大陸暦1977年――09 白い犬
「お出かけ、されるのですか」
ソファから立ち上がった私を見上げて、フラウリアが言った。
「あぁ。本屋に行ってくる」
デボラから受け取った手紙をポケットに入れながら答える。手紙は先ほど、ケンの使いが届けにきたものだ。先月に頼んでいた本が外国から入荷したらしい。それをこうして律儀に知らせてくれるのはありがたいのだが、手紙で知らせるぐらいなら本も一緒に届けてくれればいいのにと毎度のごとく思ってしまう。しかしセルナにそれをするなと言い付けられているケンは意地でもそれをしようとはしない。私が外に出なくなるという理由だけで。それに関して最初こそセルナに腹を立てたり文句を言ったりもしていたが、今はもう諦めてしまっている。あいつはよかれと思ってしていることに関しては全く聞く耳を持ちやしない。本当、自分勝手な奴だ。
「入荷した本を取りに行くだけだ。すぐ戻るからお前は待ってろ」
ソファから立ち上がろうとしたフラウリアに私は言った。
「わかりました」
私の言うことを素直に聞いてフラウリアがソファに座り直す。そしてまた私を見上げてくる。その顔には微笑みが浮かんでいるが気持ち、先ほどよりは控えめだ。もしかして落胆、しているのだろうか。昨日も仕事の帰りが遅かったし、疲れているだろうと思いそう言ったのだが……。
そのように思いながらフラウリアを見ていると、ふいに犬の姿が思い浮かんだ。
落ち込むように耳と尻尾を垂れ下げている犬が。
『私には貴女といるあの子が時々、嬉しそうに尻尾を振っている子犬に見えるけれど』
……セルナの所為だ。あいつが変なことを言うから。
私はその言葉を振り払うように軽く頭を振る。するとフラウリアが不思議そうに首を傾げた。
「どうかされましたか?」
「……いや、なんでもない。それよりも付いてきたいのか」
そう訊くと、フラウリアはもじもじしながら答えた。
「行きたいです」
それなら最初からそう言えばいいものを。まだ変なところで遠慮がある。
「なら帰りにカフェでも寄るか」
私の言葉にフラウリアの顔がみるみる明るくなっていく。
「はい」
それから笑顔でうなずき立ち上がると「デボラさんにお出かけすると伝えて来ます」と背を向けた。
軽い足取りで居間を出ていくフラウリアを何気なく見送る。
すると今度はその臀部に左右に振る尻尾が見えた、気がした。
散歩に行けるとわかって喜ぶ犬のように。
私も生家で犬を飼っていたのでわかる。
確かに……犬っぽいな。




