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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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162/203

大陸暦1977年――11 強がり


 お肉を口にして、ルナ様がうーんと唸った。

 それから食卓の端で、お肉の塊を切っているデボラさんを見る。


「さいっこう」

「それはよかったです。まだ沢山ありますからどんどん食べてくださいな」

「ありがとう。これ今日、仕込んだの?」

「えぇ。朝から」

「私、ローストビーフは手間でつい、買っちゃうのよね」

「お忙しいと、どうしてもそうなっちゃいますよね。でもそこの商店街のお肉屋さんのローストビーフも美味しいですよね」

「貴女には負けるけど」

「光栄です」


 ルナ様はもう一枚お肉を食べて幸せそうな顔を浮かべたあと、こちらを見た。


「あらフラウリア。手が進んでいないようだけれど、食欲ないの?」


 フォークとナイフを持ったままお二人のやりとりに見入ってしまっていた私は、そう言われてはっとした。


「いえ、そんなことは」


 お腹は空いている。空いているけれど、それよりも。


「あの、どうしてルナ様が」


 居間でルナ様に会ったあとすぐ、彼女に手を引かれてここに連れて来られて食卓につき、促されるままお祈りをして食事が始まったので、私はやっとそれを口に出すことができた。


「ベリトがいなくてフラウリアが寂しがっているかなーと思って」


 その言葉に羞恥と動揺を覚えながら、デボラさんを見る。彼女が連絡をしたのだろうかと思ったのだけれど、苦笑するその様子から違うようだ。


「ええと……」


 どうしよう……ここは正直に認めるべきだろうか……? でもベリト様がたった二日いないぐらいで寂しいと感じてるなんて知られるのは恥ずかしいな――と返答に困っていると。


「そんなこと仰って、本当はルナ様がユイ先生がおられなくてお寂しいんじゃありません?」


 とデボラさんがルナ様のお皿に切り分けたお肉を乗せながら言った。


「まぁ、そうともいうかも」ルナ様が肩をすくめて笑う。

「今日、お休みだったのですか?」

「ううん、夕方まで公務だったわ。本当はベリトに同行したかったのだけれど、そういうわけで行けなかったの」

「そうなんですか」

「ということで相方がいない同士、仲良くしましょう。あ、今日、泊まるからよろしく」

「はい」


 ルナ様がたまにお泊まりしに来ることは以前、ベリト様に聞いたことがあったので驚きはなかった。でも、そうなると今日は自分の部屋で寝ないといけないなとは思った。

 ベリト様の部屋で寝ているのを知られるのは嫌ではないけれど、その理由が子供みたいで少し恥ずかしくはあるから。


「それでさ、こんな美味しい料理を前にしてあれなんだけど、二人ともちょっと愚痴を聞いてくれない? 今日、公務でさー――」


 それからルナ様は今日あったことを話し始めた。それは前振り通り愚痴ではあったのだけれど、ルナ様の暗さを感じさせない喋りと、デボラさんの合いの手により、思わず笑ってしまうぐらいに面白かった。

 そのあとは私の話も聞いてくれたり、三人でお料理の話をしたりと、明るいお二人のお陰で最初から最後まで楽しい夕食となった。


「あー美味しかった」


 居間のソファに体を預けながらルナ様が言った。

 その満足そうな様子を彼女の隣で微笑ましく見ていると、それに気づいたルナ様が首を傾げた。


「どうしたの?」

「いえ。ルナ様、食べられることが本当にお好きなんだなと思いまして」


 以前にユイ先生と食事に来られたときも、今日と同じく彼女は本当に楽しそうに食事をしていた。


「あら、食べることが嫌いな人っている?」

「嫌い、まではいかないかもですが、ベリト様は一人だったら余程お腹が空かなければ食べないと、以前に仰っていました」

「あぁ。あれはただ面倒くさがってるだけよ。ベリトもなんだかんだで食べるの好きなんだから」

「そうなんですか?」

「えぇ。そのくせ、味にもうるさい」

「え。でも、デボラさんにはなにも」


 デボラさんに味を見てもらっている私が作ったものはもちろんのこと、ベリト様が料理についてデボラさんになにか言っているのを私は一度も見たことがない。

 それにデボラさんが昔に調味料を間違えたときも、なにも言わず食べていたと彼女は話していた。


「それはデボラの料理が文句のつけようのないぐらいに完璧なのもあるけれど、それがなくともベリト、ああ見えて結構デボラには気を遣っているのよ。大分前に何度か私が料理を作ってあげたときなんて、小姑かっていうぐらいに細々(こまごま)と言ってたんだから」

