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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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173/203

大陸暦1977年――13 来年も


 仮眠から起きて仕事部屋で本を読んでいると、フラウリアが仕事から帰ってきた。


「ただいま戻りました」

「お帰り」


 私の返しを微笑んで受け取ったフラウリアは、外套を脱いで隣に座る。すると横からひんやりとした空気が流れてきた。こいつが外から連れてきた外気だ。本屋に行ったときはそこまで寒くなかったのだが、夕方になって大分、冷え込んできているらしい。

 本を閉じて机に置くと、それをフラウリアが目で追った。


「本屋さんに行かれたのですか?」


 見たことがない本だと気づいたのだろう。


「あぁ、ほら」


 机に置いていた本を手に取り、フラウリアに差し出す。


「え」

「土産」

「でも」

「お前もアルバたちと出かけたときは土産を買ってくるだろ。だから遠慮するな」


 フラウリアは瞬きをしたのちに、微笑んで本を受け取った。


「ありがとうございます。休暇のときに読ませていただきますね」


 フラウリアは膝に本を載せると、手を合わせてこすった。指先が赤くなっている。


「いい加減、手袋を買ったらどうだ」


 冬用の手袋をこいつは持っていない。デボラが何度か買いに行きましょうと言ったのだが、その度にこいつは断っている。


「でも、辛いというほどではありませんし」


 翻訳すると我慢出来るのにもったいないという意味だ。全く、普通に生活できるぐらいの給金はもらっているのに、なかなか貧民街生まれの感覚が抜けないらしい。

 ただでさえ修道院では洗濯をしたりと手を冷やす水仕事も多いというのに。

 私はため息をついて、フラウリアの手に自分の手を重ねた。

 フラウリアが驚くようにこちらを見て、それから微笑む。


「ベリト様の手、暖かいですね」

「暖かいところにずっといたからな」


 フラウリアが握り返してきたのでそのまま手を繋いだ。

 先日の出来事以降、私はこいつに触れられるようになった。

 あれだけ触れられなかったのが嘘のように、今では触れることに全く抵抗を感じていない。

 一度踏み出してしまえば、なんてことはない。

 私にはもう枷なんてものはなかったのに、結局のところはなんやかんや理由をつけて勇気がでなかっただけなのだ。


「今日、みなさんに年末の挨拶をしてきました」

「明日も会うのにか?」


 修道院にも休みはあるが、それは見習いたちのほうだ。

 新年の無の月――十五日間、見習いたちは規則正しい生活から解放される。

 ルコラ修道院は孤児が多いので関係ないが、ほかの修道院の見習いは実家に帰ることも許されている。

 しかし職員の全員が休んでは修道院は回らない。だから職員は順番に休みを取るのだ。

 そして新年の二日には卒院式もある。これは卒院生以外の見習いは自由参加だが、職員は全員参加しなければならない。


「それでも一年の終わりは今日だけですから」

「まぁ、そうか」


 そのあとは軽く会話をして、フラウリアはデボラのところに行った。

 それからいつも通り夕食を食べて風呂に入り、二人でソファで過ごしているとデボラが部屋にやってきた。


「それでは上がらせていただきます。今年もお世話になりました」

「こちらこそ本当に色々とお世話になりました。来年もよろしくおねがいします」

「はい。お二人ともよいお年を」


 扉の近くでデボラを見送ったフラウリアがソファに戻ってくる。


「外、賑やかですね」


 そして隣に座りながらそう言った。


「あぁ」


 耳を澄ませば普段、この時間には聞こえない商店街の賑わいがかすかに聞こえてくる。

 新年に上がる花火を見るために、近所の奴らが商店街に集まって飲み食いをしているためだ。


「年の瀬はいつもこんな感じだ」

「そうなんですね」


 これまでは気にもしなかった、もしくは耳障りにさえ感じたこともある遠くの喧騒が、今日はなぜか懐かしく感じる。

 それに耳を傾けていると、フラウリアが不思議そうに見てきた。私が笑みを漏らしたからだろう。


「いや、年の瀬に一人でないのは久しぶりだなと思ってな」

「久しぶり」

壁近(へきちか)にいたころは毎年、治療院に人が集まってな、朝まで飲みに付き合わされていた」


 あのころは酔っ払いどもの相手をして辟易していたものだが、いざこちらに移り住んでそれがなくなると寂しく……そう寂しく感じたものだ。


壁近(へきちか)にはもうずっと、帰られていないのですか?」

「あぁ」

「帰るのはやはり、難しいのですか?」


 気を遣うようにフラウリアが訊いてくる。

 私が壁近(へきちか)で知人の記憶を引き受けたこと。その記憶で体調を崩していったこと。そしてセルナが誘ってきたのをきっかけにあそこを離れたことはもうフラウリアも知っている。


「九年も経っているからな。記憶としてはもう薄れてはいるが……行ったらどうなるかは正直わからん。……だが」


 私はフラウリアの手を握る。


「今はお前ので一杯だから案外、もう帰っても大丈夫かもしれん」


 冗談めかしてそう言うと、フラウリアは苦笑して手を握り返してきた。


「そうだな。機会があれば一度、戻ってみてもいいかもしれないな」

「そのときは私も付いて行っては駄目ですか?」

「あまりお前を壁近(へきちか)に連れて行きたくはないんだが」

「でも来年からユイ先生に付いて壁際の施しに行きますよ?」

「それはまだ安全が確保された場所でするだろ。護衛も警備もいるし」


 あからさまに残念そうに落ち込むフラウリアに私は苦笑する。

 全く、こういう顔を見せられては駄目とも言えん。


「まぁ、治療院につれて行くぐらいなら大丈夫だろう」


 フラウリアの顔がぱっと明るくなる。


「機会があったらな」

「はい」


 笑顔でうなずく。手からはにこにこ顔と同じおめでたい色が視える。本当、単純な奴だ。


「今日は普通に寝るのか?」

「はい。明日は朝から出ですから」

「どうせ見習いも今日は夜更かしして、朝は普通に起きてこないだろ」

「そうですね。私も年の瀬はみなさんと花火を見て寝てたので、朝は少し寝坊していました」


 でも、と窓を見る。


「あんなに明るい気持ちで花火を見たのは初めてで、すごく楽しかったです」


 手からはそのときの記憶が視える。友人たちと一緒に修道院の外庭で空を見上げている光景が。その記憶の楽しげな様子に、私も思わず口許が緩む。


「そうか」

「本当は今日もベリト様と花火を見たいのですが」


 仕事を寝不足で行くわけにはいかないとこいつは思っている。真面目なこいつらしい。


「今年、見られなくともいつか見られる」


 そう。この先も一緒にいればいつかきっと。


「――そうですね」


 フラウリアは微笑むと正面を向いた。繋いだ手から色んな記憶が流れてくる。


「一年の振り返りか」

「はい。この一年、色々なことがあったなと思いまして」


 その思い出に浸るように目を細めて笑う。


「悲しい別れもありましたけれど、でもそれ以上に楽しい思い出も沢山できました」

「そうか」


 フラウリアが体をこちらに向ける。


「ベリト様。今年一年、お世話になりました。来年もよろしくお願いします」

「あぁ。こちらこそよろしく」


 それにフラウリアは微笑むと、体の向きを戻して少し身を寄せてきた。

 握られた手だけでなく腕や肩も接触する。

 触れた部分から色々と流れ込んでくるのを感じながら私は窓の外を見た。

 遠くの喧騒が今日は心地良く感じた。



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