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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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大陸暦1977年――11 竜王国


 転移魔法で竜王国(りゅおうこく)に着いたころには、景色は夕暮れから夜に変わろうとしていた。

 仕事で外国に訪れることが多いユイが慣れた様子で手続きを済ませてから、私たちは星教(せいきょう)が寄こした馬車に乗り込む。

 行き先は竜都(りゅうと)の中心街、アンファリ区画にある星竜(せいりゅう)教会だ。

 実演は明日で今日は夕食を摂って寝るだけなのだが御者曰く、ご親切にも教会長殿が晩餐会と部屋を星竜(せいりゅう)教会内に用意してくださっているらしい。私としては普通の宿に泊まって夕食も一人で――ユイがいるのは別に構わんが――摂るほうが気が楽だったのだが、全くいらん気遣いをしてくれる。

 この先に待ち受けている若いお偉いさんとの夕食に気が重くなりながら、私は斜め向かいに目を向けた。そこに座っているユイは静かに窓の外を眺めている。

 こいつともなんだかんだで長い付き合いにはなるが、こういう状況で二人きりになることはなにげに初めてかもしれない。だいたいこいつが家に来るときはなにかしらの用事があるときだし、雑談するのもその延長線上でのことだ。セルナのようにいらん雑談を振ることもなく、喋ることがなくなったらさっさと帰る。だからこいつとの無言の時間には慣れておらず、少し気まずさを感じた。星都(せいと)では現地集合だったのでよかったのだが……。

 なにか話を振るか――そう迷っている間にユイがふいにこちらを見た。内心、驚きながらも平常を装う。


「ベリト、体調は大丈夫ですか?」

「? なんで」

「いえ、ルナは最初のころ、随分と転移酔いをしていたみたいですから」

「あぁ」


 その話なら私も聞いたことがある。セルナがまだ十代のころ、初めて公務で他国に行ったときに転移魔法で酔ってしまい散々な目に合ったと。

 転移魔法は馬車などと同じく、人によっては酔ってしまうことがあるらしい。おそらく体の中を揺さぶられる感じが馬車も転移魔法も似ていて、それが同じ症状を引き起こしてしまうのだろう。とはいえ転移魔法は馬車みたいに揺れが反復するわけではなく、一気に浮上し一気に落下する感じではあるのだが。それはまさに先ほど体験して知ったことだった。


「なんともない」


 幸い体調に変化はない。

 ……まぁ、転移始めの浮遊感には少し冷や汗が出たが。どうも子供のころから、高いところや地に足が付かない感じは苦手なのだ。先日、フラウリアに空を飛んでみたくないかと訊かれたときも、想像して身震いしそうになった。


「そうですか。安心しました」

「なんで安心するんだよ」

「転移酔いを理由に、もうどこにも行きたくないと言われることはないかなと」

「それ以前にこんなこと、二度と引き受けるつもりはないが」

「それは残念です」


 あっさりとユイが引き下がる。だがその涼しげな微笑みには『そんなことを言いながらもルナに頼まれたら引き受けてしまうのでしょうね』と思っているのがありありと浮かんでいた。

 本当、こいつらは……。

 私はため息をついて車窓に顔を向ける。見慣れない街並みは到着したときよりも夜が濃くなっており、その中を外灯の明かりが途切れることなく流れていく。

 それを見ながら私はふと、上を見た。夜空に変わりつつある深い青空には薄雲と、小さな鳥らしき影が幾つか確認できる。


「どうかしましたか?」


 ユイが不思議そうに訊いてきた。

 それでいつの間にか身を乗り出すように車窓から上を見ていたことに気づき、気恥ずかしさを感じながらさり気なく姿勢を正す。


「いや……飛んでないなと思って」


 ユイはわずかに首を傾げたが、すぐに「あぁ」とうなずいた。


「飛竜ですか」ユイも自分側の車窓から上を見る。「今日はもう遅いですから。飛竜隊は有事以外は明るいときにしか飛ばないそうですよ」


 それは想像がつく。飛竜は夜行性ではないし飛竜を駆る竜騎士の部隊、飛竜隊もユイの言うとおり有事でもない限りは日が落ちたら飛ぶことはないのだろう。


「飛竜に興味があるのですか?」

「私ではなくてフラウリアが――いや、なんでもない」


 余計なことを言ってしまったと後悔していると、ユイが小さく笑った。


「明日は見られると思いますよ」

「……そうか」


 大して興味がなさそうに答える。が、微笑ましそうに見てくるユイの様子からして意味はなかった。……まぁ、こいつはセルナのようにからかってくることはないのでいいか、と諦める。後日、セルナには話されてしまうだろうが。


