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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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大陸暦1977年――10 フラウリアの休日2


 ベリト様の自室に戻ると、彼女はまだ起きていなかった。先ほどと変わらず姿勢のいい体勢で寝ている。私はそっと扉を閉めてからベッドに近づく。

 ベリト様はデボラさんには寝ているときに部屋に入らないようにと言い付けているらしい。それは寝顔――無防備な姿を見られるのが嫌なのだろうとデボラさんは言っていた。でもベリト様は私にはそんなことを言わない。それ以前に一緒に寝ることすらも許してくれている。ほかの人が許されないことを自分にだけ許してもらえているのは特別を感じられて、嬉しい。

 このことだけではない。ここに住み始めた日、デボラさんはベリト様の生活習慣について教えてくれた。それは朝方の本睡眠と昼過ぎの仮眠と二度ほど眠られて、そして彼女は基本的に眠りが浅く一度に長時間睡眠を取られることがないということだった。

 だけど私と一緒に寝るときはそんなことはない。ルナ様がお休みのときは夜に一緒にベッドに入るけれど、そのときベリト様は朝まで寝ている。それがどうしてなのかは訊いたことはないけれど、自分が安眠剤になれているのかななんて少し自惚れたことを考えてしまう。だって私もベリト様がいると安心して眠れるから、彼女もそうだといいなと。

 私はベッドを回り込む。昨日ルナ様はお休みではない。だからベリト様がベッドに入ったのは朝方のはずだ。なので起こすのが忍びないけれど最近は私が休みの日には起こしてくれと言われている。その理由をベリト様は訊いても話してくれなかったけれど、私は知っている。私と一緒に朝を過ごそうとしてくれているのを。以前に私が休みの日はなるべくベリト様と一緒に過ごしたいと言ったから。本当にベリト様は優しい。


「ベリト様」


 ベッドの脇から呼びかけると、眉がぴくりと動いた。続いて瞼が開く。私の好きなお星さまのような金色の瞳がこちらを見る。


「おはようございます」

「……あぁ、おはよう」


 ベリト様は上体を起こすと、背伸びをした。それから体を捻ったりもしている。寝相が良すぎるために起きたときには筋肉が凝り固まるようだ。

 身支度をされるベリト様を残して私は居間に行く。流石にお着替えするところに私がいるわけにはいかない。ベリト様はそういうのを気にしないみたいだけれど私が、気にする。

 新聞を読んでいるとやがてベリト様がやってきた。彼女はなにも言わず私の隣に座る。

 それを見はからったようにデボラさんが飲み物を持ってきた。


「ベリト様、おはようございます」

「あぁ」


 デボラさんが机にカップを置く。ベリト様には珈琲、私には紅茶だ。


「ありがとうございます」


 お礼を言うとデボラさんはにっこりと微笑んで「ごゆっくり」と居間を出て行った。

 ベリト様がカップに口をつける。彼女は寝起きに珈琲を飲むのが習慣のようだ。以前に私にも飲ませてくださったけれど美味しいとは思えなかった。どうやら私はまだ味覚が子供らしい。もしくは緑茶をいただいたときのように同じカップで飲んだのが恥ずかしくてそう感じたのか。そのときのことを思いだし、耳が熱くなりそうだったので私は考えるのをやめた。

 横目でベリト様を見る。彼女は小さく欠伸をしている。昨日は戻りが遅かったようだ。

 以前はルナ様の治療士として自宅で待機していたベリト様も、最近は大きな検挙がある日などは碧梟の眼(あおふくろうのめ)の本部に出向くようになった。そのほうが治療をする場合も楽だとベリト様は言っていたし、実際にそうなのだろうけれど、それでも昔のベリト様ならありえないことだとルナ様がこっそりと私に教えてくれた。そのお顔はとても嬉しそうだった。

 これまで人と距離を取ってきたベリト様が、人となるべく関わろうとしてこなかった彼女が、こうしてルナ様やその回りの人たちと関わり合おうとしているのは私もとても嬉しい。眠るときにベリト様の気配がしない寂しさが飛んでしまうぐらいには。

