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少女と白の心  作者: 連星れん
その後

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142/203

大陸暦1977年――09 治療士として友人として4


 意識が浮上して瞼を開けた。部屋は明るい。夜は明けているようだ。

 頭を左横に向ける。目の前にはフラウリアの顔がある。横向けに少し体を丸める形で寝ている。その寝顔に口角が上がるのを感じながら、そっとベッドを抜け出す。それからなるべく音を立てないように身支度をしてから部屋を出た。

 一階に下りてセルナがいる部屋へと向かう。その間、気配を視る。相変わらず気配を消しているので視えにくいが、デボラは厨房にいるようだ。セルナの気配も昨日に比べたら大分、落ち着いている。だが、マドリックは視ずらいので気配だけでは起きてるのか寝ているのかを判別しにくい。だから一応、音を立てないように扉を開ける。


「おはようベリト」


 すると間髪いれず、言葉で迎えられた。見ればベッドの上でセルナが上体を起こしている。


「起きてたのか」


 扉を閉めて、ベッドそばの椅子に腰を下ろす。


「寝返りをしたら痛みで飛び起きちゃったわ」


 普通、怪我などをしていたら無意識下でもそこを庇うものなのだが……それを気にしないところがこいつらしいというかなんというか。


「見せてみろ」


 セルナはベッドの上で背を見せると、寝間着の上着の裾を持ち上げた。昨夜、寝たときはなにも身に付けていなかったのだが、こいつが起きたときにでもデボラが着させたのだろう。

 包帯を取って傷口を見る。


「どう? もう治った?」

「あほか。痛いってことはどう考えても治ってないだろ。まぁでも傷口はうまく塞がっている。相変わらずデタラメな治癒力だな」

「まぁねぇ」

「だが最低でも二日は安静、一週間は激しい運動はもちろん剣も握るなよ」

「はーい、先生」


 軽い返事に思わずため息が出る。全く、昨夜の気の弱りはどこへやら。とはいえこのほうがこちらも気が楽ではあるが。うざくないこいつはこちらとしてもなんだか調子が狂う。昨夜もその所為でらしくないことを言ってしまったし……だが、不思議と後悔は感じていなかった。それはおそらくいつかはそれを伝えたいと思っていたのと、伝えたことにより受け取った感情が悪いものではなかったからだろう。こいつにそんなことを思うなんて本当、最近の私はどうかしているな。

 そう一人、内心で苦笑しながら包帯を巻き直す。


「ほら」

「ありがとう」セルナは上着の裾を下ろすと、椅子から腰を浮かした私を見た。「どこ行くの?」

「どこって、居間だが」


 寝起きの珈琲を飲みに。


「私の相手をしてよ」不満顔でセルナが言った。

「なんでだよ。大人しく寝とけよ」

「目が冴えちゃったんだもの」

「起きててもいいから寝とけよ」

「私がなにもせずじっとしてるのが嫌いなの知っているでしょう?」

「なら新聞でも本でも読めばいいだろ」

「新聞はもう読んだし、本が嫌いなのも知っているじゃない」


 それについては前々から思っていたのだが。


「なんで新聞が読めるのに本が読めないんだよ。文字を読むという点では同じだろ」

「同じじゃないわよ」

「どこがだよ」

「厚さが違うわ」


 ……え、それだけの理由でこいつ本が嫌いなのか。

 付き合い九年目にして初めて知った事実に少し驚いてしまう。


「それなら少しずつ読めば――」

「もう、あんまりぐだぐだ言うと安静にしないわよ」


 ……前言撤回。うざいほうが気が楽ではない。うざいものはうざい。

 その気持ちが表われるように私はセルナを睨んでしまう。それに対してセルナはなぜかしたり顔を浮かべてくる。そんなセルナに私はため息をつくと椅子に座り直した。


「患者が治療士を脅すなんて聞いたことないぞ」

「あら、壁近(へきちか)の患者は随分とお行儀のいい人ばかりだったのね」

「あぁ。ほとんど犯罪者だったがお前よりはまともな奴ばかりだったな」

「言うじゃない」


 セルナが楽しげに笑う。全く、皮肉も効きやしない。

 それから怪我人とは思えないぐらいに喋るセルナに半ば呆れながら付き合っていると、しばらくして部屋の扉が叩かれた。この気配はフラウリアだ。


()いてる」


 私の言葉を受けてフラウリアは部屋の中に入ってくると小さく礼をした。


「おはようございます」

「フラウリア。おはよう」セルナが軽く手をあげる。

「おはよう」私もそれに続く。

「ルナ様。お具合はどうですか?」

「大丈夫大丈夫。こんなのかすり傷よ」


 話ながらセルナがベッドの端を軽く叩く。この部屋に椅子は一つしかないので、フラウリアにそこに座るよう促す。フラウリアは少し戸惑いながらも、遠慮がちにベッドに腰を下ろした。


