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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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156/203

大陸暦1977年――11 狭い空


「それで受けられたと」

「あぁ」


 隣に座っているベリト様が、ため息交じりに返事をした。

 時刻は二十二時前。お風呂からあがりベリト様と二人ソファでお話をしていたところ、彼女はルナ様の依頼で竜王国(りゅおうこく)に解剖実演に行く話を切り出してきた。その憂鬱そうな様子からして、どうやら断りたくとも断りきれなかったらしい。それを私は気の毒だと思いながらも、心温かくもなってしまっていた。どんなに気が進まなくても、最後にはルナ様のためにお願いを引き受けてしまうベリト様は本当に優しい。でも流石にそれを顔に出すのは彼女に悪いので、私は緩みそうな顔を引き締めた。


「というわけで来週の初めから二日間、家にいないからな」


 二日間、ということは二泊されるということだから。


「二回、実演されるんですか? それとも二日にかけて?」

「いや、やるのは一日だけだ。ただユイが前日に中央教会で施しがあるとかで、魔力残量からしてトンボ帰りは厳しいらしい」


 なるほど、と納得する。

 竜王国(りゅおうこく)まではユイ先生の転移魔法で行かれるそうなのだけれど、星属性の魔法である転移魔法(リテイン・ポート)は全属性の魔法の中では最大の魔力量を必要とする魔法だ。その魔力は魔法素養と同じく生まれながらに上限が決まっており、私やユイ先生のような神星(しんしょう)魔道士は平均的に多いほうらしい。なので普通ならば転移魔法(リテイン・ポート)を何度か使えるぐらいには余裕があるのだけれど、流石のユイ先生でも施しで沢山の人を治療したあとに転移魔法を往復二回、使用するのは難しいのだろう。

 それにたとえぎりぎり魔力が足りたとしても、底が見えそうになるまで消費してしまえば身体に負担がかかってしまうし、それが枯渇まで行ってしまうと魔力の回復速度が遅くなりその間は体調も崩してしまう。そのこともあり基本的に魔力は尽きるまで使ってはいけない――それは勉強を始めたころにベリト様が教えてくれたことでもあった。


「だから一日、休息日を入れるために前日からユイと現地入りすることになった。出るのはユイの仕事に合わせて十六時ごろだ」

「それでしたら、私が帰宅するころにはもうおられないのですね」

「そうだな」


 お見送りできないのは残念だけど仕方がない。


「お気をつけて行ってきてくださいね」

「それを言うのはまだ早くないか」


 そう言って苦笑するベリト様に、確かにと私も笑ってしまう。


「そうですね」


 当日、私がお仕事に行く前だとベリト様はまだ眠られているだろうから、前日に言うように覚えておこう。


「まぁ、私は運んでもらう側だから、特に気をつけることもないが」

「そういえば転移魔法って失敗とかあるんでしょうか」

「ユイに聞いてないのか」

「はい。来年、実践するときにでも教えてくださるのかもですが」

「私は使い手ではないので本で得た知識でしか言えないが、転移先の想像が上手くいかないと座標――位置がズレることはあるらしい」

「え……それって、地面に埋まったり壁に埋まったりすることもあるということですか」

「凄い想像をするなお前」ベリト様が苦笑する。「いや、それはないらしい。大昔にこの国で明確な想像もなしに転移したらどうなるかという実験が長期にわたり行なわれたという記録があるんだが、そのときは一度もどこかに埋まったり、室内などの閉鎖空間や地下空間に転移されることはなかったと記されていた。まぁ、生き埋めになるような危険がある魔法なら禁忌、はなくとも規制魔法ぐらいにはとっくに指定されている」

「そうですよね」


 ほっと胸をなでおろす。


「とはいえ首都から首都への転移は、国が決めた場所から場所へと飛ばなければいけないと各国の転移法で定められている。だから失敗してほかの場所に転移したら少し面倒なことにはなるが」

