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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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大陸暦1977年――10 フラウリアの休日4


 昼食が終わり片付けを手伝ったあと居間に行ったら、ベリト様が眠そうな顔で本を読んでいたので仮眠を取られるように勧めた。ベリト様は私がお休みの日は仮眠を取らないことがある。それが私のためだということも、もちろんわかっている。それは素直に嬉しいけれど、やはり私のために無理はしてほしくない。

 ベリト様は最初「大丈夫だ」と言っていたけれど、最後には私の言葉に押し巻けて「少し寝てくる」と言って自室に戻った。するとベリト様と入れ違いでデボラさんが居間にやってきた。


「ベリト様、仮眠を取りに行かれたのですね」

「はい」

「それでしたらフラウリア様。よろしければお買い物に付き合ってもらえませんか?」

「はい。喜んで」


 ベリト様が仮眠を取られたとき、デボラさんはこうしてお買い物に誘ってくれることがある。家のことをあまりさせてくれないデボラさんがお買い物に連れて行ってくれるのは、私が出かけるのも好きだと知ってのことだろう。その心遣いは本当に嬉しい。

 自室で上着を着てから玄関に行くと、同じく上着を着たデボラさんが待っていた。


「行きましょうか」

「はい」


 外に出ると少しばかり鳥肌が立った。ここ最近は温かかったのだけれど、今日は曇り模様の所為なのかいつもより外気がひんやりとしている。


「今日は少し肌寒いですね」


 歩き出しながら私は言った。


「そうですね。もうすぐ冬期ですからねえ」


 デボラさんは少し空を見上げてからこちらを見る。


「今年はフラウリア様がいらっしゃるから、聖リステア祭もできますねえ」


 星教(せいきょう)には聖人に因んだ記念日が何個かあって、聖リステア祭もその一つだ。

 聖リステアはまだ星教(せいきょう)が世界的な宗教になる前、大昔の大戦である瘴竜大戦(しょうりゅうたいせん)時代の人間だ。大戦後にこの世界に蔓延した瘴気病に苦しむ人々を助けるためにその身を捧げ、そして彼女自身も瘴気病で亡くなったと言われている。聖リステア祭はそんな彼女を偲ぶ人々によって始まったもので、星教(せいきょう)を信仰するしないに関わらず幅広く世界に浸透している大きな記念日の一つだ。

 聖リステア祭の日には修道院でも特別なお料理が出たりしていて、お家で祝う場合はそれに加えてケーキも食べたりするらしいのだけれど。


「今まではされなかったのですか?」

「勤めて最初の年にそれ用のお料理を作ったら、そういうのはしなくていいとベリト様に言われてしまいまして。それ以来は全然していませんね」

「ベリト様がそう仰るのならば、されないほうがいいのでは」

「でもフラウリア様はそういうのお嫌いじゃないでしょう?」

「え? はい」


 もちろん嫌いじゃない。両親が生きていたころもこの日だけは細やかながらお祝いはしていたし、孤児になってからもそういう大きな記念日には星教会(せいきょうかい)の施しが必ずあって、そこでは貧しい人たちに食べ物やお菓子も配ってくれていて私はそれをとても楽しみにしていた。


「それなら大丈夫です。ベリト様はフラウリア様が喜ばれることはなんでも許してくださいますから」

「私の」


 人に喜んでもらえると私も嬉しく感じるけれど、ベリト様もそうなのだろうか。私が喜べば嬉しいと感じてくれているのだろうか。それなら私も、嬉しい。

 口角があがってしまっている私をデボラさんは微笑ましそうに見ると前を向いた。

 角を曲がり大通りが見えてくる。すると左手、花屋の前にいた女性がこちらを見て微笑んだ。


「デボラさん、フラウリアさん、こんにちわ」


 花屋の店主さん――カルラさんだ。


「カルラさん、こんにちわ」

「こんにちわ」


 デボラさんに続いて私も挨拶をする。


「お買い物ですか」

「えぇ」デボラさんが答える。

「フラウリアさんがご一緒ということは先生はお休み中なのですね」


 お買い物の度にデボラさんが世間話をされるので、すっかりカルラさんもこちらの事情をご存じだ。


「今日はご自慢の息子さんの姿が見えませんが、お休みですか?」


 デボラさんの言葉に「自慢だなんて」とカルラさんが笑う。


「あの子は今、配達に行ってます」

「そういえば最近カルさんをお見かけしませんがお元気でしょうか」


 これまでは朝お仕事に行くときも帰るときも必ずといっていいほどカルさんは店頭にいて挨拶を交していたのに、最近は全然だ。まれにお見かけしても軽く礼をしてすぐに店内に入られる気がする。