 そのときルナ様はベリト様が変わったのは私のお陰とも言ってくださったけれど、私はなにもしていない。でも、確かにベリト様は初めて会ったときより変わられたとは思う。なんていうのだろうか。人を寄せ付けない壁みたいなものが薄れたというか。最初から優しい人なのは変わりないけれど。

 それで最近、ベリト様が夜いないときにはデボラさんがここに泊まるようになった。私を夜に一人にしないためにベリト様が頼んでくださったらしい。そうして気にかけていただけることはありがたいことだ。

 ベリト様は起きてすぐ食べるのが苦手なので、一時間近く居間でのんびりする。その間、私は新聞を読む。目が覚めきらないベリト様をじっと見ているのも彼女が落ち着かないだろうと思ってこうするようにしている。

 新聞を読み進めていると、見慣れたお顔が目に入った。


「あ、ルナ様が載っていますよ」


 それは先日、竜王国の式典に星王(せいおう)陛下の名代として出席した際の記事だった。

 そこにはルナ様が竜王妃と並んで微笑んでいる写真が載っている。ルナ様の姿はいつもの騎士のような格好ではなくなんというか王族らしい。まるで王子様みたいな格好だ。とてもかっこいい。

 ベリト様は新聞を覗き込むと、ふっと鼻で笑った。


「孫にも衣装だな」

「ルナ様、よく竜王国に行かれている印象がありますね」

「あいつは竜王妃と友人だから、そのあたりの公務は任されているんだろう」

「あの星勇者(せいゆうしゃ)とご友人だなんて、凄いですね」


 竜王国の竜王妃は大昔にこの世界を救った星勇者(せいゆうしゃ)の末裔だ。そして先の大戦で滅び行くこの世界を救った英雄の一人でもある。大戦後は英雄の一人であった竜王――当時の竜王子――と結婚した。


「なんか知らんが気が合うんだと。以前そんなことを言っていた」

「ルナ様と気が合われるということは、きっと竜王妃様も素敵なかたなんでしょうね」

「あいつに付き合える奴は相当に心が広いか、もしくは変人だろ」

「もう。ベリト様ったら」


 ベリト様がまた鼻で笑う。彼女はルナ様には容赦が無い。ルナ様といるときもなにかと皮肉を言い合っている。もちろんそれが許し合えるぐらいに仲が良いというのはわかっているので、私はその光景をいつも微笑ましい気持ちで見ている。


「それにしても竜王妃様、三百歳以上とはとても思えませんよね」


 先の大戦――封星門(ふうしょうもん)戦争が起こったのは三百年近く前のことだ。だけど新聞に載っている竜王妃はとても若い。二十代前半ぐらいに見える。


「成長が止まっているからな」


 それは私も本で見たことがある。長命である竜王の伴侶には寿命が共有され成長が止まるのだと。


「歳を取らないというのはどういう気持ちなのでしょうか」


 ふと思ったことを私は口にした。

 ベリト様は珈琲を一口飲むと「自分に置き換えてみたらいんじゃないか」と言った。


「自分に?」

「もしお前がそうなったらどう思う」


 自分の成長が止まって長命になったとしたら――……それは自分だけの時が止まり、それまで一緒の時間を生きてきた人たちから置いて行かれる立場になるということだ。

 私より年下とか年上とか関係なく、確実に大事な人たちの死を見る立場に――。


「そうなったらきっと、寂しいと思います」

「だからだろう」

「え」

「長命なエルフ族が滅多に他種族と婚姻を結ばないのも、同じく長命な竜王家が伴侶に寿命を分け与えるのも」


 たとえ回りに置いていかれても、せめて特別な人とは一緒にいられるように。


「それなら竜王妃様も寂しく思うことはあっても、きっと幸せですよね」

「そう思うのは自由だろう」


 私はそう思いたい。

 だって私も思うだろうから。

 もし悠久の時を生きることになっても、ベリト様が一緒ならきっと幸せだと――。

 そんなことを思いながら珈琲を飲むベリト様をじっと見てしまっていると、彼女は居心地が悪そうにこちらを見た。


「なんだ」

「――いえ。ベリト様、長生きしてくださいね」


 私の言葉にベリト様は虚空を見るとやがて前を向いて。


「努力は、する」


 と小さく言った。



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