「違法入国だと思われる、とかですか?」

「そうだな。転移魔法は大気中の粒子に働きかける量も多いのもあり、首都内で使用されれば粒子の流れを観測する観測棟がすぐに気がつく。そうしたら手配された兵士に連行されることにはなるだろう。もちろん転移許可書を照合してもらえばすぐに開放はされるだろうがその分、いらん手間はかかるな」

「そう聞くと、来年から実践するの緊張します」

「心配するな。向こうには事前に連絡が行っているんだから、失敗したところで咎められることはない。それにユイも仕事でよく他国には行くんだ。関係者には顔が通っているだろうし、滅多なことはありはしない」


 私を安心させるようにベリト様が言った。嬉しい。


「それにしても、私がここに住まわせていただくようになってベリト様がお家を空けられるのは初めてですね」

「あぁ。留守の間はデボラに泊まるように言ってあるからな」

「はい。ありがとうございます」

 二日もお家に一人では流石に心細いと思っていたので、そのお気遣いはありがたい。

「ベリト様は竜王国(りゅうおうこく)に行かれたことあるのですか?」

「いや、初めてだ」

「どんなところなんでしょうね」

「二千年の歴史がある大陸最古の古都だからな。建国当時の区画が保存されていたりと歴史的な建造物が多いと聞く。とはいえ先の大戦で大分都市に被害が出たようで、その半数以上が建て替えを余儀なくされたようだが」

「そうなんですか」

「あとは空によく飛竜が飛んでるとも聞くな。飛竜、知ってるか?」

竜王国(りゅうおうこく)の国獣で竜王国(りゅうおうこく)にしか生息しない飛行生物ですよね」

「あぁ。それを駆る竜騎士が訓練やら哨戒やらしているから、竜都では毎日のように飛竜を見ることができるらしい」

「わぁ、まさに竜王国(りゅうおうこく)ならではの日常風景ですね」

「そうだな」

「飛竜か……」


 私は思わず上を見る。今いるのはベリト様の自室なので、見えるのはもちろん空ではなく天井だ。でもそこに広い空と飛竜が優雅に飛ぶ姿を想像してみる。飛竜は歴史学の本に載っていた竜王国(りゅうおうこく)の国旗に記された絵しか見たことがないので本当に想像になってしまうけれど、それでも気持ちよさそうに空を飛んでいる。


「飛竜に乗って空を飛んだら、気持ちがよさそうですね」

「空、飛んでみたいのか?」

「はい。壁区(へきく)にいたころ何度か思いましたから。鳥みたいに空を飛んでみたいなって」


 想像の広い空が、狭い空に変わる。

 壁区(へきく)の路地から見えていた、あの空に。

 あのころ私はよく、路地で脚を抱えて座り空を見上げていた。

 やることがないとき、体力の消耗を抑えるために、ただじっと座って空を見ていた。

 すると時折、建物と建物の間から見える狭い空に、鳥の姿が見えることがあった。

 鳥は薄暗い路地なんて見向きもせず、狭い空を横切った。

 それを見ながら、いつも思っていた。

 ここにいる子たちにも――私にもその羽があれば、ここから飛び立てるのにな。

 暗く悲しいこの場所からみんな、自由になれるのにな、と――。


「ベリト様は空、飛んでみたいと思いません?」


 視線を下ろし横のベリト様を見る。するとこちらを向いていた彼女は少し驚いた表情をした。


「? どうかされましたか」

「いや」ベリト様はどことなくぎこちない様子で顔を前に向ける。「思わないが」

「どうしてですか」


 ベリト様は眉根を寄せると、言いづらそうしながら口を開いた。


「地に足がついていないと、落ち着かないだろ」


 落ちつかない……それはつまり。


「高いところ、苦手なんですか?」


 訊くとベリト様がぐっと口を結んだ。それから横目でこちらを見てくる。


「悪いか」


 気恥ずかしそうにそう言ったベリト様が可愛くて、思わず笑ってしまう。

 そんな私を見て彼女は益々、眉を寄せたのだった。



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