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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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大陸暦1977年――10 フラウリアの休日6


 デボラさんにルナ様のことをお伝えしたときには、彼女は夕食の仕込みを始めたところだった。

 お手紙が届いたのは夕方近くだったのだけれど、デボラさんは特に慌てる様子もなく「それなら仕込みを増やさないとですね」とすぐに対応していた。それを微力ながら私も手伝い、準備が終わったあとはまたベリト様と居間で過ごした。そうして十九時になろうとしていたころ、ルナ様とユイ先生がやって来た。それにいち早く気づいたデボラさんに知らされ、私たちは玄関でお二人をお出迎えする。


「はーい。来たわよー」

「こんばんわ」

「こんばんわ。ルナ様。ユイ先生」


 お二人は私服だった。ルナ様はわからないけれど、ユイ先生は今日、お仕事だったはずなので終わってからすぐに着替えたのだろう。


「あらフラウリア。今日は二つ結びなのね」

「はい。デボラさんがしてくださいました」

「いいじゃない。すごくかわいいわ」

「あ、りがとうございます」


 ルナ様は真っ正面から褒めてくれるから、つい照れてしまう。


「で」ルナ様が隣のベリト様を見る。「そんなかわいらしいお嬢さんの横で、貴女はどうしてそんな仏頂面をしているのかしら?」

「お前が突然、来るからだろ」

「ちゃんと連絡したじゃない」

「その連絡がいつも遅いんだよ。急だとこいつも困るだろ」


 ベリト様がちらっとデボラさんを見る。


「あら、あらあらベリト様、私の心配をしてくださってるのですか」

「え、いや、そういうわけじゃ」

「これまでもベリト様は私のことを考えてルナ様にあれこれ仰ってくれていたんですねえ」

「ベリトやっさしー」デボラさんに便乗するようにルナ様が言う。

「だから違う」


 ベリト様がお二人にからかわれている様子に、私とユイ先生は顔を見合わせて笑った。

 それからデボラさんに先導されみんなで食堂に行くと、食卓にはすでに料理が並んでいた。おそらくユイ先生のお仕事が終わる時間を見越して準備していたのだろう。流石デボラさんだ。

 美味しそうな匂いが室内に漂う中、そういえば席順はどうするのだろうといつもの席の近くで様子を覗う。するとユイ先生はベリト様がいつも座る席に、ルナ様がその隣に、そしてベリト様が私の隣に座った。なので私もいつも通りの席につく。

 以前ルナ様がお怪我をされてここにいたときはお部屋で食事をされていたので、こうしてみんなで席について食事をするのは初めてだ。なんだか新鮮で少し緊張する。

 全員が席についたのを見て、デボラさんが食卓に置かれたグラスに飲み物を注ぎ始めた。三人はワインで私はブドウジュースだ。私だけジュースなのは今日、貯蔵庫で夕食に出すワインをデボラさんと見に行っていたときに、私にはアルコールが低めのを選んでくれていた彼女にジュースでいいからと伝えておいたからだ。飲むのが嫌というわけではないけれど、お酒で失敗をおかしたあの日の記憶が新しい間は一滴も飲めそうにない。ベリト様も普段は飲まれないので――たまに寝酒に少し飲む程度らしい――お付き合いしたほうがいいのかなと思うこともなくて助かっている。


「どうぞ冷めないうちにお召し上がりくださいな」


 飲み物を注ぎ終わったデボラさんが言った。

 それにユイ先生が小さくうなずきこちらを見て手を組んだので、お祈りをするのだと思い私も手を組む。ルナ様はベリト様と同じく手を組んでいない。ルナ様もお祈りはされないらしい。それは以前に聞いて知っていたことだった。