「でも、それはなんでも言えるぐらいに仲がよろしいということですよね」

「あら、良いように言ってくれるじゃない」


 そう言ってルナ様が笑う。


「それはさておき、さっきは愚痴を聞いてもらっちゃって悪かったわね」

「いえ、全然。お気持ちが軽くなったのならなによりです」

「ありがとう。こういうことはすぐに吐き出さないと、いつの間にか溜まり続けて最後には爆発しちゃうからね」


 ルナ様がおどけるように両手のひらを広げて爆発を表現する。


「だからフラウリアも日頃から我慢しては駄目よ? アルバでもベリトでもデボラでも、もちろん私でもユイでもいいからなにかあったら話すのよ?」

「はい。ルナ様ももう大丈夫ですか?」

「えぇ。イライラしたり、落ち込んだりしたときには、話を聞いてもらって美味しいものを食べるのに限るわね」


 ルナ様も落ち込まれることがあるんだ。……いや、人間なのだからそれは当り前だけれど、でもいつものご様子からして、落ち込まれる姿があまり想像ができない。

 そんなことを思っていると、ルナ様が顔を覗き込んできた。


「あら、私が落ち込むなんて意外?」


 ……どうやら顔に出てしまっていたらしい。


「ごめんなさい」


 失礼なことを思ってしまったと、背筋に冷や汗が出るのを感じながら謝ると、ルナ様が明るく笑った。


「いいのよ。明るい印象を持ってもらえてるほうが私は嬉しいし。それに私も立場的に人に落ち込む姿なんて見せられないからね。そう見られても仕方がないわ」


 そうか。ルナ様は王族であり、部隊を率いる長でもあるのだ。多くの人の上に立ち、多くの人を率いる彼女は、きっと常日頃から毅然としていなければならないのだろう。


「でも、いつもそれだと辛くなること、ないですか?」

「大丈夫よ。弱みを見せられる人も沢山いるから」


 それはきっと、ルナ様が心を許している人たちのことなのだろう。

 そういう人が沢山いるのだと胸を張って言えるのは、なんだか素敵だなと思った。そして誰かにそう思われるぐらいに信頼してもらえる関係にも憧れてしまう。


「もちろんフラウリアもその一人よ」


 そんなことを考えていると、ルナ様が意外なことを口にした。


「え。私も、ですか」

「そうよ」

「そんな私なんて」もったいない言葉に私は慌ててしまう。「私はベリト様やデボラさんのように、ルナ様と長いお付き合いというわけでもないですし……」

「フラウリア。人と人との繋がりはね、時間の長さだけで深まるものではないわ。それは貴女も実際に体験しているのではない?」


 言われて、私ははっとした。続けてベリト様の顔が思い浮かぶ。

 彼女と初めて会ったときのことを、そしてそのときから感じていた気持ちを思いだし、私は思わず苦笑する。


「まぁ、貴方たちの場合はちょっと状況が特殊だけれど、でも私とフラウリアだって出会ってもうすぐ二年半よ? 時間として見ても十分じゃない?」


 二年半。もう、そんなに時が経ったのかと、しみじみ思う。

 ルナ様が、ベリト様が、色々な人が、私を助けてくださってから。

 ベリト様と、出会ってから――。


「――そうですね。そう思ってくださるのは凄く嬉しいです」


 遅くながらルナ様の言葉を受け取ると、彼女は嬉しそうに笑ってくれた。

 それから私たちはそれぞれお風呂に入り、そのあとはデボラさんを加えて三人でお茶をしながらお話をした。楽しいお話しは途切れることなく、時刻はあっという間に二十二時前となっていた。