「元気ですよ。ただまだ気持ちの整理がついていないようで」


 気持ちの整理? 首を傾げるとカルラさんが苦笑を浮かべた。


「フラウリアさんに会うのが恥ずかしいんですよあの子は」


 あ、と私は思い至る。以前カルさんにはお茶に誘われたことがあったのだけれど、それを私は休みの日は一緒に過ごしたい人がいるのでと断ったのだ。


「すみません。折角、誘ってくださったのに」

「いえいえ、謝ることなんてないですよ。失恋なんて男の子は何度も経験するものです」

「しつれん」


 思いもしなかった言葉が出てきて思わず反復してしまうと、デボラさんが驚くように私を見た。


「もしかしてフラウリア様、カルさんのお気持ちに気づいておられなかったのですか?」

「ただ普通にお茶に誘ってくださっただけかと……え、これって、そういう、ことなのですか……?」

「殿方が女性を誘うというのはだいたいそういうことですよ」

「そう、なのですか」


 それを知らなかったことと、カルさんがそういうつもりで誘ってくださっていたことに羞恥を感じて耳がじわりと熱くなる。


「すみません。私、そんなこと知らなくて」

「いいんですよ」カルラさんが笑って手を振る。「フラウリアさんがそれをわかっていらしても、結果は同じでしょうから」


 確かに好意を(いだ)かれてるとわかっていても同じ返事をしていたことは間違いない。むしろその場合のほうが前のめりにお断りしていたと思う。……そうか。ベリト様はそこまで気づいていた上で嫉妬してくださっていたのか。私はてっきり異性とお出かけすることに対してよい感情を(いだ)いておられないのかと思っていた。


「それにしてもフラウリアさんのようないい子に一緒に過ごしたいと思われるなんて、その人は幸せですねぇ」

「そんな、ことは」


 羞恥で顔が熱くなる私を見て、お二人が微笑ましそうに笑った。

 カルラさんに見送られながら私たちは花屋前を後にする。歩きながら熱くなった頬に手を当てて冷ましていると、デボラさんが言った。


「フラウリア様にしては随分と平然な顔をされているなと思ってはいたのですが、まさか気づいておられなかったとは」


 ふふっとデボラさんが笑う。


「お茶に誘うことがそういうことだなんて私、本当に知らなくて」


 そのようなこと、本屋さんにいただいた恋愛小説にも書いていなかったし……。


「それが絶対というわけではありませんが、異性にお茶や食事やどこかに行こうと誘われたら自分に少しは気があると考えてもいいとは思いますよ。それで何度か出かけて告白されるのが通例といった感じでしょうか。まぁ最初から告白される場合もありますけど」

「そう、なんですね」

「フラウリア様も来年からはユイ先生に付いて外国にも行かれるようになるのでしょう?」

「あ、はい」


 デボラさんの言う通り、私は来年から少しずつユイ先生の外国でのお仕事に同行することになっている。それはユイ先生の補佐という名目で、転移魔法を使用するために必要な転移先の風景を覚えるためだ。

 最初はベリト様にも話したことがあるように、自分にはこの魔法は必要ないのではと思っていた。だけどそれをユイ先生に伝えてみたところ、転移魔法はきちんと習得すれば何人かを連れて一緒に飛べることもあり、もし自国内でも外国でも災害などで支援が必要なことが起こった場合に転移魔法が使える人間は現場に人材を運ぶのに重宝するのだと先生は教えてくれた。

 それを聞いたとき、私は目から鱗が落ちる思いだった。私はそれまで人を助けるためには治療魔法だけ使えるようになればいいと思っていた。だからユイ先生に一応は身に付けておきなさいと言われて気が進まないながらも学んだ攻撃魔法だって、転移魔法と同じく私には必要のないものだと思っていた。

