大陸暦1978年――17 ラブレター2
「ユイに聞いたわ。よく貰うらしいわね」
「あぁ……全く、修道士ども色恋にうつつを抜かしすぎじゃないのか」
思わず愚痴るようにそう口にしてしまう。それも仕方がないだろ。律儀な性格のフラウリアは貰った手紙には全て目を通すし、その上、悩みながら丁重に断りの手紙まで書いている。そんな無駄なことに時間を取られるあいつを見ていたら愚痴の一つも零したくなる。
その不満から自分でも分かるぐらいに眉根を寄せてしまっていると、セルナが小さく笑った。
「……なんだよ」
「いえね、私も昔に同じこと言ったの思い出しちゃって」
ユイと付き合う前ね、と付け加える。
「彼女も昔は本当によく手紙をもらっていたから」
だろうな。フラウリアも顔立ちは整っているがユイは正直、格が違う。人体解剖学的観点から見てもあいつの造形は完璧だ。ユイにはフラウリアのような気質はないが、その完璧な造形が人を――特に異性を惹きつけてしまうのも無理はない。
「あいつも男受けしそうな顔をしているからな」
「そうなのよねー。それだけでなく無自覚たらしだから困ったものだわ」
私も以前に同じことを思ったので、内心で苦笑する。
「今ではもう流石に言い寄る人は少なくなったけれど」
ルナが左手薬指を指しながら言った。そこには銀色の繊細な細工の指輪がはめられている。ユイとお揃いの指輪だ。
「それでも言い寄る奴がいるのか」
「いるわねぇ。まぁ、未亡人でも付けている人はいるから一縷の望みをかけてってところかしら。それにほら、私たちの場合、公表はしていないから相手が誰かも知らない人は知らないし」
王族は婚約者だの結婚だの、その辺りのことを公にするのが普通だ。
しかしセルナの場合は相手が同性であるのと、こいつ自身が星王家初の無能者として、ユイは青の聖女および星教一の歌い手として、お互いに自国でも他国でもそれなりの有名人である。その二人が関係を公表しようものなら騒がれるのは必然だろうし、中にはあることないこと噂を流したり、口さがない連中も出てくるだろう。
たとえそのことで周りにどう思われようが、奇異な目を向けられようがセルナは気にしないが、その矛先がユイに向くことは望まない。セルナはユイへの影響を考えて公表しないほうがいいと判断したのだ。
とはいえこいつらはこそこそ隠れて交際しているわけではないので、たとえ親しくなくとも二人の関係に気付いている人間も少なくはない。それでも新聞に取り上げられないのはこの国の法のお陰だ。
星教が国教の星王国では王族だけでなく星教関係者への取材はもちろん、それを記事にするにも星府と星教本部に許可を取らなければならない。もし許可なしに情報を得る行為を行なったり記事でも書いたりしようものならよくて営業停止、悪くて牢屋行きだ。
それもあり私が星都に来てから大手の新聞にこいつらのことが載っているのを見たことは一度もない。まぁ、壁際で発行されている非公然な新聞ならば、憶測や無能者のセルナを揶揄する記事は見たことはあるが。
「それに神様相手でも指輪はするでしょう?」
星教ではこの身を信仰に捧げるという意味でも、左手薬指に指輪をはめることがある。それには決まった指輪をはめるわけではないので一見、見分けはつかないらしい。
「それもあって純粋な星教徒はユイの相手が神様だと思っているらしいわよ」
「神様ねぇ」
「そう、神様」
ルナがおかしそうに笑う。そいつらもその神様がこいつだとは思いもしないだろう。
「そのお陰で彼女に言い寄る人間が減ったことは、神に感謝してもいいわね」
ルナが手で軽く星十字を描く。修道院に入れられていたにしては全く、様になっていない。
「だが、完全にいないわけではないだろ」
「そうね」
「それなのに、なんとも思わないのか」
セルナは意外そうに眉を上げた。が、すぐに微笑んで答える。
「もちろん若いころは彼女が手紙をもらう度にどぎまぎしたものよ。でも今は何も思わないわね」
「なんで」
「信じられるようになったからかしら」
「それまでは信じてなかったのか」
「どちらかというと信じるほどの自信が自分にはなかったと言ったほうが正しいかも。ほら、彼女は私と違って普通の幸せも手に入れることができるわけじゃない? それなのに私に付き合わせていいのかなって気持ちもあって」
無能者は生まれつき体内に粒子が無いだけではなく、性別関係なく子を成すこともできない。だからたとえセルナが男と一緒になっても子孫は残せないが、ユイはそうではない。あいつは望めば家族も子供も持つことができる。
どうやら自分勝手なこいつも一応はそのことを後ろめたくは感じていたらしい。
「でも死にかけたときに吹っ切れちゃったわ。ほら、人は死に直面すると人生観が変わるっていうじゃない?」
聞いたことはあるが当然、私は死にかけたことがないのでそれが正しいかは知らない。
だが昔に生死の境を彷徨ったことがあるこいつがそう言うのならば、それはあながち間違いではないのだろう。
「もちろん完全にその気持ちがなくなったとは言えないけれど、でも彼女がモテても余裕の心は持てるようになったわ」
まぁ例外はいるけれど、とセルナが付け加える。
その例外とはおそらくユイに言い寄っているという星導師のことだろう。
「ということでベリトもフラウリアのことを信じてあげなさいな」
「なにがということだよ」
「だって先ほどの貴女、昔の私にそっくりだったから。先人からの助言よ」
セルナは微笑んでそう言うと、片目をつぶった。