「フラウリアは明日、朝から出勤なのよね?」

「はい」

「私も明日は早めに本部に行かなきゃいけないし、そろそろ寝ましょうか」


 片付けはやりますからと言ってくれたデボラさんに甘えて、ルナ様と一緒に二階へあがる。そしてベリト様の部屋の前で止まると、ルナ様も足を止めた。

 私がルナ様を見て、彼女もこちらを見る。


「入らないの?」

「ええと、寝られないのですか?」


 客間はこの奥にあるので、お見送りしようかと思ったのだけれど……。


「寝るわよ。フラウリアと一緒に」

「え」私と一緒に……。「え……!」

「嫌?」とルナ様が首を傾げる。

「嫌だなんてそんな……!」


 思わずめいいっぱい首を振った私を見て、ルナ様が笑う。

 まさか一緒に寝るなんて考えもしていなかった私は、緊張を覚えながら扉に手をかける。するとルナ様が「あれ?」と不思議そうな声を出した。


「フラウリアの部屋、あっちでしょ」と隣の部屋を指す。

「……あ」


 それで今さらながら私は、ベリト様の部屋に入ろうとしていたことに気がついた。

 ルナ様がお泊まりされると聞いた時点で、今日は自分の部屋で寝ようと思っていたのに……日頃の癖というのは怖ろしい。


「あっらー? もしかしてー? いつもベリトの部屋で寝てるのー?」


 楽しそうな笑顔を浮かべてルナ様が訊いてくる。

 訊かれては嘘をつけないので、私は素直にうなずく。


「いつからいつからー」

「ええと、こちらに住まわせてもらうようになってからです」

「それって、初日から?」

「……はい」

「それは予想外」


 予想外、とはどういう意味だろうと不思議に思っている間に、ルナ様に手を引かれてベリト様の部屋のソファに座っていた。

 そして訊かれるがままに、一緒に寝るようになった経緯をお話しする。


「そういうことね」


 全て話し終わると、ルナ様は納得するように言った。それから小さく笑う。


「実のところ、一緒に寝ているのは以前から知っていたんだけどね」

「え、ベリト様にお聞きになったのですか?」

「まさか。あのベリトがこの私に『フラウリアと一緒に寝ている』なんて言うわけないじゃない」


 ……確かに。


「ほら以前、私が怪我をしてここに泊まったときがあったじゃない? あのとき、朝早くに目が覚めちゃったからそれで」

「あぁ」


 部屋に二つ気配があるのを視て気づかれたということか。


「いつもならすぐにベリトに詰め寄っていたところだけれど、その日は前日に嬉しいことを言ってくれたからね。だからそれに免じて、いじるのをやめといてあげたの」

「嬉しいこと、ですか」

「えぇ。話しちゃいたいけれど、それは流石にね。でも、それを聞けたのは貴女のお陰よ」

「私の?」


 ルナ様は優しく笑うと、ソファから立ち上がってベッドにあがった。


「ほら、フラウリアも」

「あ、はい」


 私もベッドにあがる。それからいつもベリト様とお話しするときのように横向きに寝ると、ルナ様もこちらに向けて体を横にした。


「それじゃあ、昨日は一人で寂しかったわね」

「――はい」


 今度は素直に認める。もう夕食のときのように、それを知られるのは恥ずかしいとかは思わなかった。ルナ様は愚痴を吐き出してくれるぐらいに私に心を開いてくれているのだから、私もそれに応えたい。


「ベッドに入ってもなかなか、寝付けなくて」


 そう口にして、昨夜の寂しさを思い出し胸がきゅっと締め付けられた。


「……昔は、こうではなかったんです」


 そして続けて、そんなことまで吐露してしまっていた。

 ……そう。孤児のころは――路地の隅で体を丸めて一人寝ていたあのころは、こうではなかった。

 夜が寒かったり、寝ている間に悪いことが起きないかと心配になったり、安息を得ることはなかったけれど、一人で寂しいと思うことなんてなかった。


「私、ベリト様の優しさに甘えて、弱くなってしまったのかもしれません」

「それは違う」


 ルナ様が優しく、それでもきっぱりと私の言葉を否定した。

 私は下げてしまっていた視線をあげる。

 目の前には、空色の目があった。

 広く、青い空が真っ直ぐ私を見ている。


「弱くなったんじゃない。強がっていただけよ」


 その言葉に私は、はっとした。

 昔の記憶が、気持ちが、蘇ってくる。

 ……そうだ。そうだった。

 私だって最初は……寂しかった。

 お父さんとお母さんが死んで、悲しくて寂しくて堪らなかった。

 でも、いつまでも、それに囚われているわけにはいかなかった。

 私にはもう頼れる大人も、愛してくれる人も、誰も、いなくなったから。

 一人で生きていかなければならなかったから。

 だから私は、湧き出る感情を無視した。

 前を向いて、それを見ないようにした。

 そうしているうちにいつからか、寂しくなくなっていた。

 それを私は二人の死を受け入れられたのだと思っていたけれど。

 寂しさを感じないぐらいに強くなれたのかなと思っていたけれど、それは違う。

 ただ、寂しいという感情を心の奥底に仕舞いこんでいただけだ。

 見えないところに押し込めて、蓋をしていただけだ。

 そうやって一人でも寂しくないのだと思い込んで。

 強がっていただけだったんだ――……。


「だからなにも、おかしくはないわ」


 その言葉に、私は少し泣きそうになった。

 孤児のころは決して許されなかったこと――人に甘えてもいいのだと、そう言われているようで。


「なんなら明日、言ってやりなさい。貴女がいなくて寂しかったって」


 まぁ、その原因を振った私が言うのもなんだけれど、とルナ様が笑う。


「でも、お仕事で仕方がないことなのに、そんなことを言ってもご迷惑なだけでは」

「そんなことないわ。どんな気持ちでも伝えることはとても大事よ? 寂しい一つとって見ても、伝えられたほうは自分が相手にとってどんな存在なのか、自分が相手にどれだけ必要とされているのか、知ることができるから。それに気持ちを伝えれば返ってくることもあるし。それって嬉しいでしょう?」

「――はい」

「だから遠慮せず言いたいことは言って、甘えたいときには甘えなさい。そして今度、彼女がどういう反応をしたのかこっそり教えて?」

「こっそり、ですか」

「えぇ。こっそり。二人でお茶でもしながらね」


 そう言ってルナ様が片目をつぶる。

 二人でお茶なんて、まるでお友達のようで嬉しい。

 ううん。まるで、ではなくてそう思わせていただいても、いいのかな……?

 それならばと、私は勇気を出して訊いてみた。


「ルナ様も、ユイ先生にお伝えするのですか?」


 今までの私ならばきっと、訊けなかったことを。

 それにルナ様は眉をあげると、続けて朗らかに笑った。


「もちろん。でも最近は軽く流されることが多くって。流石にちょっと言い過ぎてしまったかしら」


 そう、おどけるように言ったルナ様に、私は笑った。



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