大陸暦1978年――14 わかりやすい
早朝、花屋の先の待ち合わせ場所に行くと、すでにフラウリアが待っていた。
「おはようございます。アルバさん」
「おはようフラウリア」
私たちは朝の挨拶を交し、並んで歩き出す。
「昨日は悪かったな。急に休んで」
昨日、私は修道院の一つ上の先輩たちと中央区に出かけていた。
その誘いの手紙を貰ったのは先々週のことだ。先輩たちには住まいはおろか配属先も教えていないので――そもそも先にあちらが卒院したのだから教えようがない――それをユイさんから渡されたときは驚いた。どうやら私と連絡を取るために修道院を通そうとしたらしい。
そこまでして私に連絡をくれるなんて何事だろうと思いながら読んだ手紙には『他の街に行った子も含めて二年振りに同期で集まることにしたからアルバもおいでよ』的なことが軽い感じで書かれていた。見習い時代にも先輩たちはよく私を女子会、とでも言うのだろうか、それに誘ってくれていたのでその流れで手紙を送ってくれたのだろう。
そうしてわざわざ学年が違う私を誘ってくれたのはありがたいことではある。でもそう感じながらも誘いは断るつもりだった。その日は出勤だったし、なにより同期だらけの中、後輩の私が入るのは気が引ける。
だけどフラウリアにその話をしたら『気が進まないのでなければ行かれてみてはどうですか』と言われた。次またいつ会えるかわからないし誘ってくれたのは会いたいと思ってくれているからだとも。
フラウリアの言うことはもっともだと思った。人生というのはなにがあるかわからない。この機会を逃せば今後、人によっては会えない可能性だってある。
先輩たちが私に構ってくれていたのは人からは中性的だと言われるこの容姿によるものではあるけれど、それでもよくしてくれたことには間違いない。それに私も先輩たちに会うのが嫌というわけではない。
それならばと誘いを受けて行ってきたのが昨日というわけだ。
「いえ、全然。先輩のみなさまはお変わりなかったですか?」
「うん。あーいや、変わってはいたかな」
フラウリアが首を傾げる。
「なんかみんな、お洒落にお化粧にと、女の子になってた」
修道院ではそういうのは禁止だから、その反動なのかもしれない。
「なんだか素敵ですね」
両手のひらを合わせてフラウリアが言った。
「素敵?」
「はい。なんていうんでしょう。人生を楽しんでるって感じがして」
「あぁ」
フラウリアの言いたいことはわかる。
ルコラ修道院にいたのは貧しい家庭や孤児の子供ばかりだ。
あのまま星教に拾われていなければ生きることに精一杯で、人生を楽しむなんてことは絶対にできなかっただろう。それは私もフラウリアも身に染みてわかっている。
「そうだな。みんな楽しそうだったよ」
「そうですか」
微笑ましそうにフラウリアが微笑む。
「どこに行かれたりしたんですか?」
「普通に市街地でご飯食べたり買物をしたり、あとはずっとカフェでお喋りしてたよ」
よく喋っていた先輩たちを思い出して、私は思わず苦笑する。
「そういえば先輩たち、フラウリアのことも言ってたぞ」
「私のことですか?」
「あぁ元気かって。あとクロ先生とはどうなってるかも気にしてたな」
フラウリアがルコラ修道院に来て年が明けたころには、彼女がクロ先生を慕っているのは修道院内では周知の事実となっていた。女の子というのは噂好きで、二人が夜市で一緒だったのを見かけた見習いが話を広めたらしい。
それでフラウリアも何度か同期や先輩たちにクロ先生とのことを探られていた。そのときこいつは周りがどういう意図で訊いてきているのかに気づいていなくて、お優しいかたですとかよくしていただいていますとか答えていたけれど。
「友達なのになにも知らないとは流石に言えないから一緒に住んでることは話したんだけど、そしたら先輩たち目を爛々とさせちゃってさ。それって同棲じゃないかとかあれこれ訊かれて参ったよ。まぁその場は上手く誤魔化しといたけど、でも今度、お前が先輩に会う機会があったら質問攻めされると思うから覚悟しといたほうがいいぞ――」
そこで私はフラウリアを見て驚いた。
前を向いたままの彼女の顔が赤く染まっていたからだ。
「フラウリア?」
「はい……!」
赤い顔のままフラウリアが慌ててこちらを見る。
「どうかしたのか?」
「な、なにがですか」
「いや、だって顔が真っ赤」
「いつも、こんなものですよ」
なんか、めちゃくちゃ下手な嘘をついている。
「あ、そういえば泊まりの先生に確認したいことがあるんでした。すみません私、先に行ってますね……!」
「フラウリア」
呼び止めるも、フラウリアは走り去っていった。
その背を呆然とした気持ちで見送りながら、思った。
これはクロ先生となにかあったな、と。




