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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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大陸暦1977年――12 冬の珍客1


「ご無沙汰しておりますわ。ベリト先生」


 午後の昼下がり、仕事部屋のソファで本を読んでいたところ、花の香りを携えてそいつはやってきた。

 一年振りぐらいに見たその顔に、私は条件反射に眉をひそめてしまう。


「あら。忙しい最中(さなか)、久しぶり会いに来てあげましたというのに、なんですかその面倒そうなお顔は」


 この部屋におおよそ似つかわしくない華やかな風貌をしたそいつは、どこぞの殿下と同じく我が物顔で向かいのソファに座った。

 私はため息が出ながら、読んでいた本を閉じてそばに置く。


「なんの用だ」

「先生がお元気にしていらしてかと思いまして」

「本音は」

「同棲相手を拝見しに参りました」

「帰れ」

「嫌です」


 そいつは上品かつ楽しげに笑うと、自宅側の扉に目を向けた。

 もう少し後に来ていれば顔を合わさせずに済んだものを――そうあいつの気配を視ながら思う。

 少しして足音が近づくと、私たちが意識を向ける扉が開いた。


「ベリト様、準備が出来ましたのでそろそろ出ま――」


 部屋に入ってきたフラウリアが驚いて言葉を止めた。自分が席を外したこのわずかな間に、ここに人が増えているとは思いもしなかったからだろう。それに加えて意地が悪いことに、この客はここに訪れる前から気配を消している。きっとフラウリアがいないとわかった時点で、驚かすことを思いついてそうしたのだ。


「あら、あらあらあら」


 客はソファから立ち上がると、まだ驚きから戻れないフラウリアに近づく。そして根踏みをするようにフラウリアを眺めるとこちらを見た。


「先生。やるじゃない」


 なにがだ。


「ええと……ベリト様のお客様、ですか……?」

「そうよ。挨拶が遅れたわね。わたくしはアオユリ・メーデ・ルドレシア。ユイの友人でイルセルナ殿下のお仕事仲間、そしてベリト先生の可愛い一番弟子よ」

「可愛くないし、弟子を取った覚えもない」


 私の突っ込みを意にも介せず、アオユリは続ける。


「貴女のことはユイや殿下から話を聞いてるわ。よろしくね」


 フラウリアは私とアオユリを交互に見ると、戸惑いながらも頭を下げた。


「フラウリア・ミッセルと申します。神星(しんしょう)魔道士としてご高名なルドレシア伯爵にお会いできて光栄です」

「あら、わたくしのこと知ってくれているのね」

「新聞でお名前を拝見しました。来年には宮殿神星(しんしょう)魔道士長にご就任されるんですよね。おめでとうございます」

「ありがとう」

「でも、伯爵がベリト様のお弟子様なんて驚きました」

「だから弟子ではない。こいつが好き勝手に解剖を見に来ただけだ」

「そんなこと仰って。いつ伺っても丁重に教えて下さったし、わたくしの解剖の腕も褒めてくださったではありませんか」

「初めてにしては上出来だと言ったんだ。だいたいお前が解剖したのあの一回きりだろ」

「わたくし優秀ですから、理解するには一回で十分ですわ」

「それで弟子を名乗るなって言うんだよ」

「ですが解剖の仕方まで指導した治療士は私が初めてでしょう?」

「それはそうだが」

「それでしたらもう弟子ではありませんか」

「いやだから、私がそうではないと言ってるんだが」

「わたくしはそうだと申し上げています」


 優雅に微笑むアオユリに、自然と大きなため息が出る。

 なんでセルナの回りには話していて疲れる奴が多いんだ……いや、どちらかと言えばユイの回りか? セルナはユイの恋人で、アオユリはユイの友人であるから。


「まぁ、大きなため息。そんなにわたくしとお喋りするのが疲れますの?」


 まさに今そう思ったんだが。


「それがわかっているのなら、帰れ」

「折角、会いにきた弟子にこんなことを仰るのよ? 本当に可愛げがないと思わない?」


 話を振られたフラウリアは困ったように目を瞬かせている。


「貴女もこんな可愛げのない人はやめてわたくしのところにいらっしゃいよ? 可愛がってあげるわよ」


 アオユリに頬を撫でられ顎を持たれたフラウリアの顔がみるみる赤くなる。


「あら赤くなっちゃって、可愛いー」


 アオユリはそう言うと、フラウリアを抱き寄せた。フラウリアの顔がアオユリの胸に埋まる。私は眉間が引きつるのを感じながら、そばに置いていた本を持ってソファから立ち上がった。それからその本でアオユリの頭を叩く。


「なにするんですのー」

「それはこちらの台詞だ。その無駄でかい胸でこいつを窒息させる気か」

「あら、大きい胸は浪漫ですのに。先生にも教えてさしあげましょうか?」

「アホか」


 両腕を広げるアオユリを一蹴してフラウリアを見る。

 胸から開放されたフラウリアは目を回しながら私の後ろに隠れると、腕に縋って警戒する子犬のようにアオユリを覗き込んだ。その縋っている手からは羞恥と混乱が混ざり合った色が流れ込んでくる。先ほどの体験が余程、衝撃的なものだったらしい。

 これはこれで少し面白いなと思いつつも、部屋の時計が目に入ったので言った。


「フラウリア。アルバを待たせてるんじゃないのか」


 私の言葉にフラウリアは、はっと正気を取り戻す。


「あ、はい」

「あら、これからお出かけ?」

「はい。友人と近くのカフェでお茶をしに」

「そうなの。楽しんでらして」

「ありがとうございます。伯爵もごゆっくりなさってください」

「私のことはアオユリでいいわ。今度ゆっくりお茶でもしましょう」

「はい。アオユリ様」


 フラウリアは頭を下げるとこちらを見た。


「それではベリト様、行ってきます」

「あぁ。気をつけてな」


 フラウリアは微笑むと、急ぐ感じで仕事部屋から外へと出て行った。

 気配が無事に離れるのを見送ってからソファに座る。するとアオユリもまた向かいに座った。そしてそれを見はからったかのようにデボラが部屋に入ってきて、紅茶の用意をする。


「ありがとう」


 アオユリの礼にデボラは微笑んで応えると「ごゆっくり」と部屋を出て行った。



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