「母なる緑の大地の恵みと、父なる青き海原の恵みに感謝を。その命を我が身の糧とし、いずれ星へと還りて新たな命となろう。いただきます」

「いただきます」


 最後だけルナ様は明るくそう言うと、切り分けたお肉を口に含んだ。


「んーやっぱりデボラの料理は最高ね」

「おいしいです」ユイ先生もルナ様に続く。

「ありがとうございます。今日はフラウリア様も手伝ってくださったんですよ」

「あら、フラウリアも料理をするの?」

「最近、デボラさんに教えていただいています。まだそこまでのものは作れませんが。今日もお手伝いをしただけですし」

「それなら上達したら今度、フラウリアの料理を食べにくるわ」

「かなり先だと思いますよ」

「楽しみにしておく」


 これは……頑張らないといけない。


「お二人は以前からも食事に来られていたのですか?」

「えぇ。いつも一人寂しく食事をしてる可哀想なベリトのためにね」

「別に寂しくもないし、誰も頼んでないし、恩着せがましいし、本音はデボラの料理が食べたいだけだろ」

「もちろんそれもあるけれど貴女のためっていうのも本当よ」

「それにしては今年は全然、来なかったじゃないか」

「だって今年からは一人じゃないし、それにあまり邪魔しても悪いかなって」


 ルナ様が微笑みをこちらに向けて片目をつむる。


「それともなに? ベリトは私が来なくて寂しかったの?」

「は?」

「それならそうと言ってくれれば来てあげたのにー」

「誰もそんなことは言っていない」

「そうねぇ。今年はもう年末にかけて忙しいから難しいけれど、そういうことならば来年はもう少し来てあげるからね」

「来なくていい」

「そんな照れなくていいから」

「照れてない」


 ベリト様に厳しく言い返されながらもルナ様は楽しそうに笑った。

 そのあとデボラさんが退室しお話をしながら食事をしていると、ルナ様が唸りながら言った。


「それにしても同じように作っているつもりなのに、どうしてデボラのほうがこんなに美味しく感じるのかしらねぇ」

「人が作ったものは総じてそう感じるものなのでは」ユイ先生が言った。「もちろん彼女の腕に依るところも大きいのでしょうが」

「それもあると思うけれど、私も結構いい腕になったと思うんだけどなぁ」


 そのように言われるということは。


「ルナ様、お料理をされるのですか?」

「あら、話したことなかったかしら」

「はい」

「私、ピアノと料理が趣味でね。料理はデボラが現役のころによく教えてもらっていたのよ」

「そうなんですか」


 王族の人が料理をするなんて正直、意外に感じてしまう。でもルナ様がエプロン姿で料理をする様を想像してみたら不思議と似合っている気がした。


「ユイ先生はお料理お好きなのですか?」


 私は話の流れでそう訊いてみた。


「嫌いではありませんが、あまり得意ではありません。どちらかといえば苦手な部類です」

「ユイ先生にも苦手なものがあるんですね」

「それはもちろんありますよ」ユイ先生が苦笑する。


 そういえば以前に手先が器用ではないと言っていたので、それでお料理も苦手なのかもしれない。

 そこで私はあっと思い出した。


「ユイ先生、楽譜を受け取りました。ありがとうございます」

「いえ。今日ここに来ると分かっていれば直接、渡したのですが」


 その言葉からするに、ユイ先生も急に誘われたらしい。


「今日少し、ベリト様に楽譜の読みかたを教えていただきました」

「そうですか。ありがとうございます」


 食事の手を止めずにベリト様はユイ先生をちらりと見ると、小さく鼻を鳴らした。


「ピアノも弾いてくださったんですよ。とてもお上手でした」

「へー」ルナ様が半眼で口端をあげてベリト様を見る。「私が何度言っても弾いてくれないのに、フラウリアには弾いてあげるんだ」

「お前は自分で弾けるだろ」

「人の演奏も聴きたいわよ。このあと弾いてよ」

「なんでだよ」

「フラウリアもまた聴きたいわよねー」

「はい」


 何度だって聴きたい。演奏はもちろんピアノを弾かれるベリト様は本当に素敵だったから。

 ベリト様は私たちを見て眉根をぴくぴくさせると、やがて大きくため息をついた。そして無言で食事に戻っていく。どうやら弾いてくださるようだ。

 そんなベリト様に私たちは目を合わせて笑った。

 食事が終わったあと、私たちはピアノがある部屋に移動した。

 そこでルナ様に促されてベリト様は渋々ピアノの前に座る。


「なに弾けばいいんだよ」

「なにが弾けるの?」


 訊かれてベリト様が言葉を連ねる。


「聞いたことがないものが多いわね」

「まぁ、向こうの曲だからな」


 向こうというのはおそらくベリト様の故郷、白狼国(はくろうこく)のことだろう。


「そういえば私、あちらの曲ってあまり聴いたことがないのよね。それならその中からお任せでお願いするわ。あぁでもそうね、激しめのと穏やかなの聴きたいかしら」


 ベリト様は眉を寄せた顔で虚空を見ると息を吐いて鍵盤に指を乗せた。それから私たちがソファに座るのを横目で確認してから弾き始める。

 低音から始まったその曲はルナ様のご要望通り、激しめのものだった。ベリト様の指が鍵盤の上を走り、そして力強く叩く。その曲調はお昼前に弾いてもらったものとは真逆で、それを弾いているベリト様もお昼とはまた違って見えた。

 曲が終わると拍手する間もなく、すぐに次の演奏が始まった。それは先ほどとは打って変わってゆっくりで穏やかな曲調だったけれど時折、力強さもあり、そしてどことなく切なさも感じられた。