「お前は、見たことがあるのか」


 特にほかに話題もないので、この際だから話を続けてみることにした。


「えぇ。この国には何度も訪れたことがありますから。最初は驚きましたよ。あのような大きな生物が空を飛んでいるなんて」

「大きな飛行生物なんてものはこの世界には飛竜しかいないしな」

「あとは守護竜とかでしょうか」

「あぁ。そういやそうだな」


 守護竜はその名の通り、竜王家を守護する守り竜だ。

 飛竜のような眷属ではなく純粋な竜であり、その姿は飛竜よりも格段に大きいと聞く。


「それも見たことがあるのか」

「化身姿でしたら」


 巨大な竜である守護竜は普段、ほかの姿へと化身しているらしいのだが。


「確か公の場には姿を現わさないじゃなかったか」


 噂によれば守護竜は写真嫌いらしく、私も新聞などに載っているのは見たことがない。


「えぇ。ですので仕事の合間に、非公式で竜王妃殿下とお茶をさせていただいたときにお目に掛かりました」

星教(せいきょう)の聖女ともなると、星勇者(せいゆうしゃ)から茶に誘われるのか」

「まさか。ルナ繋がりですよ。二人がご友人なのはご存じでしょう?」

「あぁ」

「彼女はお喋りですから」


 ユイが苦笑する。セルナがあれやこれやとユイのことを喋った結果、お茶に誘われたということだろう。


「もちろん貴女のことも話してしまっているみたいですよ」


 ……だろうな。本当、あいつは信頼している人間には口が軽い。


「ルナによると竜王妃殿下も解剖学には興味を示してくださっているそうですから、そのうち貴女もお茶にお誘いいただけるかもしれませんね」

「冗談じゃない。王族なんてものはセルナで懲りごりだ」


 ため息交じりに言うと、ユイが小さく笑った。


「それで守護竜、どんな姿をしてるんだ」


 話を戻すとユイがなぜか少し眉をあげた。しかしすぐに小さく微笑む。


「中性的な少年でした。耳は長く角も生えていましたが」


 なにかに書いてあった通りだ。


「ですがその姿が正しいわけではなく、望めばどんな姿にでも自由に化身できるのだと仰っていました。今の姿は亡き大事な人を参考にしているのだと」

「へぇ」


 フラウリアが興味を持ちそうな話だなと何気なく思って、そんなこと考えた自分に驚いた。そして気づく。先ほどユイがなぜ意外そうに眉をあげたのかを。以前までの私ならそのようなことに興味を示さなかったからだ。どうやら毎日のようにフラウリアと話をするようになって、自然と話題を探すようになってしまったらしい。あいつと過ごす時間のために無意識にそんなことをしている自分に少し、気恥ずかしさを感じた。


「そんなこと、口外してもいいのか」

「貴女とフラウリアなら言い触らすことはないでしょう?」


 ……見透かされている。まぁ、飛竜の話題の時点で口が滑ったのだから当然か。


「それに非公開情報というわけではないそうですから。載っているところには載っているそうです」

「そうか」


 私もこれまで色んな書物を読みあさってきたが、今のところそんな情報は見たことがない。今の守護竜はだいたい五百歳ぐらいらしいから、おそらく大昔のものに載っているということだろう。


「そうそうベリト。明日の午前中、お土産を買いに行く予定なのですが貴女もどうですか?」

「土産? セルナにか」

「アルバにです。私とルナは仕事で外国に行くことが多いですから、もう互いにお土産は買わないようにしているんです」


 確かに、こいつらが外国に行く頻度だと部屋が土産品ばかりになりそうだ。


「アルバにはいつも買っているのか」

「いえ。初めてです。去年までは見習いでしたし、今年に入ってからもなかなかお土産を買う時間がなくて」


 あぁ、これまでは見習い一人を特別扱いしてはいけないと自重していたのか。


「中心街に出れば飛竜を模したお土産、沢山ありますよ」


 土産か……買って帰ればあいつ、喜ぶだろうか。……いや、確実に喜ぶだろうな。あいつのことだから。

 その姿を想像して心が和みそうになったのを、ユイがいることを思いだし思い留まった。思わず口端が上がるところだった。危ない。


「まぁ、考えとく」


 すぐに行くというのもなんとなく恥ずかしい気がしたので、とりあえず曖昧に返しておいた。

 それで会話が途切れ、お互いに車窓を眺める。

 そうしていると少しして馬車が停車した。馬車の扉が開き御者が顔を見せる。


「到着いたしました」

「ありがとうございます」


 礼を言ってユイが馬車を降りたので、私もあとに続く。

 そこは教会の正面ではなく裏手のようだった。完全に夜が訪れた風景に、見上げるほどに大きな建物が、魔灯(まとう)により輪郭を浮き上がらせている。

 星竜(せいりゅう)教会だ。各国の星教会(せいきょうかい)でまず一番に名が挙げられるのは星王国(せいおうこく)の中央教会だが、歴史的建造物としてはこちらのほうが有名だろう。

