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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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大陸暦1978年――15 不意打ち


 ルナ様が予約してくれていたお店で美味しい昼食をご馳走になったあと、私たちは星都(せいと)劇場前広場にある馬車乗り場へとやって来た。

 まだ時刻は昼過ぎだけれど、今日は夕方からユイ先生が修道院の泊まり当番なのと、夜に捕物があるルナ様のためにベリト様も碧梟の眼(あおふくろうのめ)の本部に行かれるので、最初から早めに帰ることは決まっていた。


「それじゃあお先に」


 馬車の前に立ちルナ様が言った。


「はい。ごちそうさまでした」


 私のあとにアルバさんも「ごちそうさまでした」と続く。


「お仕事、頑張ってください」

「ありがとう。またみんなでデートしましょうね」


 デートという言葉に反応して顔が熱くなる。そんな私を見てルナ様は笑うと馬車へと乗り込んだ。御者が手綱を持ち馬車が走り出す。車窓で手を振るルナ様を見送ってから私たちも馬車で帰路についた。





 お家に着くとベリト様はすぐに仮眠を取りに部屋に戻られた。

 その間、一人となった私の相手はデボラさんがしてくれた。訊けば彼女も昔に一度だけ星霜(せいそう)劇団を見たことがあるらしい。しかもその演目が丁度、私が今日観劇したものと同じだったこともあり話はとても弾んだ。とはいえ私がほとんど話していたのだけれど、それをデボラさんはずっとにこにこ顔で聞いてくれた。

 そのあとはデボラさんと夕食の準備をし、起きられたベリト様と夕食を食べて夜となった。


「今日は楽しかったですね」


 隣に座るベリト様にそう言うと、彼女は笑みを漏らした。


「お前、今日ずっとそれだな」

「だってみんなでお出かけだなんて始めてでしたから。それに劇も凄く感動しましたし。ベリト様はしませんでしたか?」

「まぁ、思いのほか楽しめたな」


 自然な様子でベリト様はそう答えた。

 ルナ様が感想を訊いたときとは違う反応に、私はじっと彼女を見てしまう。

 するとそれに気付いたベリト様が、気恥ずかしそうに視線を逸らした。


「セルナには言うなよ」

「はい。言いません」


 頬が緩むのを感じながら私はうなずく。

 ルナ様の前で素直になれない彼女が、私の前では素直になってくれるのは特別感があって嬉しい。


「それでしたらまた見に行きませんか。今度は――二人で」


 少しばかり勇気を振り絞ってそう言った。

 いつもベリト様と二人でお出かけするのは近くの商店街だ。もちろん彼女と一緒ならば近くだろうとどこだろうと楽しいし嬉しいし幸せだけれど、やはり遠出をしたりそういう場所に行ってみたいという気持ちもある。劇場にはその、二人で来ている人も沢山いたから。