「その割には情けなく痛がっていたな」


 そう突いてやると、むぅとセルナが口を尖らせた。


「ベリトは大した怪我をしたことないからそう言えるんですー」

「私がいつ大怪我をしたことないと言った」

「え、あるの?」

「ないが」

「ないんじゃない」


 私たちのやり取りを見て、フラウリアが微笑ましそうに笑う。昨夜のように無理に笑っているような様子はない。セルナがいつもの調子に戻っていて安心したのだろう。


「それにしてもいい匂いがするわねぇ」


 お腹を押さえながらセルナがそう言った。こいつの言う通り今、部屋の中には香ばしい匂いが漂っている。フラウリアが部屋の扉を開けたことにより、厨房から流れてきた匂いが入りこんできたものだ。


「パンが焼き上がったら朝食にするとデボラさんが仰っていましたよ」

「それは楽しみだわ。デボラの特製パン、美味しいのよね」

「ほんと、美味しいですよね。私、毎朝、楽しみで」

「わかるー。彼女が現役のころよく軍営の厨房でパンを焼いてくれてたんだけれど、私もみんなもそれを楽しみにしてたもの」

「そうなのですか」

「えぇ。今でも時々、差し入れをしてくれていてね、そのときは余ったものがジャンケン争奪戦になるぐらいに人気なのよ」

「わぁ、楽しそうですね」

「因みに私の勝率は三割でね――」


 デボラのパンについて二人が盛り上がる。セルナほどではないにしてもフラウリアもお喋りが好きだ。だからこうしてセルナの相手を難なくこなすことができる。そんな二人を見ながらフラウリアが今日、休暇で助かったなと思った。お喋り好きなデボラも家事でこいつに付きっきりというわけにはいかないし、フラウリアがいなければ一日中、私がこいつの相手をする羽目になっていただろう。相手をするのが嫌とまでは言わないが、流石に一日中は辛い。

 やがて話の内容がパンからデボラの現役時代にまで及んだころ、また扉が叩かれた。


「はい」


 反射的にフラウリアが立ち上がって扉まで出迎えに行く。


「ユイ先生」


 開けた扉の前にはユイが立っていた。


「おはようございます」


 小さく頭を下げながらユイは言った。それにフラウリアが返す。


「おはようございます」

「おはよう。ユイ」


 軽く手をあげたセルナにユイは小さくうなずき返すと室内に入ってきた。

 私は椅子から立ち上がり扉に向かう。その途中でフラウリアに顎で外を示すと、こいつは察したようにうなずいてから後を付いてきた。


「デボラさんがご連絡したのでしょうか」


 部屋を出て歩き出したところでフラウリアが言った。


「いや、あいつだ」


 私は足を向けている居間のほうを見る。そちらを見てフラウリアはあ、と言う顔をすると、こちらを見上げてきた。


「昨日の……?」

「あぁ」


 私はうなずいて見せてから居間の扉を開ける。すると居間のソファに座っている男がこちらを見て軽く手をあげた。


「はよ、ベリト」


 シンだ。こいつが来ていたことは気配を視ずともユイが来た時点でわかっていた。シンがセルナの様子を見に来たついでにユイに知らせるのはいつものことだからだ。

 私はシンの向かいのソファに座る。それからよく知らない人間がいることで緊張しているフラウリアを隣に座るように促した。

 フラウリアが座ったのを見届けてから、シンが口を開いた。


「昨日は挨拶できなくて悪かったな。俺はシン。ルナの仕事仲間だ。よろしくな」

「フラウリアです。よろしくお願いします。……あの」

「ん?」

「ルナ様のお仲間ということは、私きっと、お世話になりましたよね……?」

「あぁ。まぁ、そうなるのか?」

「その説はお世話になりました」


 深々と頭を下げたフラウリアを見て、シンが慌てる。


「いやいや、そんな頭を下げられるようなことはしてないって。俺たちはなんていうかそのさ、早くに君を助けてあげられなかったわけだし」

「それでも私が生きているのはシンさん――ルナ様の部隊のみなさんのお陰でもあります。ありがとうございます」


 真っ直ぐに感謝を伝えられ、シンは照れ笑いを浮かべながら後頭部を掻く。


「なんか照れるな。なぁベリト?」

「なんで私に振る」

「俺なんかに律儀に礼を言ってくれるんだから、お前は相当言われただろうなと思って」


 シンはセルナの昔からの友人であり、最も信頼する人間の一人でもある。だから私の力のこともセルナが話してしまっているし、私がフラウリアを助けたことも知っている。セルナは節操なく人の事情を話す奴ではないが、家族や友人に対しては口が軽い。まぁ、その中でも話す相手を選んでいることだけはわかっているので、私もその辺りに関してはなにも言わないが。



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