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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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大陸暦1978年――17 ラブレター1


「ベリトも食べたら?」


 背後から聞こえた声に自然とため息が出た。

 夏期も半ばに差し掛かったころ、仕事部屋で仕事をしているといつもの如くセルナが骨休みに家にやって来た。

 時刻は午前十一時前。日頃から私はまだ仕事中の時間帯だ。それはセルナも知っているはずなのだが、こいつはそんなことお構いなしに訪ねてくる。それだけでなく仕事をしている私のそばでくつろいでは、話しかけてもくる。本当、自分勝手な自由人だ。

 作業机に向き合っていた私は振り返りソファのほうを見る。セルナは今、デボラに出されたアイスクリームを食べている。牛乳を魔道具で冷やして作った冷たい菓子だ。暑いとうるさいセルナのためにデボラが即行で作ってきた。そのデボラは幸せそうにアイスを口にするセルナのそばで紅茶のおかわりを注いでいる。

 私は今一度、ため息をついてセルナの向かいに座った。するとデボラがすかさずカップを用意し、セルナに注いだものとは別のティーポットから紅茶を注ぐ。普段の休憩時間でもないのに飲み物が用意されている辺り、デボラもセルナが来た時点で私が仕事を諦めることは見通していたのだろう。


「私は氷菓子が苦手だと言っただろ」


 そう言って私はカップを手に取った。鼻腔に注ぎたての紅茶の良い香りが届く。それを嗅覚で味わったあと紅茶を飲んだ。味わいと共に暖かな液体が食道を通っていく。このじんわりと体が温まる感覚は嫌いではない。


「こんなに美味しいのに」


 部屋を出て行くデボラを見送りながらセルナが言った。


「美味しい不味いの問題ではない」


 私は冷えに冷え切った飲食物を体内に入れるのが苦手なのだ。それは雪国育ちの影響が強いのではないかと思う。地域にもよるが、故郷の白狼国(はくろうこく)は夏期でも基本的に星都(せいと)の春期並に穏やかな気候だ。激しく動き回らない限りは汗なんてかかないし、暑さを感じることもまずない。なので体温を下げるような冷たい飲食物を口にする機会も滅多にないのだ。


「お前も冷たいものばかり口にしていると体を冷やすぞ」


 セルナには氷菓子だけでなく紅茶も冷えたものが出されている。

 生物の体というものは体温が上がりすぎても下がりすぎてもいけない。いくら夏期とはいえ冷たいものばかり口にしていると、内臓が冷え胃腸の働きが低下し食欲不振に繋がったりもする。セルナは書類仕事中も冷たい飲み物ばかり飲んでいるようだし、それでは内臓が冷えるというものだ。


「はいはい」


 しかし私の言葉を軽く流し、セルナはお皿からアイスクリームをすくって口に入れる。それから満足げに笑みを浮かべた。

 全く……私はため息をついて紅茶を飲む。

 セルナが夏期にこうなのは今に始まったことではない。だから今さら言ったところで無駄なのは分かっているのだが、一応は主治医として忠告もしたくなる。……まぁ、流石に三食の食事まで冷たいものばかり食べてはいないだろう。

 私は食生活の改善を諦めて話題を変える。


「こんなところで油を売っていていいのか」

「なんで?」

「ユイが帰ってくるんだろ」


 ユイと、そしてフラウリアは一昨日(おととい)から隣国であるファーリ王国に泊まりで仕事に行っている。

 もっと詳細に言うならば、ユイの青の聖女としての仕事にフラウリアが転移魔法の練習も兼ねて付き添っている形だ。


「だからここで英気を養って、午後に書類仕事を済ませて夕方には帰るわ」

「ここで英気を養わなければもっと早く帰れると思うが」


 予定では二人は昼前に戻ると聞いている。


「あまり早くてもユイが上がらないと意味がないもの」


 あぁ、そういえば私と竜王国りゅうおうこくに行ったときも修道院に戻って仕事していたな。


「あいつ、以外と体力あるよな」

「ねー」


 そんな無駄話をしつつセルナがアイスクリームを完食したころ、外に馬車が止まった。

 気配で気付いたのだろう。そそくさとデボラが仕事部屋に入ってきて外扉を開く。するとトランクを持ったフラウリアが顔を見せた。


「フラウリアお帰りー」

「お帰りなさい。フラウリア様」

「お帰り」


 私たちの顔を見て、フラウリアが顔を綻ばせる。


「ただいま戻りました」

「お荷物を」


 了承を得る前にデボラがフラウリアからトランクを取った。フラウリアが遠慮することが分かっていての強引さだ。


「すみません。ありがとうございます」


 取られてしまってはフラウリアも観念するしかない。


「ルナ様。今日は午後からお休みなのですか」


 フラウリアが外套を脱ぎながら言った。それもすかさずデボラが受け取る。それにフラウリアは申し訳なさそうにしながらも私の隣に腰を下ろした。デボラが荷物を置いて新しいカップに紅茶を注ぐ。


「ううん、今日は午後もお仕事。休暇は明日」

「そうなのですか。お疲れさまです。そういえばユイ先生も明日は休暇だと仰ってました」

「えぇ。だから明日はデートするの」

「で、デート、ですか」


 フラウリアの頬が仄かに赤くなる。


「そう。星霜(せいそう)劇団に演劇を見に行くのよ。久々だから楽しみだわ」

「それは、楽しんでらしてください」

「ありがとう」


 恥ずかしげにしているフラウリアを、セルナとデボラが微笑ましそうに笑う。それがまた恥ずかしかったのか、それを誤魔化すようにデボラに礼を言ってから紅茶を口にした。

 デボラがそれを見届けてソファにかけていた外套を手に持つ。それからポケットを改めていて眉を上げた。 


「フラウリア様、こちらは?」


 そう言ってデボラが外套のポケットから取り出したのは封筒だった。


「あ」


 一瞬でそれがなにか分かった私はつい、ため息をついてしまう。


「またもらったのか」


 私の言葉にフラウリアは困り顔を浮かべる。

 このような手紙をフラウリアが持って帰ってくるようになったのは、ユイと各地に赴くようになってからだ。

 その内容はもちろんと言うべきか、そう、恋文ラブレターだ。

 それも一枚や二枚ではない。大きめの星教会(せいきょうかい)に泊まりで行ったときには何通も持って帰ることがある。まぁ、今日は一通のようだが……。


「へぇ。もてもてじゃないフラウリア」


 どう反応していいのか困るようにフラウリアが微笑すると、すっとソファから立ち上がった。


「あの、着替えてきます」


 そして礼をしてからそそくさとデボラと一緒に部屋を出て行く。逃げるように出て行ったのはこれ以上、セルナにこのことを追及されたくなかったからだろう。



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