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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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大陸暦1977年――11 未来のこと


 風呂からあがると、いつもソファで本を読んで待っているフラウリアが、今日は置物を見ていた。

 私が土産に買ってきた飛竜の彫刻だ。夕方にやったあと部屋に持っていったはずなのだが、どうやらわざわざ持って来たらしい。


「そんなに面白いか」


 隣に座った私にフラウリアは微笑むと、置物を持つ手を顔の高さまであげた。


「はい。見る角度によって色味が変わって凄く綺麗です」


 彫刻を色んな角度から眺めるその様子に、思わず口角があがる。

 随分と気に入ったようで、こちらも悩んだ甲斐があったというものだ。

 最初、飛竜の土産を買うと決めたとき、こいつのことだからなんでも喜ぶだろうと軽く思っていた。

 しかし、店頭でいざ飛竜を模した様々な土産を目の当たりにすると、どれが一番フラウリアが喜ぶだろうかと考えてしまい、一向に決まらなかった。そんな中、一緒に土産を買いに出ていたユイが置物を選んでいたので、これならば飛竜がどんな姿形をしているのかわかるだろうと思い、これに決めたのだった。


「実際の飛竜も、このような感じで休むのでしょうか」


 膝の上に置いた飛竜の彫刻を撫でながらフラウリアが言う。

 まるで猫でも撫でるかのような仕草で少し可笑しい。


「店の奴はそう言っていた。彫刻士が実際に素描(すがき)したものを見て、掘ったものだと」

「そうなんですか。凄いですね」

「もし起きているのを見たければ、アルバに見せてもらうといい」

「え」とフラウリアがこちらを見る。

「ユイが土産に買っていた」

「ユイ先生がアルバさんに……それはアルバさん、喜ばれているでしょうね」


 そう言ってフラウリアが目を細めて笑う。こいつにしては珍しくどこか意味深な顔だ。


「お仕事は上手くいかれましたか?」


 フラウリアは今日初めて、それを訊いてきた。

 夕方はずっと私がフラウリアの話を聞いていたからだ。この二日間、話したいことが溜まりに溜まっていたのか、こいつは本当によく喋った。私がそのように促したのもあるが、こんなに喋るこいつを見たのは初めてかもしれない。

 流石に夕食のときには話したいことが大分発散できたのか私にも話を振ってきたが、それでもこの話題を出さなかったのは内容が内容だからだろう。そんなこと気にもしないお嬢さんの相手を二日もさせられていたので、常識的なフラウリアに安心を覚えた。


「あぁ。思った以上に観客がいて疲れたが」

「え、教会長だけではなかったのですか?」

死検士(しけんし)癒し手(いやして)に王宮魔道士、あとは国家治療士と二十人以上、来ていた」

「そんなにもですか」

「そんなにもだ」思わずため息が出る。


 これまでも何度も人前で解剖をしてきたが、それだけの人数の前でやるのは今回が初めてだった。普段は緊張のきの字もない私でも、それだけ多くの目で見られたら緊張とまではいかなくとも流石に落ち着かない気持ちにはなる。

 それでも助手に付いた死検士(しけんし)がいい腕だったことと、解剖学と魔法を使わない治療方法の知識があるユイに解説を手伝ってもらったこともあり、実演はつつがなく終わった。

 参加者は自ら希望して来ているだけあって、何人か気分が悪そうにしながらも途中で退席する奴はいなかった。実演中も終わってからも熱心に質問をしてくる奴も多かった。

 最初は本当に気が進まなかったが、終わってみれば無意味な時間ではなかったとは思う。


「熱心なかたが多いのですね。私も頑張らないと」


 うん、と一人フラウリアが意気込む。

 こいつは最近、少しずつ私の解剖記録を読んだりしている。解剖自体は本人が最初に言っていたとおり、対象への同情が強くて受け入れられないようだが、それでも私のやっていることには理解を示してくれているし、自分の許容できる範囲で知識も身に付けようとしている。


「それで、教会長はどのような人だったのですか?」

「イカれてる」

「え」


 なにげない興味でそれを訊いてきただろうフラウリアは、私の返しにきょとんとした顔をした。


「基本的に人格というものは、育った環境に影響を受けやすいと言われている。だが中には環境が平凡でも、天才や異常者など普通から逸脱した人間が出来上がる場合もある。そういう奴は生まれついたなにかがあるのだと私は思っているのだが、まさにアレはその典型的な例だ」


 解剖する遺体には防腐魔法や防臭魔法が施されているとはいえ、完璧に匂いが抑えられているわけではない。それなのに匂いに慣れず気分が悪そうになっている奴もいる中で、イルケルスは最初から最後まで食いつくように解剖を見ていた。しかも目を輝かせてだ。これまで私も色んな奴の前で解剖をしてきたが、あそこまで好奇心に満ちあふれた目をしていた奴は見たことがない。