 ベリト様からはすぐに返事はなかった。どうしてかじっとこちらを見ている。その視線を受けていると遅れて自分が言ったことに気恥ずかしさを感じた。


「もちろん、ベリト様が嫌でなかったらですけど」


 その気持ちを誤魔化すようにそう口にして思い出す。劇場前も外も凄い人だったことを。

 そんな人が多い場所に出かけるのは、心が視えてしまうベリト様にとっては気疲れする行為だ。現に今日も人混みを抜けるとき、彼女は人に当たらないよう気を張っていた。

 夜市(よるいち)のときもそうだったけれど、目先の目的に気を取られて私はまたそのことを忘れてしまっていた。

 そのことを一人反省していると、ベリト様が「いいぞ」と言った。

 私は下げていた視線を上げて彼女を見る。


「本当ですか」

「あぁ」

「無理、されてません?」


 私のために。


「していない」

「でも人混みは――」


 気疲れするのではと言う前に、ベリト様が私の手に触れてきた。


「お前に触れていれば気にならない」


 今朝のことを指すように彼女は言った。

 ベリト様がそう言ってくれたことに驚きながらもすぐに嬉しさが湧いてくる。嬉しくて触れられている手を握ると、彼女も握り返してくれた。


「だが、見るものはお前が決めろ。私はそういうのはよく分からんからな」

「はい」


 今度、ユイ先生やルナ様にお勧めを訊いてみよう。

 以前にした旅行の約束もそうだけれど、これでまた先の楽しみが一つ増えてしまった。


「劇団もですけど、楽団も見に行ってみたいです」

「楽団か……それも昔に見に行ったきりだな」

「昔」

「子供のころだ」


 子供のころ、と言うとおそらく家族と見に行ったのだろう。

 私にとって家族との思い出は全て大事な記憶だけれど、ベリト様にとってはそうではない。彼女はご両親に……愛されてはいなかったから。


「それでしたらあまり、気が進まないですか?」


 ベリト様の境遇に胸が痛みながらも、私は訊いた。


「まぁ、良い思い出とは言えないが。それは演劇も同じだ」


 ベリト様は前を向くと遠くを見るように目を細める。


「だから正直、今日も前日までは気分が重かった。だが、行ってみてわかった。悪い記憶は良い記憶で塗り潰すことができるものなのだと」


 ……それって、今日は楽しかったということでいいんだよね。

 みんなと、私と出かけることは良い記憶になるということで。

 そうベリト様が感じてくれているのならば、私も嬉しい。


「だからそんなに気を遣わなくていい」


 ベリト様が優しく微笑んでそう言ってくれる。

 それに微笑み返すと、彼女は笑みを深めてから窓辺を見た。


「馬車が来たようだ」


 その言葉に、朝から今までずっと浮かれていた気持ちがすっと落ち着きを取り戻す。

 現実に戻った、そんな感じがしたのだ。

 もちろんいつもの日常も楽しいし幸せだ。でも今日はそれ以上に素敵な一日だったから、終わるその瞬間までベリト様と一緒でないことが残念で寂しい。

 ベリト様が手を離して立ち上がったので、私もソファから立つ。

 碧梟の眼(あおふくろうのめ)の本部に行かれるときは夜ということもあり、危ないから玄関までは見送らなくていいと言われている。だから私は自室の入口で立ち止まった。


「お気をつけて」


 お見送りするのに浮かない顔をするわけにはいかないので、寂しい気持ちを抑えて微笑む。それに彼女はいつも「あぁ」と答えるのだけれど、今日は何故かすぐには反応せず虚空を見た。

 どうしたんだろうと思いながら彼女を見上げていると、ふいにベリト様が私の頬に手を添えて口づけてきた。

 突然のことで驚く私にベリト様はふっと笑うと「おやすみ」と言って部屋を出て行った。

 ベリト様の足音が離れて行く。私はそれを扉の前で立ち尽くして聞いていたけれど、やがて感情が一気に全身を駆け巡って顔が熱くなった。

 日常に戻っていた気持ちがまた急浮上する。

 私はふわふわした気持ちでベッドに上がるとシーツを頭まで被った。そして魔灯(まとう)を消す。

 ……ベリト様がく、口づけてくれたのはこれで二回目だ。

 最初のときも、凄く、もの凄く驚いたけれど、あのあと恥ずかしくてベリト様の顔が見られなくて今のようにシーツを頭までかぶって潜り込んでいたけれど、今日もその非じゃない。

 おやすみの口付けだなんて、年末にもらった小説に書いてあった通りの出来事だ。

 恋仲の二人が一緒に一日を過ごしたあとの別れの場面で。

 そのとき主人公の女の子は楽しい一日が終わることと、彼と別れることを寂しく感じていた。まさに今の私と同じように。

 ベリト様はきっとそれに気付いて同じことをしたに違いない。

 そして私が少し、そう少し、そういうのに憧れを抱いていたことも。

 彼女がそれを私から視たのか、私が知らないうちにあの小説を読んで自然と気付いたのかはわからない。だけどどちらにせよそれが知られていたことの恥ずかしさと、実際に体験したことの嬉しさとで、気持ちがごちゃごちゃになる。

 顔の熱さは全身に広がり、うるさいほどに心臓が早鐘を打っている。

 こんな状態で眠ることなどできるだろうか――。

 そう思いながらも私はとりあえず目を瞑った。



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