

「それで『このまま嫁に行かせてはローレン家の恥だ』って修道院に入れられちゃったんだよね」


 エルマさんが笑いながら言った。


「お陰で好みでもない男とさせられていた婚約は破棄になったから、それはそれでよかったけれど」

「とんだお嬢様だな」


 脚立から降りてきたアルバさんが私を見て苦笑する。

 それからあまりにも縁のない世界の話に面を喰らっていた私に、雑巾を見せてきた。薄灰色だった雑巾が薄黒く変わっている。


「綺麗そうに見えて、窓枠の溝とか結構汚れてるもんだな」

「普段はハタキで済ませているのかもしれませんね」

「まあ、これだけ大きかったら毎日、全部の部屋を隅々まで掃除は無理だよな。ここはいつも使う部屋でもないみたいだし。これ洗うから下を拭いててくれるか」

「分かりました」


 二人で脚立を避けてからアルバさんはバケツの前に屈んだ。私は窓辺に近づいて下から拭き始める。


「二人って付き合ってるの?」


 背後から聞こえたその声はオレリアさんのものだった。

 瞬時にその言葉の意味が理解できなくて思わずアルバさんを見る。見られた彼女は苦笑するとオレリアさんに向けて言った。


「唐突になんだ」

「いや、仲がよろしいから」

「見習い時代からの付き合いなんだ。そりゃ仲もいいさ」


 笑ってアルバさんがこちらを見たので、私も微笑み返す。

 実際、私たちが見習いとして一緒に過ごした期間はおよそ一年半だ。ほかの見習いの子たち――リリーさんやロネさんに比べたらそこまで長い付き合いというわけではない。それでもそのように言ってくれるのは嬉しく思う。


「ふーん。それなら付き合ってる人いる?」

「いないよ」

「なんでその顔でいないの?」

「なんでって」

「あのねオレリア。誰もが恋愛に興味があるってわけじゃないんだよ」エルマさんがこちらを見る。「ごめんねこの子、恋愛脳だから」

「私はただ、宝の持ち腐れをしているのが理解できないだけよ」 


 オレリアさんは眉を寄せてそう言うと、私を見た。


「フラウリアは?」

「え」

「付き合っている人いないの?」

「え、ええと、いない、です」


 もちろんそんな人いるわけがないのに、どうしてか歯切れが悪くなってしまう。

 そのことに動揺を感じていると、屈んで雑巾を洗っていたアルバさんがすくっと立ち上がった。


「私たちからはお前が望むような話は聞けないよ」


 苦笑してそう言ってからこちらを見る。


「水が汚れたから変えてくる」

「あ、お願いします」


 アルバさんはバケツを持ち部屋を出て行った。それを見送ってから窓拭きに戻る。だけどすぐにオレリアさんがそばまでやって来た。


「本当にいないの?」


 顔を覗き込みながら彼女は言った。どうやら私の言い方が引っかかったらしい。

 それは私も同じだった。どうしてはっきりと否定できなかったのかと私も不思議には感じている。ただ先ほどオレリアさんに訊かれたとき一瞬、私の頭にはベリト様の顔がよぎった。


「いませんが、その、一緒に住ませていただいているかたはいて」

「へぇ、意外。同棲してるんだ」

「ど、同棲ではなくて同居です」


 そう答えるとオレリアさんは不思議そうに首を傾げた。


「同じじゃない?」


 同じ、なのだろうか。


「でもお付き合い、しているわけでは……」


 そう、だ。ベリト様とはその、付き合っているわけではない。


「それってヒモじゃないわよね」

「ヒモ?」

「貴女のお金を頼りにしてる人のこと」

「それはないです。お仕事されていますから」

「それなら、弄ばれてない?」

「もて、あそばれる」

「だってフラウリアはその人のことが好きなんでしょう?」


 その場逃れで否定はしたくなくて、恥ずかしくも私はうなずく。

 そう。ベリト様のことはもちろん、好きだ。好きだけど、でもそれは――。


「だけど相手はそれに応えないまま一緒に住んでいる」


 その気持ちを突き詰める前にオレリアさんは話を続けた。


「それって貴女の気持ちを弄んでいないかしらって。ね、エルマもそう思わない?」


 こちらを窺うように見ていたエルマさんが、気まずそうに苦笑する。


「あーまぁ、そういうことがないとは言えないけど。私の友達にも男に騙された子いるし。ほら、修道女って思春期を女だらけの中で過ごしているでしょ? だから男に免疫がない子が多いんだよね」

「でも、一緒に住んでいるかたは女性で」

「これまた意外。けれど性別は関係ないと思うわよ」

「彼女はそんな人では」

「それなら訊くけど、付き合ってもないのに体を求められたりとかしてない?」

「か――」私は反射的に首を振っていた。「そんなことは」

「ほんとに? キスとかもされてないの?」


 その言葉を聞いた途端、耳に血流が集まるのを感じた。

 私の反応にオレリアさんは小さく息を吐く。


「フラウリア。悪いことは言わないからそういう人とは早めに別れたほうがいいわよ。いやまだ付き合っていないのよね。離れたほうがいいわよ。そのうち体だけ求められるようになってしまうから」

「それって去年の経験から忠告してるの?」エルマさんが言った。

「そうね。まぁ、私の場合は気付いた上で弄ばれてあげてたんだけれど。顔は整っていたし」

「ほんとオレリアって面食いだよね」

「自分と釣り合う人間を求めるのはごく自然なことだと思うけれど」

「それ自分で自分を可愛いって言ってるよね」

「だって事実だもの」


 堂々と言い放ったオレリアさんにエルマさんが苦笑を零したところで、アルバさんがバケツを持って戻ってきた。

 彼女は私たちを見て怪訝そうに眉を寄せる。


「どうした?」

「人生の先輩が助言をね」

「先輩って同じ歳だろ」

「経験に年齢は関係ないわ」


 バケツを隅に置くアルバさんにそう答えてからオレリアさんが顔を近づけてくる。


「私の言ったこと、きちんと考えておくのよ」


 彼女はそう小声で耳打ちをすると、アルバさんと入れ替わりでエルマさんの元へと戻って行った。



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