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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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大陸暦1977年――09 嘘つき


「いえーいベリト元気ー」


 気の抜ける挨拶を口にしながら、セルナが仕事部屋にやってきた。

 怪我を負った翌日、ユイが仕事帰りにこいつを引き取ってから二週間近く経った昼前のことだ。今日までの間、こいつは一度も顔を出してこなかったのでまさに会うのは二週間ぶりになる。まぁそれは言い付けを守って安静にしていた証拠だろうし、抜糸もユイがしてるだろうからそこは別にいいのだが……問題はあの日から私の気持ちが晴れなかったことだ。なんだかずっと胸の中にもやもやが溜まっているような感じがする。だからその元凶が現われて私は思わずセルナを睨んでしまっていた。


「なあにその目は? 折角、友人が訪ねて来てあげたのに」

「だれが友人だ」

「いつまでもそんなかわいくないことを言っていると、今度からお土産を買ってきてあげないわよ」


 セルナは手に持っている箱をひらつかせながら言った。その箱には今まで見たことがない店名が刻まれている。様相からして高級菓子なのは間違いないだろう。それに少しばかり興味を惹かれながらも、私は言った。


「別に、頼んでない」

「そんなこと言って気になっているくせに」


 そう言ってセルナが嫌らしい笑みを向けてくる。図星を突かれて言い返せないでいると、家側の扉が開いた。デボラだ。


「こんにちわ、デボラ」

「こんにちわ。ルナ様、傷のお具合はもうよろしいのですか?」

「えぇ。完全回復。元気もりもりよ。デボラ紅茶をお願い」デボラに箱を手渡す。「貴女とフラウリアの分もあるからね。中央区の新しいお店のものよ。美味しいって評判みたい」

「それは楽しみです」


 用意して参ります、とデボラは土産を手に部屋を出て行った。セルナは我が物顔で向かいのソファに座る。


「それでどうしたの? 今日、機嫌が悪いみたいだけど」


 それからにこやかにそう訊いてきた。


「別に」

「別にって言う割には、眉が寄っているじゃない」

「いつも寄っているだろ」

「昔はそうだったけれど、最近はそうでもないわよ」


 そう、なのか? 自分ではよくわからないが……。

 つい自分の眉根を視線を向けてから前を見ると、セルナが意味深げな微笑みを浮かべていた。口には出さなくともその顔には先日に言ったのと同じように『フラウリアのお陰かしら』と思っているのがありありと表われている。それに睨み返していると、セルナが小さく笑いを洩らした。


「あぁでも、私にはまだ眉を寄せていることが多いかしら」

「それはお前がそうなるようなことばかりするからだろ」

「それに関しては流石の私も身に覚えがなくはないわね」


 そう言ってセルナが楽しげに笑う。


「自覚があるんなら少しは考えろ」

「考えるってたとえば?」

「たとえば…………部下に現場を任せるとか」


 セルナが意外そうな顔を浮かべた。


「お前ももういい年だろ」

「あら、二十九で年寄り扱いは酷いわ。お爺様なんて六十五でも現役なのに」

「あの騎士団長は例外すぎるし、それに団長は戦争でもない限り現場に出ることはないだろ」

「たまに山賊退治には行くみたいだけど。腕が鈍るからって。あぁでも若いころはよく出てたみたいよ。執務を副団長に押しつけてね。大人しくしているのが苦手なのは母方の家系なのかし――」

「セルナ」


 セルナが驚くようにこちらを見た。私が窘めるように呼んだからだ。


「お前の爺さんは代々、戦うのを生業としてきた騎士の家系の人間で、お前は王族だ。王族は本来、兵と肩を並べて戦うのではなく国の象徴として守られるべき立場だろ。それなのにお前はいつまでたっても現場に出て、挙句の果てに新人を庇って怪我を負って、それでもし死んでもしてみろ。お前はそれはそれで仕方がないと思うかもしれないが、お前に庇われた新人はそうではない。ずっとその重荷を背負って生きていくことになる。しかもそれは当事者だけで済む話ではない。今やお前には多くの人間が繋がっているし、そしてお前は――回りの人間に強い影響を与える、そういう色も生まれ持っている。そんなお前にもしなにかあったら回りの人間はどうなる。残された人間はどう思う。それぐらいの想像、お前にも付くだろ。それがわかるならそろそろ自分の身と――ユイのことも考えろ」


 気づけば私は胸に溜まっていたものを吐き出すようにそう言い連ねていた。

 それに対してセルナはなにも答えなかった。どういう感情の表われかわからない顔でただ私をじっと見ている。だが、やがて淡く微笑みを浮かべると言った。


「貴女の言いたいことはわかる。でも私の心を視た貴女なら、それができないのが私ってわかっているでしょう?」


 ……あぁ、わかっている。

 後ろで見ていることが出来ない性分なのも、なんでも自分でやらなければ、その目で見届けなければ気が済まない性格なのも、そんなのはわかっている。それなのになんで私はこんな無駄なことをしているんだろうな。口に出してまで伝えようと思ったんだろうな。回りの人間のため? それともユイのため? それも……ないとは言えない。だが、それだけではない。きっと……私自身もこいつを失いたくはないのだ。自分でも面倒くさいと感じるようなこんな人間を、出会ったときからずっと友人と言い続けているこいつを――。

 なにも言わないでいる私にセルナは「それでも」と明るい調子で言った。


「貴女の言葉は肝に免じておく。今後は気をつけるわ」

「どうだか」

「ベリト、私と、ユイのことも考えてくれてありがとね」

「別に私は、お前が後ろに引っ込んでくれれば面倒がなく金だけもらえると思っただけだ」


 私の言葉にセルナは目を細めて微笑むと。


「嘘つき」


 穏やかにそう言ってきた。

 そんなセルナから私は目を逸らした。



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