 私も人体に魅入られていることは否定しないが、そもそもそれを探究し始めたのは自分の治療魔法の効果を上げるためだ。人体への興味が先ではない。

 だが、あいつは違う。

 あいつはそうではない。

 あいつは最初から人体に異常なほどの興味を持っている。

 それは視なくともわかる。目を見ればわかる。

 あれは明らかに生まれついてのものだ。


「まともな環境に生まれて、自制が身についているのだけが幸いだ」


 でなければ欲求を満たすためだけに死体を切り刻むような異常者になっていたことだろう。わりと冗談抜きで。


「ええと、つまりはそれほど、解剖学に興味があられると」


 要領を得ない私の話を、フラウリアは精一杯に理解しようとする。


「簡潔に言えばそうだ。回りに布教するぐらいにはな」


 竜王国(りゅうおうこく)はこことは違い、星教(せいきょう)が国教ではない。だから当然、星教徒(せいきょうと)でない奴らも多くいる。

 だが解剖実演を見に来た奴らはもれなく、星教(せいきょう)の信者だった。それも形ばかりの信者ではなく、星竜(せいりゅう)教会の週末礼拝に参加するほどの信仰心を持つ真面目な。

 そいつらを上手いこと誑かしたのがイルケルスだ。

 まぁ、そこには思惑などはなく、純粋に自分の好きなものを広めようとしてのことのようだが。しかし、あいつのように若くして色付きになり、人から敬意を受けるような立場の人間がそれをやると、十分に布教と呼べるぐらいの影響力はある。幸い、誰彼構わず布教するようなことはしていないようなのでそこは安心だが。信者と対話する機会があるときに、相手にそれを受け入れられる素質があるかどうかを見極めているのだと、ユイと三人のときにあいつは言っていた。


「でも、星教(せいきょう)の上のかたが率先して解剖学の普及に取り組んでくださるのは、心強いですね」


 フラウリアがいいように話をまとめた。

 先ほどはこの数日、溜まっていたものを少し吐き出してしまったが、私もイルケルスの人間性についてこれ以上、こいつに説きたいわけではないので同意する。


「セルナにとってはな。私は別に普及させたいわけではないのだが」

「私はベリト様のされてきたことが認められたら、嬉しいですよ」

「……そうか」


 解剖学者としての社会的地位とか、そういうものには全く興味はないが……こいつに喜ばれるのは悪い気はしない。


「そういえば飛竜は見られましたか?」

「あぁ。二日目にな。外に出たら普通に飛んでいた。見るまでは鳥と似たようなもんだろうと思っていたが、遠目に見ても迫力があって正直、少し驚いた」

「そうなんですか。私もいつか見てみたいなぁ」


 フラウリアはそう言うと、膝の上にいる飛竜の置物を見た。

 先日、飛竜の話をしたときと同じく、憧れを抱いた目で。


「見たければ見に行けばいい」

「え」フラウリアが顔を上げてこちらを見る。

「戦争もなく瘴魔しょうまもいない今の時代、どこにだって旅行にはいけるんだから」

「それは、そうですが……」

「それに昔とは違い、お前はもう自由だろ」


 はっとするようにフラウリアは目を見開いた。


「自由」


 そうだ。お前はもう路地の片隅で狭い空を見上げていた孤児ではない。

 羽ぐらいなければ、あそこから抜け出せなかった無力な子供ではない。

 今はもう自分の足で立ち、自分の力で金を稼いでいる。

 たとえ羽が生えていなくとも、望めば行きたいところに行ける。

 今のお前なら、どこにだって行ける――。


「――そうですね。思うだけでなく、自分で叶えればいいんですよね」


 フラウリアは飛竜の置物を見て微笑むと、こちらを見た。


「そのときはベリト様をお誘いしても、いいですか?」

「まぁ、お前一人だと心配だからな」


 こいつが監獄棟に行くと言ったときと同じように返す。

 するとそれを覚えていたのか、フラウリアが笑みを零すように笑った。


「となると、まずは行くためにお金を貯めないとですね」


 旅費ぐらい出すのだが、それを言ったところで無駄だろう。

 こいつは自分の力で行きたいと言うに決まっているし、この件に関してはその気持ちを尊重してやりたいとも思う。


「あんまり切り詰めるなよ」

「はい。少しずつにします。なのでお誘いできるのは大分先になってしまうかもしれませんが」

「待ってる」


 私の言葉にフラウリアは笑うと前を向いた。


「未来に楽しみがあるって、なんだかいいですね」


 未来、か。

 思えばこれまでそんなこと、考えたこともなかったな。

 仕事があるからして、食事だと呼ばれるから食べて、たまに嵐のような奴も来たりはするが、基本的に代わり映えのない毎日を感慨なく過ごしていた。

 先に起こることに、心が動かされることなんてなかった。

 だが、今はそうではない。

 こいつが仕事から帰る時間が近づくと、自然と感情が動いている自分がいる。

 こいつと食事をし、こうして一緒に過ごす時間に安らいでいる自分がいる。

 旅行もそうだ。観光地なんて人混み、以前の私なら絶対に行きたいとは思わない。

 しかし、こいつの誘いならば、行ってやるかという気になる。

 それどころか、いつになるかわからない先のことを楽しみに、感じている。


「そうだな」


 だから私は同意した。

 するとフラウリアはこちらを見て嬉しそうに笑った。



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