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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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192/203

大陸暦1978年――17 我儘


 別に私はフラウリアを信じていないわけではない。

 こいつがその手の誘いを受けないことは分かっているし、心配する必要がないことも分かっている。

 それなのにどうしてかこいつが手紙を貰うたびに心は平穏でいられない。

 あの花屋の息子のときのように嫉妬で苛立つことはなくとも心が重いというか、かき乱される。

 そうなる理由が分からず悶々と悩んでいると、横から「ベリト様」と呼ばれた。

 その声で思考にふけっていた意識が呼び戻され、私は右隣を見る。

 そこに座るフラウリアは私の顔を覗き込むように見ていた。


「なんだ?」

「怒って、ますか?」

「? なんで」

「お手紙を貰ってしまったから……」


 ……あぁ。今日貰って帰った手紙について私が怒っていると思ったのか。

 そのことについて考えていたのは間違いないが――そこまで思って気付く。顔に力が入っていることに。

 どうやら思考にふけっている内にいつの間にか顔をしかめていたらしい。


「違う」私は表情を和らげ首を振った。「昼にセルナが言っていたことを思い出していただけだ。お前に怒っているわけではない」

「本当、ですか」

「本当だ」


 笑って見せると、それまで心配げだったフラウリアの顔が和らいだ。


「悪い。なにか話してたんだろ」


 風呂から上がって自室のソファに座りフラウリアが話し始めたところまでは覚えているのだが、それ以降の記憶はない。


「あ、はい。少し王都を観光させていただいたことを」


 夕食までは土産のことを、夕食のときはユイとの仕事のことを話していたからその続きか。


「どこに行ったんだ」

「あまり時間はなかったので、星教会(せいきょうかい)近くの繁華街を歩いて、冒険者ギルドを見ました」

「あぁ」


 ファーリ王国の王都ファーリアには、大昔に冒険者たちが冒険者支援組織として立ち上げた冒険者ギルドの本部がある。冒険者ギルド自体は各国の首都にも支部があるが、本部は冒険者ギルド発祥の地として今でも拠点にする冒険者も多く、また歴史的建造物として観光名所にもなっているらしい。


「どうだった」

「凄く大きくて立派な建物でした。周りにも多くの冒険者さんがいたんですが、私より下らしき子もいて驚きました」

「冒険者は身分関係なく誰でもなれる職業だからな」


 とはいえ最低限の装備を揃えられる金は必要だろうが。


「だから孤児の中にも憧れている子はいましたし、実は私もそうでした」

「お前が」

「はい。私の中では冒険者って鳥の印象があって」


 鳥……あぁ、そういや以前にも言っていたな。孤児時代に鳥のように空を飛んでみたいと思っていたと。


「私も冒険者になって世界を自由に旅してみたいなと思っていました」


 本当に一時の憧れですけど、とフラウリアは気恥ずかしそうに笑う。


「少なくともほかの孤児は、そういう意味で冒険者に憧れてはいないと思うぞ」

「そうなんですか」

「あぁ。未踏の迷宮で価値ある品を手に入れて一攫千金を夢見ているとかだと思うが」


 壁近(へきちか)で治療士をしていたときも、冒険ごっこで怪我をし治療に来た子供がそんな夢を話していた。


「冒険者ってそれがお仕事なのですか?」

「昔はな」

「今は違うんですか?」

「違わなくはないが、今現在この大陸には未踏の地はおろか、未発見の古代遺跡や地下迷宮は残っていないと言われている。それに加えて瘴魔と瘴気という脅威もなくなったんだ。そういう場所の危険といったら今や魔法生物と罠ぐらいしかない。もちろんそれらも危険には変わりないがそれでも瘴魔と瘴気がなくなった分、これまで探索できなかった場所も先の戦争後には大分探索しつくされているんじゃないか? まぁ、私も冒険者の知り合いがいるわけではないので後半は想像になるが」