 やがて演奏が終わり、私たちは拍手をする。


「本当にお上手ですね」ユイ先生が感心するように言った。

「ねーこれで日頃から弾いていないっていうのだから、参っちゃうわよね」

「そうなのですか?」私はベリト様に訊く。

「まぁ、壁近(へきちか)にいたころはピアノなんてなかったし、こちらに来てからも気が向いたときにしか弾いていないが」

「それなのにこんなに弾けるだなんて凄いですね」

「別に」ベリト様は照れるようについと視線を逸らす。「習えば誰でも弾ける」

「習っても身につかなかった人間がここにいるのですが」ユイ先生が言った。

「習ってたのか」

「えぇ。子供のころに」

「難しいのはともかく簡単なのなら弾けるだろ」

「無理です。そもそも右手と左手で違う動きをすることから意味がわかりません」

「そこからかよ」

「私の不器用さを侮らないでください」

「いや、なんでちょっと得意げなんだよ」


 お二人のやり取りに私たちは笑うと、ルナ様がベリト様に近寄った。


「ほらベリト寄って」


 怪訝そうにしながらもベリト様はピアノの椅子の端に寄る。するとルナ様がその隣に座った。


「折角だから連弾しましょうよ連弾」

「なんでだよ」

「フラウリアも聴きたいわよねー」


 連弾、という言葉は初めて聞いたけれど、言葉と状況からしてお二人で演奏することなのだろう。お二人の演奏――それはもちろん聴いてみたい。


「はい」


 うなずくとルナ様は笑顔でベリト様に向き直った。


「だって」

「お前なぁ」


 ベリト様はなにか言いたそうにルナ様を見ていたけれど、やがてため息をついて「なに弾くんだよ」と言った。

 それからお二人の演奏を聴いたり、私はユイ先生に歌を教えていただいて歌ったりもした。それは時間を忘れるぐらいに楽しいもので、デボラさんが知らせにきてくれたときには時刻はいつの間にか二十二時前になっていた。


「んじゃおやすみー」

「お邪魔しました。おやすみなさい」

「おやすみなさいルナ様、ユイ先生」


 お二人が玄関から出ると、続いてデボラさんがこちらを向いて言った。


「では私も失礼します」

「あぁ」

「お疲れさまでした。おやすみなさい」

「おやすみなさい。また明日」


 デボラさんも玄関から出て行く。

 ベリト様は扉の鍵を閉めるとこちらを見てから歩き出した。


「大通りで馬車を拾われるんですか?」


 ベリト様に付いて二階への階段をあがりながら訊く。


「近いだろ」

「ユイ先生とデボラさんはそうですけれど」


ルナ様のお家――という言いかたも変な感じがするけれど――である星城せいじょうがある中央区はここからかなり距離がある。歩いて帰れる距離ではないし、だからといって馬車も呼ばれていなかったし。


「あ、今日はユイ先生のお家にお泊まりになられるんですね」


 そういえば以前、ルナ様がお怪我をされたときもユイ先生がお仕事帰りにお迎えに来られていたし、きっと普段からお泊まりされることがあるのだろう。

 そう一人、納得しかけていると。


「今日はというか、住んでいるというか」


 と、ベリト様が意外なことを口にした。


「え」

「だから同棲みたいな感じだ。とはいえあいつも公務やらがあるからな。普段は城に帰ることのほうが多いらしいが」

「どう、せい……」


 同居、ではなく、同棲、とわざわざ言うということは――……。

 その考えに至って、顔が熱くなるのを感じた。


「も、もしかしてそ、そういうご関係、なのですか」


 ベリト様が立ち止まり怪訝そうに見てくる。


「気づいてなかったのか」

「ぜ、全然」


 本当に仲がよろしいなと思っていただけで。


「お前ほんと、鈍いな」


 ……なんだか今日はよく鈍いと言われる気がする。

 いや、そんなことよりもまさかお二人が――確かに修道院にいたときからよくルナ様はユイ先生に会いに来られていたし意外でも信じられないわけでもないのだけれど、その仲睦まじさがそういうご関係の上であるものなのだと知ってしまうとなんだか気恥ずかしい。なんというか、恋愛小説を読んでいるときと似たような感覚を覚えてしまう。


「どうしましょう。私、明日ユイ先生のお顔をまともに見られないかもしれません」


 そう言うと、ベリト様が鼻で笑った。


「いいんじゃないか。それで理由を話してあの澄まし顔を困らせてやればいい」


 そして彼女にしては珍しく、愉快そうに口端をあげた。



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