 これが建てられたのはおおよそ二千年前、まだこの大陸に竜王国しかなかった時代まで遡る。

 当時は大戦後の爪痕により大陸中が瘴気に汚染され、結界で守られた竜都(りゅうと)には世界中から避難してきた多くの人々が住んでいた。

 その中には星教(せいきょう)の総本山である島から避難してきた星導師(せいどうし)もおり、彼は寝る間も惜しんで瘴気病で苦しむ人々を看病し、戦争で家族や希望を失った人々に献身的に尽くした。それまでもそれなりに広く信仰されていた星教(せいきょう)だったが、その星導師(せいどうし)の慈悲深い行いでさらに人々の間に信仰が広まったとされている。

 そんな人々に救いと祈りの場を作りたいと考えた星導師(せいどうし)は竜王に掛け合い、そして国からの援助も得て建てられたのがこの星竜(せいりゅう)教会だ。

 のちに大陸の瘴気が浄化され、崩壊した総本山に新しい大聖堂が建てられるまでの間、歴代の星導師(せいどうし)はここで信者を導き続けたと言われている。

 とまあここにはそんな長い歴史があるのだが、この暗さでは流石にその月日を視認することはできない。

 それでもなんとなく目を凝らしてしまっていると、前から人が近づいてきた。

 前方に三人、後方に二人と五人いる。

 前方左右の二人は格好からして星護(せいご)騎士、そして真ん中と後ろ二人は修道女だ。真ん中の修道女は左右の騎士よりも大分、背丈が小さい。


「お待ちしておりました」


 綺麗な発音の言葉が、夜の中から聞こえてきた。

 小さな修道女は胸に右手を当てて滑らかに礼をする。


「わたくし、星導師(せいどうし)から星竜(せいりゅう)教会の教会長を任されております、イルケルス・オルバと申します。リベジウム先生、そしてレシェント殿、よくぞおいでくださいました。心より歓迎いたします」

「お出迎えいただき、ありがとうございます」


 ユイが返礼をしたので私も軽くする。


「さあ、外は寒いのでどうぞ中へ」


 イルケルスの後ろにいた修道女二人とすれ違いながら――私たちの荷物を運ぶのだろう――教会内へと入る。二人の星護(せいご)騎士は付いてきていない。どうやらあいつらは門の衛兵でこいつの護衛というわけではないらしい。そういや今さらだが、今日ユイも修道院以外の仕事でいつも連れている護衛を連れていないな。今回こいつは私の付き添いで、自分の仕事ではないからだろうか。

 そんなことを思いながら先導するイルケルスの後ろに付いて歩く。基本的に星教(せいきょう)の教会は建築様式が同じのもあり、内装も中央教会とそう変わりはない。だが、所々に竜が題材の浮彫があったり、絵画が飾られていたりはする。そこは竜王国ならではといったところか。

 美術品が好きならばこれらも見ていて面白いのだろうが、私はその辺にあまり興味がない。だからすぐに回りを見るのに飽きて、斜め前を歩くイルケルスを見た。先ほどは夜の下で鮮明ではなかった顔が、今は室内の明かりに照らされてよく見える。

 昨年、新聞に載っていた写真は就任式の様子を撮ったものだったので顔までよく見えなかったのだが……まぁ、想像通りだ。

 よく手入れされたきめ細かな肌に艶やかな長い髪。幼いころからよく教育をされたのだろう全く崩れることのない上品な微笑みに、重心が取れた鮮麗された足取り。そして先ほどの綺麗な発音の挨拶。まさに大事に育てられた名家のお嬢さんといった感じだ。

 こいつも癒し手ではあるのだから傷口やら血やらは見たことがあるだろうが、だとしてもこんな温室育ちなお嬢さんに解剖なんて見せて本当に大丈夫なんだろうな――。

 そうセルナに疑念を抱いてると、見ていた顔がくるっとこちらに向いた。



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