「それでは今はなんの目的で冒険者になるのでしょうか」


 心配そうにフラウリアが訊いてくる。


「なにも危険を冒して探索するだけが冒険者じゃない。昔も今も冒険者ギルドには個人から国まで様々な仕事が集まると聞くし、今の冒険者はそれを中心に活動してるんだろう」

「ほかにもお仕事があるんですね」


 フラウリアはほっと胸をなで下ろした。人の仕事を心配するところがこいつらしい。


「それに最近はまた討伐の仕事が増えてると聞いたことはあるな」

「討伐って……あ、魔獣ですか」

「そうだ」


 近年になって獣が人々を襲う事件が増えてきている。

 それは動物が変異し凶暴化した獣らしく、大きさは確認されているだけでも大小様々。中には四メートルを超す個体も少ないながら確認されている。


「たまに新聞でも見かけますが、そんなに増えているんでしょうか」

「戦争前の下級瘴魔の数に比べたらそこまでではないらしいが、まだ瘴魔みたく解析も進んでいないから各国も手を焼いているらしい」


 と、以前にセルナが話していた。


「折角、瘴魔がいなくなったのに」

「天敵がいなくなったのは人だけじゃないということだろう。まぁ、瘴魔のときにもなんとかしてきたんだ。今回もなんとかなるさ」


 フラウリアが心配げな顔を浮かべていたので私はそう言った。

 それにフラウリアはうなずくと「そうですよね」と微笑む。


「そういえば夏期の星祭(せいさい)のことなんですが」

星祭(せいさい)がどうかしたのか?」

「帰りにユイ先生から伺ったのですが、以前にベリト様がお話しされていた通り夏は私とアルバさんがお手伝いに行くようです」

「あぁ」


 確かに去年に話したな。仕事に慣れてきた修道女二年目が星祭(せいさい)の準備や片付けに駆り出されると。


「何日行くんだ」

「日帰りが二度、そして当日の前日から中央教会に泊まるそうです」

「つまり外泊は前日の一日か」

「そうですね。ほかの修道女と交流できる数少ない機会みたいなので楽しみです」

「修道女がみんな出来た人間とは限らん。出身に限らずな。だから気をつけろよ」

「はい」


 にっこりとフラウリアが笑う。その顔には楽しみな気持ちが滲み出ている。

 本当に分かってるんだろうな……まぁアルバも一緒だから心配はいらないと思うが。

 そこでにこにこしていたフラウリアが口を手で隠した。小さく欠伸をしたようだ。


「今日は早く寝たらどうだ」


 遠出をして帰りは転移魔法(リテイン・ポート)も使っているのだ。あの魔法の魔力消費量は全属性魔法の中でも上位で、それに加えて慣れない内は余分な魔力も使う。魔力を大量消費すると身体は疲労を感じるので、こいつも今日は疲れているだろう。

 だがフラウリアは私の言葉に肯定せず、納得のいかなそうな顔をした。


「どうした」

「もう少し、お話ししたいです」


 俯きがちにフラウリアは言った。


「だが、休まないと魔力が回復しないぞ」

「でも、二日ぶりですし……」


 そう言ってフラウリアが口を結ぶ。以前なら納得いかないことでも素直に受け入れていたこいつだが、最近はこのように少しねばることがある。これはこいつ流の我儘で、それを出せるようになったのは良いことなのだと思う。私も遠慮されないのは嫌な気持ちではない。

 普段ならこちらが折れる所だが、大きな魔法を使った今日は流石に休ませたい。


「明日は休暇なんだろ?」

「……はい」

「私も急ぎの仕事はない。一日お前に付き合うから」


 フラウリアが顔を上げてこちらを見る。


「カフェにも行こう」


 もう一押しすると、フラウリアは口許を緩めてうなずいた。どうやら納得してくれたらしい。

 その単純さに私も口端が上がりながら、ソファから立ち上がった。


「それなら私は下に行くから」

「はい」


 フラウリアが付いてきたので、私は扉の前で立ち止まり振り返った。フラウリアは名残惜しそうにこちらを見上げている。

 私はその頬に触れて口づけた。


「おやすみ」

「おや、すみなさい」


 絞り出すようにそう言ったフラウリアの顔が、遅れて赤く染まる。

 その反応を見届けてから私は部屋を出た。



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