 だけどそんなことはなかった。人が使う道具もそうであるように、魔法も使いようなのだ。守備隊の人たちが持つ剣が自分や市民を守るために使われるように、攻撃魔法も転移魔法も使い方によっては人を助けることができる。誰かの役に立てる。

 そこに思い至れなかった自分の頭の固さを情けなく感じながらも、やはりユイ先生は凄いなと改めて思った。そんな人から学べて、そしてお仕事にも同行させてもらえるなんて、私は本当に恵まれていると思う。


「それなら今後は出会う人も多くなるでしょうし、また誘われることもあると思いますので、これからは私が言ったことを念頭に置かれていたほうがいいですよ」


 人差し指を立ててデボラさんが言った。


「そんなこともうないと思いますが」

「あら、自覚がないこと。ルナ様が仰るにはユイ先生も国内外に出向くようになってから随分とおモテになったそうですよ」

「それはユイ先生だからです。先生に比べれば私は内面も外見も全然、子供ですし……」


 時折ユイ先生の星都せいと内での施しに同行させていただくことがあるのだけれど、先生と一緒に行動しているとまだまだ自分は子供だなとひしと感じることがある。だからといってそのことでユイ先生に劣等感を抱いたり、早く大人になりたいとかの焦りを感じたりはしていないけれど、でも私もいつかはユイ先生のような、そしてベリト様に見合うような大人の女性にはなりたいなとは思う。


「心配なさらずとも、フラウリア様もあと何年もすれば素敵な大人な女性になりますよ」


 心情を察するようにデボラさんが言った。


「そう、でしょうか」

「そうです。私が保障します」


 デボラさんが拳を胸に当てる。

 お世辞でもそう言ってくれるのは嬉しい。デボラさんも素敵な女性だから尚更に。

 そうこう話しているうちに商店街についた。そこでデボラさんに旬のお野菜などの鮮度の見分けかたなどを教えてもらいながらお肉や野菜などを買い揃えていると、果物屋さんの前で見知った顔を見つけた。


「カイさん」


 私の呼びかけに店頭に並んだ果物を真剣に見ていた少年がこちらに向く。それから屈託のない笑顔を浮かべると歩み寄る私たちに手を振った。


「フラウリア姉ちゃん、デボラ姉ちゃん」


 カイさんは壁近(へきちか)に住む今年十三歳になる男の子だ。彼とは一昨年ベリト様に勉強を教えていただいていたときに出会った。壁近(へきちか)ではお父さんと妹さんと三人で暮らしていて、いつも妹さんの面倒を見ている優しいお兄さんだ。


「お久しぶりですね。元気にされていましたか?」

「うん。フラウリア姉ちゃんは?」

「私も元気ですよ。今日はお買い物に?」

「うん。果物を買いに」

「いつものところでは売っていないものなのですか」


 カイさんはいつも壁近(へきちか)にある市場でお買い物をしていると言っていた。壁近(へきちか)の市場はこちらで売っているものよりは見栄えが悪かったり少し鮮度が落ちていたりするけれどその分、値段は安い。壁区(へきく)生まれの私はそこまで行ったことはないけれど――お母さんも壁区(へきく)の市場でお買い物をしていた――昔、盗みに行った孤児たちがそのようなことを話していた。


「あるんだけど、実はナナの奴が風邪を引いちゃってさ」


 ナナさんとはカイさんの妹さんだ。


「大丈夫なのですか。私でよければ診に行きましょうか」

「いやいや、本当に軽い風邪だから。あいつ冬前にはよく引くんだ。それで今日は父ちゃんが休みだし、臨時の収入も入ったしでいい果物を一つ買ってきてやれって言われたんだけど、どれがいいかなって悩んでて」

「栄養的にはオレンジやバナナもいいですけれど」デボラさんが店頭の籠の一つを指す。「小さなお子さんだとリンゴもお勧めですよ。すりおろしたら食べやすいですし」

「んじゃリンゴを一つください」

「あいよ」


 店主さんはカイさんからお金を受け取ると、それを籠に入れた。それから店頭に並んだリンゴを二つ小さな紙袋に入れる。それを見ていたカイさんは戸惑いながら言った。


「え、一つだけだけど」

「これははお詫びだ」

「え」

「お前さんが妹のためにずっと悩んでいたのを、俺はもしかして盗むんじゃないかと疑っちまった」

「それは仕方ないと思うけど。壁近(へきちか)の人間は普通こっちに買物にこないし、盗む子もいるだろうし」

「あぁ、正直いる。だからってお前さんを疑って許される理由にはならない」


 ほら、と紙袋を差し出してくる店主さんに、カイさんは対応に困ったように私たちを見てくる。


「こういうときは素直に受け取っていいんですよ。でないと店長の気が済みませんから」


 デボラさんの視線に店主さんは肩をすくめて苦笑する。デボラさんも果物はいつもここで買っているので店主さんとはよく知った仲なのだろう。

 カイさんはそんな二人を見ると、やがて笑顔を浮かべて紙袋を受け取った。


「ありがとう」

「おう。お大事に」


 店主さんに見送られて私たちは店先を離れる。するとデボラさんが「カイ」と呼んだ。

 カイさんがデボラさんを見ると、彼女は自分が持っていた紙袋を彼に持たせた。続いて私の持っていた小さな紙袋をその袋の中に入れる。


「え」

「お肉とお野菜が入っています。これでナナちゃんに栄養のあるものでも作ってあげてください」

「いや、でも流石に」

「カイ。約束したでしょう? 師匠の言うことは素直に聞くことって」


 そう。カイさんは今年に入ってデボラさんに剣を習っている。

 きっかけは私がベリト様のお家に住むようになって一月経ったころ、カイさんが訪ねてきてくれたときのことだ。そのときカイさんは来年、士官学校の特選入学の試験を受けてみると決めたと報告してくれた。

 最初それを聞いたときは焦った。学費が全額免除される特選入学というものがあるということを彼に教えたのは私だからだ。だけど私が知る限り壁際の人間が受かったという話を聞いたことがない。だというのにカイさんにそれを教えたのは、騎士なんて壁際の人間になれるわけがないと友人に言われて彼が落ち込んでいたからだ。

 私は迷った末にそのことを白状した。そしていらぬ期待を持たせてしまったことも謝罪した。だけどカイさんもそれは知っていたようで、難しいのはわかっているけれどそれでも挑戦してみたいのだと言った。自分の夢は騎士になることだからと。

 それを丁度、お茶を出しにきてくれていたデボラさんが聞いていて、それならば基礎でも覚えておけば損はないだろうと剣を教えてあげることになったのだ。


「それとこれとは話が別のような」カイさんが苦笑いを浮かべる。

「あら、大人みたいなこと言って。子供は遠慮しなくていいんですよ」

「でもしてもらってばかりは」

「そう思うのならば、貴方がお金を稼げるようになったら美味しいものでも奢ってくださいな」


 カイさんは目を瞬かせてデボラさんを見ていたけれど、最後には笑みを零してうなずいた。


「うん。ありがとう。必ず奢るよ。フラウリア姉ちゃんも」

「私も、ですか」

「姉ちゃんにも借りがあるし、あと迷惑もかけたからな」


 借りは以前にナナさんの骨折を私が治療したこと、そして迷惑はカイさんが悪い人たちに騙されて私がその人たちに捕まってしまったときのことだろう。でも怪我を治したのは私がそうしたかったからだし、捕まったのも全て自分の行動の責任で彼はなにも悪くないのだけれど……。だけどそれを言ったところで以前のようにカイさんは自分の責任だと引かないだろうし、それならばここは彼の気持ちを素直に受け取ろうと思った。


「楽しみにしています」


 カイさんはにっと笑うと歩き出した。


「んじゃまたな」

「はい。お気をつけて」


 手を振って歩いて行くカイさんを見送る。


「さてフラウリア様。申し訳ありませんがもう一度、お買い物に付き合っていただけますか?」

「はい。喜んで」


 最初と同じように答えるとデボラさんが笑った。

 本当、ここには心温かくて優しい人ばかりだ。



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